16.
天井を見上げていた。
無力だった、と自嘲する。
「私の『結果』は──変わらない、か」
六千年、である。
率直に言うなら、嫌気が差していた。限界というにはまだ遠いが、しかし変わらない事実だけが横たわっている現実に、打開の願いは届かなかった。
五百年の生存。その中に発生した、初めての例外。
彼なら、行き詰まった運命を打開してくれるのではないか。そう、思った。そう願ったのだが。
(……彼だって、悩んでいた。そこに私の期待を預けるのは、少し重荷だったのかな)
後悔。
それこそ、無意味な事であるのは変わりないのだが。
部屋の片付けに手は伸びない。ティーセットはそのまま放置され、気が向いた時にようやくそこから動かされるのだろう。
──或いは、片付いたという『結果』をそこに適用するという、乱暴な手は無くはないのだが。少なくとも今は、そんな事をする気には到底なれなかった。
身を起こす。
勝手に期待して、勝手に失望した。
身勝手な自分に嫌気が差す。
(気分転換──か)
心中のざわつきを誤魔化そうと、ふらりと屋敷を離れる事にした。
目的地は特に無くとも、人目から外れた所に行こうと。彼女の足は街の外れへと、主の体を運んでいった。
よく晴れた、良い天気だ。
目を開けば、眼前には青い海が広がっている。
ささやかな風が髪を撫でる。この国でも景色の良い所は探せばいくらでもあるのだろうが、思い返せばこの場所には何度も赴いている気がする。
切り立った崖の端。昔は希少な植物が採れた物だ。潮風に晒されないと育たない、特殊な植物だった。
その特異性に反して用途は皆無であり、薬師としての知識も、よく似た薬草と間違えないように、という程度で止まっているが。
「…………」
どうして、そんな昔の事を思い返すのか。
積み立ててきた今日までの『徽』を、彼女は紐解こうとしてみた。
──結果。いつも結果に振り回されてきた。
過程の手順を違えたり、敢えて手段を異なる物にしてみたり。その結果に抗おうとした事など、一度や二度ではない。
間違った事を重ねても、喜劇的な『結果』は揺らぐ事はなく。
正しい事を重ねようとも、悲劇的な『結果』は動かなかった。
であれば、それら全ては無駄なのか?
否、と即答できる。どれだけ固定化された『結果』がそこにあろうと、些細な積み重ねは恐らくその事実に至るまでに、複数回の更新を図れた筈だ。
そう信じているし、そう願っている。だから彼女はいつだって最善を尽くすのだ。
手の届く範囲で、少しでもそれらを叶えようと。
努力は、可能な限り重ねてきたつもりだ。
「…………?」
思考を続ける隙間に、ふと、人影が見えた。
こんな所に赴く人間は多くないだろう。だからこそ、ここを選んだという事もあるのだが。
外套を頭まで被り、ふらふらと歩く姿は、まるで亡霊か何かのようで。明らかに生気が足りていない。
自殺志願者か。そんな想像が走り、ついその人へと駆け寄った。
「どうしたの、こんな所に。何の用事?」
返答の前に、冷たい潮風が強く吹いた。
外套が煽られ、その人物の顔が露出する。
息が、止まった。
黒く爛れ、腐敗しかけている表皮。
老人と呼んでまだ足りない程、伸び重なった酷い肌。
──その上で、『徽』はその男の顔に、見覚えがあった。
かつて、黒腐の病に侵され、救えなかった命。
病の根治に至る『結果』を掴めず、救う事から逃げ出したその姿。
荒れていた息を整えるように、数秒。そして。
「久しいですなぁ、──薬師殿!」
喜色満面で放たれる言葉は、まるで呪いのようだった。




