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07 : Day -22 : Yotsuya


「お腐れ野郎さま、お帰りください! お腐れ野郎さま、お帰りください!」


 西の橋詰口は、喧騒のただなかにあった。

 数名の門番が殴り倒され、息も絶え絶えに横たわっている。

 お腐れ野郎さま、と呼ばれた酔客の目立つ黄色いスーツは着乱され、その酔眼には邪気が満ちていた。


「なんだとこのカエルが、タニグクのぶんざいで偉そうにエラ張りやがって、爆竹突っ込むぞ、ケツからゲロでも吐いてろ」


 剛腕が唸り、殴り倒されるカエル。

 ぺしゃん、と地面に貼りついてつぶれる。そのふところから、イモリの生写真が落ちた。


「あんたァーっ」


 そこへ駆け寄る、ピンクの女房らしいメスガエル。

 国つ神タニグクと、地母神ズェラロンズの国境を超えたカエル愛は、この苦境にあって燃え盛っているようだが、もちろん客には関係ない。


「おい、この店は客に帰れとか抜かしやがんのか、なにが伝統の名店だ、三ツ星が聞いてあきれるぜ、責任者出てこいやァ!」


 さすがに騒ぎを聞きつけて、数名のセキュリティと西門の責任者らしい初老の紳士が現れた。

 ──白虎ビャッコ

 それなりのレベルの聖獣だけあって、並の門番とは格がちがう。


「ハクコさま!」


 オキクムシたちの期待の視線を受けて、白虎は静かに酔客のまえに立ちふさがった。


「どちらのお方かは存じませぬが、これよりさきは格式高い料亭ゆえ、そのような泥酔状態でお迎えするわけにはまいりません。どうかお引き取りを」


「ああ? 千客万来、熱烈歓迎って看板かかってんだろうが。こちとら客だ、客を歓迎しないって法があるか! てめえ、なんて名だ?」


「ハクコと申します。四谷口、この西門の管理を任されておりますゆえ、お引き取りいただけなければ少々……めんどうなことになりますぞ」


 徐々に威圧を増す白虎に、酔客はむしろ楽しそうに乗っかった。


「おもしれえ、めんどうなことってのァなんだ? まさかこのおれを、力ずくでどうこうしようなんて寝言ほざきゃしねえよな? てめえ、おれをだれだと思ってんだ?」


「すくなくとも当店のお得意さま、常連さまではございませんようで……それでは少々、手荒になりますが」


 ずい、っと踏み込んで相手を固めようという白虎の腕が、突然、吹っ飛んだ。

 鮮血が舞い、悲鳴が重なる。

 ふところから取り出した匕首をべろりと舐め、酔客は言った。


「血の雨が降るぜ。おれが来たからにはな」


 黄色いスーツを着た下品な酔客。

 猿に似た顔、その背中には強力な怨霊の影があった。




「赤ァアーコォーナァアー、炎のォウ、アンダーゥテェイクゥワアー、ソーォオオ、ギィイイ、シャアアア!」


 かなり聞き取りにくい巻き舌で、炎のアンダーテイカー・ソーギシャが呼びこまれる。

 それなりの歓声ではあるが、ブーイングもちらほらあるのは、彼がどちらかといえば「ヒール」だからだろう。


「青ォオーコォーナァアー、コック、ドゥ、ドゥル、ドゥオォウ! リョーォオ、リィィイ、ヤァアアァ!」


 コックドゥドゥルドゥってなんだよ、ニワトリ関係ねえだろ、という突っ込みを巻き込んで、リョーリヤことリョージがリングに立つ。

 さきほどとは比較にならない大きな歓声は、彼が期待の新人「ベビーフェイス」であることを意味する。


「さあ、はじまりました、リョーリヤ対ソーギシャの一戦! 注目のエキシビジョンです!」


「じつに楽しみですね。あらやだ、いい男」


 謎の青いカエルの実況と、うっすらヒゲの生えたオキクムシの解説で、試合は進む。

 そのテンションは、いつぞやのテキトーな前座試合の実況解説とは雲泥の差。

 リョージもついに、ここまで上り詰めた。


「いけ、炎のアンダーテイカー! コックなんか火力強めで火葬にしてやれ!」


「特殊部隊? ただのコックだ。……そんなコックがいるか、バカ野郎!」


「あそーれ! キョジン、タイホー、タマゴヤキ!」


「リョーリヤ! てめえ負けたら殺すぞ! 二度と中華は食わねえからな!」


 客席から上がる無数の応援とヤジ。

 若者のチューヤにはよく意味のわからない応援(?)もあったが、アナライズするまでもなく相手のガーディアンはわかった。


名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

タイホウ/妖鳥/C/紀元前/古代中国/荘子/羽田空港第2ビル


 一方のリョージのガーディアンは、先日までのティターニアに代わって、トロールにつけかえられている。

 これからプロレス(?)の試合ということで、体力補正の高いトロールの力を借りな、という話になったようだ。

 もちろんオクテート建設のみんなは、リョージを全面的に応援している。


 ソーギシャは、見るからに圧倒的な巨漢だった。

 その背後にいる鳥も、また大きい。

 タイホウは中国の伝説上の巨鳥であり、漢字では「大鵬」または「大鳳」と書く。

 『荘子』に登場するところによれば、何千キロメートルという体長があると伝えられる。9万里、すなわち3600キロほどの上空を飛んでおり、大空いっぱいに広げた翼は、雲のように空を覆うという。


「いくぜ、ソージ! ガチンコだ」


 リョージはぐるぐると腕をまわしながら、リングに上がる。


「リョーちゃん、感謝してるぜ、おれみたいな人間でも、ここまでこれた」


 リング中央でこぶしを合わせる両者。

 男性ホルモンは横溢して、あたり一面を染め上げている。

 ラウンドガールの妖精ハイピクシーがリングから出た瞬間、審判の邪鬼グレンデルがゴングに合わせて試合開始の腕を振る。


「時間無制限、一本勝負! ッファイ!」


 同時にリング中央でぶつかる、ふたつの巨体。

 力比べ、組み技、ロープに振ってラリアート相打ち。

 王道のプロレスが、しばらくくりかえされる。

 派手な技も応酬しているが、リョージはどこか不満そうだ。


「そろそろいいだろ、ソージ! 本気出せよ!」


 強めの攻撃が顔面をとらえる。

 吹っ飛ぶソーギシャ。だらだらと鼻血を垂らしながら、しばしその血を見つめ、吹っ切ったようにセコンドに手を伸ばす。

 ドクロのマークがついた赤い瓶が、ソーギシャの手にわたされた。

 観客のボルテージが一挙に上がる。


「いやっはー! ようやくか、タイホウの薬品はキツイぜおい!」


「よけいなダメージくらいやがって、最初から飲めばいいものを!」


 みんな、ここまでのくだりが一応の「お約束」であることを承知している。

 瓶を高く掲げるソーギシャ。その中身を、一気に飲み干した。

 その破壊力を知っているセコンドは他人事ながら、


「うげ……っ、あれデクソースだろ? 死ぬんじゃね?」


「ふつうの人間が飲んだらな。だがソーギシャは別さ」


 舌打ちする丹下。デクソースを飲み干したソーギシャの戦力は、桁外れだ。

 見る間に全身が真っ赤に染まっていく。

 ガーディアンのタイホウの羽根が大きく広がり、怪鳥音が全空間に響きわたった。


「クケーッ! うぉっ、うぉっ、ごるぅおぉおうぉうう!」


 もはやさっきまでのソーギシャではない。

 すさまじい速度でタックルを受け、リョージの身体がロープの上をかすめて壁まで吹っ飛ばされる。

 手すりと板壁を何枚か破り、補強用の鋼板を捻じ曲げたところで止まった。


 かはっ、と鮮血を吐くリョージ。

 しかしその表情は──楽しげだ。


「戦闘マニアめ……」


 舌打ちする丹下。

 リョージは甚大なダメージを受けながらも、ふらりと立ち上がり、リングへともどる。

 最強のソーギシャが待ち受ける戦場へ、一歩一歩、その表情が戦闘民族の歓喜に満ちる。


「そうだ、ソージ! そうこなくっちゃな。……こんどはオレの番だ!」


 舞い上がるリョージの筋肉。

 再び男の「本気」がぶつかった。




「モタモタしやがって、あのクズが……」


 観客にまぎれてリングを眺め下ろすひとりの男が、いらいらした口調でつぶやいた。

 その手にはデクソースがあるが、開封済み。瓶の中身が正規品とはかぎらない……。


「大金が動いてる。失敗には相応の覚悟をしてもらうぞ」


 階級が上らしい天使が、下の天使を詰問するような口調。


「わかってまさあ。スローンズの旦那に恥をかかせるわけにはいかねえ」


 天使のいたずら、で済むような話でないことはあきらかだ。

 その乱暴な口調からも、やや踏み外した天使──どうやら堕天使らしい。


 天使の階級にとどまれなかったが、その強大なヒエラルキーから依頼を受けて動く堕天使も、そうとう数いる。

 権威ある割烹・菊ゐの主催で、エキシビジョンとはいえ、八百長試合を組むのはむずかしい。

 だが一方の側に、必要以上のプレッシャーをかける方法は、いくらでもある。


「やつに呑ませたソースは、なんだ?」


「液体爆弾ですよ。手足の末端に仕込んだ魔術回路が起爆装置だ。やつがその気になれば、爆弾魔法の行使って形で()()()()吹っ飛ばせますぜ」


 堕天使は言いながら、ポケットから「ばくだん岩」と書かれたレトルトパックを取り出した。

 その魔術回路をデクソースに溶かし込んである、ということのようだ。

 天使は納得してうなずきつつも、


「だが待て、あくまでも試合として()()()()()ことが条件だぞ」


「こっちが()()()()はね。()()()()()には、引き分け(めちゃめちゃ)にしろってご用命でしょうが」


「……そうだったな」


 デクソースが爆弾で、手足に魔術回路の起爆装置。

 その力は現に、危険なほど行使されている。

 一撃一撃の破壊力が、格段に上昇しているのだ。


 リング上、あきらかにリョーリヤのダメージが激増している。

 一方、攻めているはずのソーギシャの手足からも鮮血が舞っていた。これは返り血などではない。


「どのくらいもつ?」


「1時間は無理でしょうな。まあ、2~30分てところで御の字かと」


「爆弾を呑んで10分か。もし動けなくなるまえに決着がつかなければ」


「……へい、()()()()にします」


 静かに顎を引く堕天使の手には、起爆スイッチらしきもの。

 魔術回路の糸が、リング上のソーギシャの身に、うっすらと絡みついていた。

 天使のほうがふりかえった瞬間、


「……見つけたぞ、ズル野郎ども!」


 戦闘BGMが響き渡る。

 そこにはチューヤが、めずらしく怒りの表情で屹立していた。


 ──リョージの試合がはじまった瞬間から、セコンドにチューヤの姿が消えていた理由が、これだ。

 試合に仕組まれた邪悪な八百長の影を察知して、さきに犯人を見つけ出し、始末すること。

 状況は確定している。

 もはやトークの余地のない、中ボス戦へ。



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