14.
「…………」
口を開く。
声も出ないまま、口を閉ざす。
「…………、」
口を開く。
声は出せない。躊躇いが拭えない。
「……俺は、」
やっと絞り出した言葉に、まだ意味は与えられない。
もしかすると、数分はそうしていたのかもしれない。見つめる『徽』と言い淀む『剣』。時の流れが急激に緩やかになったような、ただ二人だけが呼吸する間隙。
少しでも誤魔化そうと、紅茶の残りを口にする。冷めきっていたそれは、馴染みの無い渋さを主張してきた。
「三つ。誰にも真似させていない魔法を、併用している」
「ふむ?」
ようやく、思考と意識がまとまった。
左手の些細な震えは、悟られなかっただろうか。
話すべき事を、選んで話す。
──それでいい。それだけで、いい。
「ひとつ。アンタも知ってるだろ──剣の錬成」
実証の為に、彼は右手で空を切る。
刹那、音もなく握られているのは、細身の長剣。
ほんの僅かな時間だけ青色の光を纏ったそれは、すぐに金属質な鈍い輝きを返すようになった。呼吸と同じように、基礎的な動作として染み付いた、彼の代名詞。
「歴代の『剣』が、その役職と一緒に継承してきた魔法だね?」
「そうだな。武器の携帯をしなくて済むように、代々少しずつ研鑽されてきている。物理実体の制御は、全体からすれば高等技術だ──術式を知られても真似できる奴はそうそう居ない」
ひょい、と錬成した剣を放り投げる。
彼の手から外れたそれは、音もなく虚空に消えていた。
手慣れてしまえば、投擲にも向くのだろう。白兵戦に特化している、戦う為の魔法。
必要な暴力、である。
「ふたつ。魔力の観測」
視線が交わる。
ようやく、意志が伝わるように目が合った。
彼の瞳には、いつの間にか見慣れない青色が差す。それが、言及されている魔法だろうか。
「俺達は魔力の知覚はできるが、そのイメージは概念的な物だろ?」
「匂いとか、輪郭とか。そのくらいだねぇ」
「ああ。俺の瞳は、それと比較して段違いに精度が高い」
例えば、と。
彼は数歩先の、積まれた本の山に目を向ける。
「直近に読んでいた本は、あのあたりだな」
「ひぇ、プライバシー」
「アンタが聞いてきたんだろ……。要は、時間経過も個人の特質も、俺の瞳なら大体特定が追い付いてくる。有り難いことに、暴漢の追跡なんかにゃ一役買ってるよ」
『徽』の感心した声。
思えば、彼の行動はいつも迅速で迷いが無かった。その魔法があるのだとすれば、そして常にそんなものが見えているのだとすれば。少なくとも『徽』にとっては、違和感のある話ではない。
「みっつ。空間跳躍」
は、と驚こうとした瞬間に。
対面の『剣』の姿は消えており。
「……見ての通りだ。こんなものだろ」
背後。
ぎし、と椅子の背もたれ越しに体が重なる。
もう目は合わせない。そんな言葉が聞こえてきそうな、彼の態度。
「話したくなかった?」
「話してどうなる、という程度の感想だよ。これらはアンタの『結果』を誤魔化せる物じゃないだろ?」
「そうだねぇ」
ひょい、と『徽』は最後のマカロンをつまみ、振り返りもせず後ろに放り投げる。
床に落ちる音は聞こえなかった。代わりに投げた先から、眼前の皿に菓子は返ってきた。
どこまでも受け取る気はないらしい。
「──何か隠してるでしょ」
諦めて、二人ぶんの菓子を全て平らげてから、彼女は少しだけ問い詰める事にした。
肩を竦める気配。肯定も否定もなく、話す気も無いようだ。
「……私はそれらの魔法を、全て知っている。一人でぜんぶ持っているのは初めて聞いたけど、だからと言って『結果』に干渉できるとは思ってない」
応えてくれないんだ、と。
ほんの僅か。声に、失望の色が滲む。
『徽』のティーカップは、とっくに空だ。これ以上の会話を続ける理由を、遂に用意はできなかった。
「キミは、機能として生きる事を選ぶんだね──『剣』」




