第十三食 胃袋デスマーチ大祭5日目
「私は魔王直属・七神将の一人、――『アルグレイ』と申します」
予想外の展開だ!
なんで魔王の幹部が、ユノリアの大食い大会で、しかもナイフとフォークを使って上品に海王類バーガーを食ってんのよ!!
魔王軍って暇なの!? 福利厚生で有給休暇でも消化してんの!?
『さぁぁぁ! 仮面の下から現れたのは、息を呑むほどの青白い超絶美男子だァァ!! しかし、対する大穴の女子高生は、何故か顔面蒼白でブルブルと震えているゥゥ!!』
爽快でハイテンションな実況がコロシアムに響き渡る。
驚愕して固まる私と、祭壇で「ま、魔族ゥゥ!?」と泡を吹いているカツヤを尻目に、アルグレイは優雅に椅子に座り直し、再びフォークでバーガーを切り分けて食べ始めた。
そして、冷徹な紅い瞳で私を見据える。
「私には、貴方のスキルは通用しません……さぁ、どうしますか?」
ニヤリと、唇の端を歪めるアルグレイ。
「打つ手なしだろう」と言わんばかりの圧倒的な強者の余裕だ。
腹が立つ。魔王軍のくせに腹が立つ。だが、先ほど発動した私のデバフスキルが完全に無効化されたのは紛れもない事実だった。
『おおっと、魔族を名乗る謎の美男子、マイペースに食べ続ける! 女子高生の猛追を全く意に介していない模様だァァ!!』
負けじと私もバーガーの塊を口に放り込むが……私の『絶対味覚』と生存本能(直感)が、脳内でけたたましい警報を鳴らしていた。
マズい。このままでは負ける。
私の胃袋は『オンデマンド・ハングリーLevel2』の限界突破で無理やり空腹を維持しているが、形あるものにはいずれ終わりが来るのだ。
視界の隅で点滅するスキルの残り時間。
死の足音が、一歩、また一歩と近づいている。
このカウントダウンがゼロになった瞬間、私の胃袋は十数個のバーガーの質量を思い出し、風船のように破裂する。
どうする。どうすれば奴を倒せる……!?
『残り時間わずか! 両者一歩も譲らぬデッドヒート! 果たして最後に立っているのはどちらだァァ!!』
焦燥感に駆られ、ふと客席に目をやった時だった。
観客席の最前列で、千尋が私に向かって激しく何か合図を送っていた。
彼女の手には……知らないハゲたオッサンの頭が握られていた。
ピカッ、ピカピカッ、ツー、トン、ツー。
千尋が、オッサンの見事なバーコードハゲの反射角を微調整し、太陽の光を使って私にチカチカと信号を送っている。
あれは……モールス信号だ!
器用な真似を。絶対音感じゃなくて絶対反射角のスキルでも持っているのか。
なになに……。
「……ニ・イ・タ・カ・ヤ・マ・ノ・ボ・レ……?」
「違う!!」
千尋が観客席から身を乗り出し、反射鏡にしていたオッサンを客席の奥へとポイッと投げ捨てて怒鳴った。
いや、知らんがな。
女子高生がモールス信号なんて読めるわけないでしょ。
「逆!!」
千尋は血走った目で私に向かってそう叫んだ。
しかしその直後、「俺の頭を何やと思っとんねん!」と激怒したハゲのオッサンと、警備の魚人たちが殺到し、千尋は取り押さえられ、会場の奥へと引きずられていった。
『ウオォォォ! 客席で暴動発生だァァ! 胴元の女が捕まったぞォォ!! 祭りはカオスと化しているゥゥ!!』
実況が唸る。
千尋が残した言葉。
逆?……逆って、何が?
ニイタカヤマノボレを逆に読むのか?
「レボノマヤカタイニ」?
いや、違うか。意味がわからない。
「そうか! そういうことやったんか!」
祭壇に吊るされたカツヤが、突如として閃いたように大声を上げた。
おお! 流石は現役の勇者パーティのメンバー! 戦闘アタッカーの直感!
私とは頭の出来が違う。教えてカツヤ!
「ニイタカヤマノボレを逆に読むんや!」
……バカだった。
コイツの頭の出来は、私よりさらに下だった。なんでこいつ勇者パーティにいられたの?
『吊るされた賞品が何か意味不明な供述をしているぞォォ!』
実況にまで煽られている。
どうしたらいい? 時間が無い。
「……その程度でしたか。あなたの奇妙な食事風景に、少しばかり期待した私が愚かでした」
アルグレイはため息をつき、つまらなそうに空を見上げた。
ちくしょう……!
焦る頭で、私はアルグレイの姿を凝視した。
逆? 何が逆だ?
アルグレイの食事風景。ナイフとフォークを持つ手……右手にフォーク、左手にナイフを持っている。普通は逆だ。
服の合わせ目……タキシードのボタンが左前になっている。女性用か、あるいは死装束の着方。
そして……もう一つ。私の『絶対味覚』が解析する、彼から漂う微かな血の匂いと、脈動のリズム。
左胸ではなく……右胸から拍動が聞こえる。
全てが、逆……。
そうか! だから私の『強制満腹』が効かなかったんだ!
私のスキルは、対象の『胃袋の座標(通常は左側)』をオートエイムで狙い撃つ。だが、こいつの身体構造は完全に左右反転している(内臓逆位)! だからスキルが空振りを起こしていたのだ!
ニヤリ。
私は確信した。
「ぐふふふふふ……」
私の口から、漏れ出るような不気味な笑い声が溢れた。
勝利を確信した、悪の女幹部の笑い。
余裕の表情を崩さなかったアルグレイが、初めてピクリと眉を動かし、警戒の色を見せた。
『おおっとォォ!? 人間の娘、絶体絶命のピンチで突如として狂ったように笑い出したァァ! ついに胃袋だけでなく脳の限界も突破したかァァ!!』
私はドンッ!と大食いテーブルの上に土足で立ち上がり、魔王軍幹部アルグレイを真っ直ぐに指差した。
そして、コロシアム中が静まり返るほどの堂々とした声で言い放つ。
「貴様の身体の謎は、全て見切った」
「……!?」
アルグレイの目が、驚愕に見開かれた。
『な、なんだァァ!? 突然の超絶シリアス展開! アニメの最終回みたいなセリフが出たぞォォ!!』
「将星落ちるべし」
「なっ……!?」
『で、出たァァー!! 異世界にまでその名轟く、神拳の奥義かァァー!!』
私はアルグレイに向かって、死の宣告を唱える。
狙うは、左右反転した「右側の胃袋」。
そして、今度は「満腹」ではない。すでに限界まで海王類バーガーを詰め込んでいる彼の胃袋に対して、かけるデバフは――。
「オンデマンド・ハングリー(ターゲット:魔王軍幹部)」
私はニィッと嗤った。
「今度は満腹ではなく、『空腹』で」
ピタリ。
その瞬間、アルグレイの動きが完全に停止した。
彼の身体の中で何が起きたか。
満載の胃袋が、スキルによって強制的に「空腹」の状態へ移行しようとする。
だが、質量保存の法則を無視して上(口)から出すことは、先ほどのガリバーたちで証明された通り、魔族のプライドが許さないだろう。
となれば、その膨大な質量は、超高速で消化管を駆け抜け、ただ一つの出口へ向かって一直線に逆噴射するしかない。
「ぐ……おぉぉぉぉっ……!?」
アルグレイの青白い顔が、土気色を通り越して緑色に染まる。
彼はガクガクと両膝を震わせながら、両手で股間(あるいは臀部)を固く押さえた。
「退かぬ……!」
魔将のプライド。彼は必死に直腸の括約筋に全魔力を集中させている。
「媚びぬ……ッ!」
冷や汗が滝のように流れ落ち、端正な顔が般若のように歪む。
「省みぬぅぅぅッ!!」
『ウオォォォォー!! アルグレイ選手、謎のポーズで激しく悶絶しているゥゥ!! 一体彼の下半身で何が起きているんだァァー!! これ以上は放送コードが危ないぞォォー!!』
実況が激しく叫ぶ中。
ブリュ……ッ、という、小さな、しかしコロシアムの静寂を切り裂く絶望的な音が響いた。
それからは……もう語りたくない。
口から出すことを阻止された、大量の海王類バーガーの異物はどうなったと思う?
魔王直属の七神将の、誇り高き純白のタキシードのズボンが、その後どういう惨状を迎えたか。
答えは、貴方の心に聞いて欲しい。
ただ一つ言えるのは。
女子高生が、胃袋と大腸のパロディバトルで、魔王軍を完全に敗北させたという事実だけだ。
【本日の評価】
測定不能(星ゼロ)
味:海王類バーガーは美味。
効能:社会的な死(主に敵の)。食事中に放つスキルではない。
カツヤと共に無事に聖剣エクスカリパーを取り戻した私たちが、その後、社会的に死んだアルグレイの追手から逃れるためにユノリアを全力で脱出したのは、言うまでもない。




