40 : Day -20 : Awajicho
ダンスフロアは、緊張感に満ちていた。
こんな深夜、いや明け方までやっている「箱」は、それほど多くない。
だが彼女には、そんな時間でもひとを惹きつけるだけの魅力があった。
ポールダンスには、酔客を相手にするキワモノ芸、という印象はある。
だがその美しさは事実、観衆の心をつかむ。
ポールダンスの起源は800年以上まえ、インドで生まれたマラカーンブというスポーツだとされている。
もちろん当時はただポールを使うというだけで、現在のような形のポールダンスが成立したのは、20世紀後半のアメリカまで下る。
このころはまだショーダンスの域を出なかったが、21世紀には競技としてのポールダンスへと発展し、世界大会も開催されるようになった。
「ふつくしい……」
劇場の隅っこで、遠く舞台を舞う女を眺め、チューヤはすなおに思った。
テーブル席は満席ではなかったが、ほぼ全員が舞台を注視しているという意味で、箱入り満員御礼といってもいいかもしれない。
──彼女は確固たる「自分」をもち、フリーの仕事で糊口をしのいでいた。
アイドルというよりも、ダンサーだった。
淡々と仕事をし、マネジメントもする。
夢はブロードウェイ。
踊るラクシュミ。
彼女ははっきりと、自分の芸名「ラクシュミ」を名乗っていた。
一瞬、頬が引き締まった。
チューヤはじっと、舞台上のダンサーを見つめる。
これまではプロレスとか声優アイドルとか、言っちゃわるいが「イロモノ」だった。
イロモノにはイロモノの良さがあることはもちろんだが、本格派のダンサーとして本気で頂点を目指している彼女には、それなりの「すごみ」がある。
地下アイドルをディスるつもりは、もちろんない。
だがチューヤはこれまで、ほどほどのところで男とくっついて地下から出よう、ともくろむような「女の本音」とつきあってきた。
それじたい否定すべきものではなく、そういう女たちがたくさんいるという現実に掉さすつもりもない。
いま、向かい合っているのは「そうではない女」。
コンサバティブな夢を追う、マジメ畑の超優良勤労者。
「らららんど、かな……」
名高いミュージカル映画の記憶が、チューヤの脳裏をかすめる。
本気でブロードウェイを思い、頂点を目指す女の物語。
──あなたのことは好き。でも、いまはそんなことに注意をふりむけている余裕がない。
そんな女のセリフを体現するガチ勢が、ここにもいる。
いったい、そこまで思い詰めている彼女に、恋愛うんぬんの雑音を届けて、はたしていいものだろうか?
いまは仕事がしたい。お金をためてアメリカに行きたい。
まさに『ラ・ラ・ランド』の世界を地で行く女に、自分が届けられるのは「雑音」でしかないのではないか、とチューヤは憂う。
ふと舞台に背を向ける。
場内には異様な空気が広がっていた。
♪
アリのような姿で働き アリのような自分に吐くの
ノロも怖くない 風邪を引く すこし喪服早いわ
突然歌い出し、あたりは一瞬でミュージカル。
圧倒的な歌唱力とダンスで、聴衆を引き込む。
すさまじいムーブの強さに引っ張られ、聴衆の悪魔たちも踊りだす。
一種のフラッシュモブ。気づけばチューヤも踊っていた。
ひとしきりダンスムーブが去ると、ラクシュミは軽く手を振って舞台袖へ。
「あんたならアメリカでも通用するよ」
観客がそう声をかけると、
「わかってる。いいえ、わからないわ。わたしがほんとうは、なにをやりたいのか」
アメリカドラマのような、肯定と否定のくりかえし。
そういう文化圏ではないチューヤは、めんどくせえ女だな、と一瞬思ってしまった自分を恥じた。
そう、彼女はとても優秀な婦女子なのだ。こじらせたやっかいな年増などでは、断じてない。
じっさいブロードウェイを目指すにしては、やや年齢がいっているようにはみえる。
海外と比べ一般的に「若く見える」とされる日本人でありながら、外人並の年齢に換算しても、ダンサーとしては「中堅」どころという印象ではある。
「むずかしいところだな。彼女がアメリカに渡ったところで、成功するとはかぎらない。だが夢をもつのは、だれにとっても自由だ」
ふと横合いから聞こえたダンディな男の声に、はじめてチューヤが視線を向ける。
そこには、またしても見たことのある顔。
しばらく自然に受け入れてから、おどろいて飛び退いた。
「あ、あんた……っ、はか……ネクター博士?」
イスハークのつぎは、ネクター。
チューヤはこのわざとらしい展開に、のるかそるかを決めなければならない。
どうやらここは……先途のようだ。
彼は人差し指を唇に当て、その名前を出すな、と言った。
それはそうだろう、彼は連続殺人鬼であり、現在は逮捕されて警視庁の地下に収監されているはずの──囚人なのだ。
「いいだろう? たまに、飲みに出るくらい」
いいわけねえだろ、と突っ込みかけて言葉を飲み込んだ。
あんた囚人だろ、と言ってやったところで、意味がわからない、という表情をされるのがオチだ。
もうそういう常識的な突っ込みを必要としているような段階ではなくなった、とみずから認めた。
「一応、言っておくよ。終わったらちゃんと監獄に帰れよ」
言われて、ようやく自分が「囚人」であることを思い出したネクターは、皮肉な笑み。
「そうか、そうだったな。わたしは自由を束縛されている。……そんなにおそれないでほしい。わたしはただの人間だよ」
チューヤは慎重にデビルアナライズする。彼はもちろん……悪魔だ。
隠そうとしていないので、はっきりとデータが抽出できた。
名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅
ディオニュソス/魔神/D/紀元前/古代ギリシャ/ギリシャ神話/神楽坂
名高い酒神であり、欲望にしたがう人類を導く。
生肉を食べるディオニュソス。カニバリズムの秩序の遺物であり、もっとも食人を好んだ神でもある。
考えてみれば長い付き合いだ。白金台の人肉食レストランですれちがったときが端緒かと思いきや、それ以前に国際指名手配されていた彼を日本で逮捕したのはチューヤの父親だという。
現在は警視庁に収監中だが、この境界化した東京においては、自由自在に外に出るという画期的な囚人でもある。
すべてを知悉する神、その名はディオニュソス。
「この店が人肉を出すとは知りませんでしたよ」
チューヤとしては精いっぱい、皮肉を利かせた先制攻撃のつもりだった。
大量連続殺人鬼、サイコパスの博士、こちらもいい映画になりそうだ。
いま、彼らは店の端の小さなテーブルに、向き合って腰を下ろしていた。
店内には、つぎのショーまでの幕間のBGMが静かに流れている。
「それを食えば幸せになる者もいれば、そう思わない者もいる。世の中に絶対はない。すべて相対的なのだ」
「非常識な人間も、常識的なことは言えるんですね」
「非常識? きみの友人のなかに、非常識ではない人間がいるのかね?」
「……それを言われると」
「そもそもきみたちの考え方は、とても狭い視野に縛られている傾向がある。もっと自由に発想の羽根をはばたかせるべきなのだ。忘れるな、自由な思考の果てにこそ、あらたな展開、発展が生まれる」
「人殺しの果てに人類は発展したとでも言うんですか。まあ戦争が果たした役割は大きいし、そうも言いたいでしょうけど。でも……人肉食はおかしいですよね」
頭のおかしい博士は、平然と答える。
「もちろん、毎日のように人肉を喰っているわれわれが、それを批判するのはおかしな話だな」
「…………」
あんぐりと口を開けるチューヤ。
人肉を喰うことに対する文化的なアレルギーは多いが、われわれはけっこう食っているのだ、という。
発想の転換、飛躍的な事実の話。
手打ちうどんやそばの店では、必ず食っている。
手からは必ず皮膚が剥がれ落ち、それが生地に混ざる。
もちろん皮膚とは、死んだ人体のパーツである。
激しい飲食の現場で、汗や唾が混じることは日常茶飯事だ。
そこには剥がれ落ちた粘膜の破片や、かつて人体の一部であった生体の破片が混入している。
爪や髪、ケガをしていれば血が混じることだってありうる。
切れた指や歯が混じっていることだってある。
「問題になるでしょ、それは!」
「つまりきみは、程度問題だという事実を認めるわけだ」
指を食うのはいいけど、指の形がはっきりしてたらダメ。そう、その程度だ。
そうして人の指を喰うことと、殺した人間の内臓を食うこと……なにがちがうのか?
生皮を剥いで食う分には、人肉食ではないということか。
人肉食へのドグマティックな批判はよくあるが、きちんと現実をみるべきだ。
「そもそも多くの生物に、共食いというタブーはないのだ」
むしろそれをしないのは一部である、とも言い換えられる。
「詭弁だ」
「だとしたら、きみはいかなる理由でわたしをおそれるのか?」
「あんた犯罪者だろ」
「なるほど、法律か。……ザ・ロウ。きみはきみの価値観ではなく、法律という価値観によって他者を裁くことに決めた、というわけだね?」
なにやら胡乱な議論に巻き込もうとしていることは理解できた。
ともかく彼は「博士」と呼ばれるくらい頭がいい。物語になるような、たいていのサイコパスはそうだが。
対抗しなければならないチューヤは、いつも以上に大脳を活性化させて反論の言辞を導く。
「日本にいる人間は日本の法律に裁かれるし、他国もそうだ。そこでは神に裁かれることを望む人々もいるかもしれない」
「なるほど、正しい。では、きみは神のしもべになるのか?」
ヒナノの影が脳裏をよぎらなければ、神学機構に対しては批判的たりうる自信が、チューヤにはある。
問題はその前提条件だ。
「ケートとお嬢は、基本的に仲がわるいけど」
博士には伝わらないつぶやきだが、彼は見透かしたように笑う。
基本的に笑顔を示してくるこの相手、チューヤにとってはなかなかの難物だ。
「宗教としてのザ・ロウとは、律法のことだよ。きみは当時の都合に合わせて生み出された理屈に、したがうのかね?」
イスハークにしろ、ネクターにしろ、今夜は頭のいい相手が多くて疲れる。
「つまりあんたたち……あんたは、神学機構の敵ってことか」
だったら自分の敵でもある、と直言するほどチューヤはヒナノのシナリオに寄り添っていない。
内心忸怩たるものをおぼえながら、自分がどの立ち位置を選ぶべきかを模索する。
いや、すくなくとも「連続殺人犯」に寄り添っていいはずはないから、すべからく反対の意見を選べばいい──そう断定してかかれば、気楽な議論にはなるかもしれない。
「ザ・ロウ。つまり『律法』のことだ」
ユダヤ民族が書き上げた『聖書』を典拠として成立している、一神教の血脈。
神と人との契約の物語が、こんなところにまで絡んでくる。
「……まず訊いておきたいんだが、俺はいま、あんたと話さないと殺されたりするのかい?」
するとネクターは鼻白んだように肩をすくめ、
「立ち去りたければ去るがいい。ただわたしは、彼女がしあわせになる道を知っている、それだけだ」
「わかったよ。話を聞こう。それで俺は、どうしたらいい?」
「決めるのはきみ自身だ。だが指針は必要だろう。……きみの想像どおりだ。わたしは神学機構と敵対している。きみもおなじ選択をすると、信じているよ」
「だれかを信じるなんて愚か者のすることだ、ってどっかのエライひとが言ってたぜ」
「他人の言葉に耳を傾けるのはいいが、それに染められるのは賢いとは言えないな。かまわんよ、きみはただわたしの言葉に耳を傾ければいいのだ」
それがいちばん危険なことのように思われたが、自分に拒否する権利はない、とチューヤは自覚している。ここは「いいえ」を選んだらシナリオが進まない、あるいはゲームオーバーの選択肢だ。
彼は黙って、ネクターのつぎの言葉を待った。
「アイドルとは、偶像と訳される。しかしわたしに言わせれば、彼らはイケニエだ」
「まあ、ある種のアイドルはその全身全霊をファンに捧げるみたいですからね。知らんけど」
「それは知らんが、そうではない、文字どおりのイケニエなのだ。いかなる理由であれ、殺され、捧げられることによって、わたしたちが犯した罪はあがなわれる」
「もうおかしいね、そもそも」
「そもそもイケニエがおかしいとしたら、啓典の民と、きみは袂を分かつことになる」
啓典の民。ユダヤ教の聖書を源流とする一神教全般、つまりヒナノと同じ道は歩けないという宣告だ。
しかたない、とあきらめている部分はあるが、見知らぬ変なおっさんに宣告されるのは業腹でもあった。
「キリスト教がそんな宗教だなんて聞いたことは」
「ないとしたら、きみは『聖書』を読んでいないということだ。キリストは犠牲の子羊らしいよ、彼らによればね」
やっかいな議論に引き込まれようとしていることを自覚はしたが、日本人には神道や仏教という救いがある。おかげで一神教の内輪もめに、あまり巻き込まれずに済んだ。
「昔の話だろ。いまは」
「わたしはね、この事実を知ったときに、絶望したんだ。このような宗教を基盤として発展した西洋人であることを、恥ずかしく思ったくらいだよ」
ヨーロッパをはじめとしたキリスト教圏では、その勢威は依然として巨大ではあるが、そのぶん「アンチキリスト」も大勢いる。
「必要だったんだろ、キリスト教が」
明確な一側面をとらえているが、もちろんじゅうぶんではない。
「きみたちは、わたしを人殺しだという。そして怒り、捕まえ、裁こうとする」
「あたりまえだろ。人殺しはダメだ。それはどんな宗教だって」
「もちろん、ただの人殺しは裁かれるべきだろう。ただの人殺しはね。しかし人間は同時に、殺さずに生きることもできない。つまり必要な殺しがある、ということだ。彼らは、われわれは、なんらかの別の言語を用いて、その殺しを合法化する必要があったのだ」
たとえば死刑などは、そのもっとも顕著な例といえる。
基本的に人類社会は、そのレベルで運営されてきた期間が長い。
「わかりやすいじゃないか。殺した罪への罰として殺される。裁きとは、そういうことだ」
あらゆる宗教が「死の罰」を規定しているが、彼ら自身が殺すことも、また合目的化されている事実に注目すべきだ。
ネクターは言った。
「イケニエとは、殺すことだ。そうだね?」
生けるものを殺し、神に捧げる。
「それは、動物を……」
「動物の生命ならいいのか? そもそも神は、人間をイケニエに捧げろと命じているよ。直前で、やっぱいいや、とか言ってはいるがね。もちろん唯一なる神は、完全に万能らしい。彼が決めたことはつねに正義であり、その思いどおりに実行される」
やっぱいいや、と直前で命を救われた者の名はイサク。
チューヤはさきほど、その名を由来とするウラマー、イスハークと会ってきたばかりだ。
「…………」
「ところで、イケニエに人間を殺すことは、たいへんな罪悪だと聖書には書かれている。それを理由に、イスラエルはペリシテ人からカナンの土地を奪い取ったくらいだ。カナン人は淫蕩な祭祀を行ない、子どもをイケニエにする野蛮な民族だから、その土地を奪い取ってイスラエルのものにしろ、と唯一なる神がユダヤ人に命じたのだそうだよ」
じわり、とディオニュソスの「神格」が染み込んでくる。
淫蕩で放埓。それはキリスト教が迫害する概念。
「太古のもめ事を引きずるのも、いいかげんにしたらどうだ?」
だからダメなんだよ、あんたらは、とお嬢に言ったら睨まれるだろうな。
「もちろんわたしは、彼らのやったことをどうこう言っているわけではない。ただ、わたしを絶望させた信仰に基づいて、彼らが存在している事実だけを伝えておきたい。……イケニエだ」
「イケニエに絶望したなら、あんたこそ」
「そうだ、わたしの捧げたイケニエは、わたしの罪だ。認めよう。それを理由に、わたしは裁かれようとしている。認めよう。たいていの古代宗教が神にイケニエを捧げてきたが、それを罪深い行為と認識しているからこそ、神はみずから犠牲を払った民に恩恵を施してきた。わたしは古代の宗教を、そのように解釈している。──だが一神教は別だ」
一神教によるイケニエの考え方は、かなり特殊である。
これは旧約聖書の「律法」に基づき、ユダヤ人は『トーラー』と呼ぶ。
いわゆる「十戒」が有名だが、創世記から申命記に至る5書には、古代ユダヤ人に神から課された613の戒律が記されている。
本来、ザ・ロウとは、これを指す。
「子羊を犠牲にとか、そういうことだろ。そのくらいはしかたないだろ、古代なんだし」
「わたしが言いたいのは、犠牲のロジックだよ。彼らは神に近づくために、犠牲をささげているのだ。おどろかないかね? ユダヤ教の祭司が子羊を殺すのは、神に近づくためらしいのだよ」
殺す(犠牲をささげる)ことで、みずからが神に近づく。
ネクターの言いたいことは、なにか。チューヤは猛烈に思考し、理解しなければならない。
「ユダヤ教は知らないけど、神と隣人を愛する宗教だろ、キリスト教は」
「そう、そして同じ『聖書』を聖典としている。キリスト教にとっての犠牲は、まさにそのキリスト自身だが、問題は子羊の殺された意味のほうだ」
殺人者が、自分の殺人には意味がある、と付会して強弁しようとしている。
そんな「論理の罠」を感じはしたが、この議論は聞いておいたほうがいい気がした。
「子羊を殺すと、神に近づくのか?」
「笑っちゃうだろうね、現代人が聞いたら。しかし彼らは、そう決めたんだ。ふつうは子羊なりなんなりを殺したら、殺した罪は殺した者が負う」
「まあ、そうだな。人間は、いや生きとし生けるもののほとんどは、殺さずには生きられない罪深いものだ」
とサアヤも言っていた。
仏教徒の影響が強いチューヤ、なかんずく日本人という属性が、この問題にどんな回答を与えるかという構図が意識される。
「そうだ、殺して罪を負う。本来そうなのだが、一神教はちがう。なぜ彼らは子羊を殺すのか? それは、殺した罪を含めてすべての罪を、子羊が背負ってくれるからだ。そうして殺した者、つまり祭司は神に近づくことができるのだそうだよ」
「……ええと? 罪を、子羊が」
そういえば聞いたことはある。
──殺されたキリストは、人類の罪をひとりで背負ってくれた。わたしも、あなたも、生まれ持った罪を、キリストさんが代わりに背負ってくれた、らしいよ?
「もっとわかりやすく言おうか。たとえばいま、わたしがきみを殺したとする」
「現実感あるからやめて」
「そのときわたしは、殺人者になるだろう。そして警視庁の地下に監禁される。法によって裁かれるために、自由を奪われるのだ」
「あんた勝手に出てきてるじゃん……」
「なぜわたしが監禁されなければならないか? それはわたしが、きみを殺した殺人者だからだ。ところが一神教のロジックではちがう。罪のない子羊を殺した祭司は、そのすべての罪を子羊に背負わせるのだ」
「ええと……?」
「つまりわたしが、きみを殺したとき、その罪を含めてわたしがこれまでに犯してきた罪を全部、殺されたきみが背負うということだよ」
「……はああ? どう考えても、わるいのは殺したやつじゃん! なんで殺されたほうが罪を背負うの!?」
しかし残念ながら、聖書にはそう書いてある。
この事実を知って絶望した啓典の民は、すくなくないだろう。
「この根源的かつ決定的事実を、われわれはもっと直視したほうがいい。啓典の民は、罪のない者を殺して、その罪を殺した相手にかぶせる。そういう体系なのだ。いうまでもなく敵を殺すことで、その罪を敵にかぶせるのだ!」
人類の業、その到達点のひとつが、ここにある。




