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13.

「……黒腐病、か?」


 話を聞いて。

 あまりに凄絶なそれに息を飲みながら、心当たる言葉を口にする。

 致死性の伝染病、とされていた病だ。今となっては、初期症状の確認から民間の魔法で即座に完治する、恐れるに足らない病ではあるが。


「そう。当時は大変だったよー。どうにもならない事がわかった瞬間の無力感ったらなんの」


しるし』の表情に変わりはない。過ぎ去った事だからとでもいうのか、軽々しく言葉で突き放す。

 昔話は既に価値を持たない、とでも言いたそうに。

 それに価値を与える気は無い、とでも示したそうに。


「まぁ、逃げたんだね。特別な力があれば、人を救えると思い込んでいたのに。どうにもならない『結果』がそこに横たわっていたんだ。現実を見るのが怖くて、私は私で居る事を投げ出した」


 ふう、という溜息。『徽』のものだ。

 珍しいそれに意識が僅かに偏るが、しかし『つるぎ』としては、それ以上の違和感を問わずにはいられなかった。


「……何で俺に話した?」

「フェアじゃないでしょ?」


 即答。


「キミは私に、キミの一番弱い部分をさらけ出した」

「俺……が?」

「迷う、なんて『剣』らしくない。そう思いつつ、キミはその迷いを口にした。私が解決の糸口になるかなんて期待もしないで、ただ話しに来ただけだったでしょ?」


 いつの間にか、彼女は笑っていた。

 もしかすると、目を合わせていなかっただけで、始めからそうだったのかもしれないが。


「私はね、嬉しかったんだ。それを聞いた上で、キミと対等でありたかった」

「…………」

「弱みを一方的に握ったままなんて、フェアじゃないでしょ。これでキミも私の弱い所を知ったんだ。おあいこってやつ」

「……変な所で律儀だな、アンタは」


 溜息は、今度こそ『剣』のもの。


「そんな殊勝な奴だったか?」

「しつれいな。私だって真面目な時は真面目ですよ」

「そりゃ結構。だったら、──俺に怒られるような事。洗いざらい、ここで吐いてもらおうか」


 ぐぬ、と口角が大きく下がる。

 覚えていたのか、とでも言いたげな、恨めしげな目。

 言葉無く追求する彼は、しかしどこか楽しそうで。


 観念する『徽』に、しばらく小言が降り注ぐ事となった。






 頭から煙を吹いている。

 珍妙な姿勢で机に伏しているのは、当然『徽』だ。


「『結果』がわかってるなら、なんでこう……アンタは無計画極まりないんだ」


 頭を抱えている。

 そんな彼女を見下ろすのは、やはり『剣』しか居ないのだが。


「『結果』がわかってるから無計画なんですぅー。どうしたって変わりないから何やっても同じなんですぅー」


 頬を膨らませながら、彼女は話す。

 なげやりな諦観。それはとても冷たく、そして言葉少なく彼女の経験を物語っていた。

 ふむ、とひとつ相槌を打ち、続く違和感を敢えて問う。


「その『結果』は、やはり変わらないものなのか?」

「変わらないね。変わらなかった。過去に確定した『結果』はどうやったって変えられなかったし、困った事にその過程はいつも見えないんだ」


 だから。


「四十五番目の彼も、試験前に見た時から、死ぬという『結果』が見えてしまった。その上で死期を遠ざける努力はしたよ。少しでも、私にとって正しくない選択を挟む事でね」


 いつかの少年の話だ。

 ……彼女とて、悲劇的な結末に何も思わなかったわけではないのだろう。足掻いて、努力して、ただ変わる事を望んでいた。

 顔を上げ、菓子を口に運ぶ彼女に、そんな孤独がついて回っている様には感じられないが。

 逆に言うのであれば。恐らく『徽』という人は、その気配を誰にも悟らせない事を選び続けてきたのだろう。


「なら聞きたい。どうしてそこまで『結果』に雁字搦めにされてるのに、アンタはそれを変えようとする? 変わらない事がわかってるなら、」

「それを理由に何もしないのは、私自身が許せなくてね」


 ぴしゃり。

 凄まじい言葉の切れ味に、彼の言は止められた。


「最善を尽くすんだ。例えどれだけの悲劇があっても、その瞬間まで変える事を諦めない。……ずっと私は、そうしてきた」


 ──覚悟。

 飄々とした彼女の目にあったのは、その信念。

 息が詰まる程の圧力。それはきっと、『徽』の本音。


「少なくともキミは、同じ事ができると確信しているよ」


 そして、迷いの無い断言。

 信頼。二人の視線が交差する中で、例え一方通行であろうとも、それは間違いなく培われていた。


「……俺に、何を期待している」


 受け止める側には、まだその覚悟は足りていない。

 いつからか毀れた『剣』の意志は、そんな彼女の視線から逃れようとしてしまう。

 理由と根拠が欠けている。というより、むしろ彼には逃げ道ができてしまったのだ。



 確定している『結果』があると言うのなら。

 最善を尽くした所で、どこまでも無駄ではないのだろうか。



「期待、ねぇ」


 ふむ、と彼女は考え込む。

 数秒。言葉を選び、伝え方を考え。それから敢えて考える事を放棄し、『徽』は自身の見えている全てを口にする事にした。


「だって、キミが絡むと急にわからなくなるんだもん」

「……?」

「見えている『結果』が。確定している結末が。キミがそこにいるだけで、急にぼやけて霞んでいく。……特にキミの『結果』なんて、今まで一度だって掴めた事がない。こんなこと、五百年生きてて初めての経験なんだよね」



「『剣』。キミは、どんな魔法を使っているの?」

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