38 : Day -20 : Ogawamachi
死ぬまで地下アイドルとしてやりたい、という者はいるかもしれない。
いつかは地上アイドルに昇り詰める、という野望を捨てないのも自由だ。
だが、たいていの地下アイドルは、そのような分不相応な高望みはしない。
とりかえしがつかなくなるまえに、どこか妥当な線で、引き際を見切りたい。
みずから「見切り品」であることを理解して、比較優位な第二の人生を選ぶのだ。
「お金と魂をかけて、つなげておあげなさい。彼女らを、いまよりマシな運命に。その目指す姿が、あるいは三国一の花嫁かもしれない」
塔子の助言は的確だ。
すくなくとも「三国一の花嫁」は戦うイベントではないようだ、とチューヤは理解した。
かつての遣手ババアは現在、事務所の社長などに置き換わった。
彼らを倒して──女の子を幸せにする。
チューヤは背負い袋にある「かごめのおふだ」を意識した。
そうだ、これはケートが請け負った、女の子を幸せにするというミッションそのままだ。
何世紀もまえから不幸な女の子たちの世界で生き抜いてきた、フレイヤの願いでもある。
──現代の女衒は、事務所内という狭い世界で所属グループ・ユニットの動員や売り上げを競争させ、メンバーに連帯責任をもたせることにより、グループ内や他グループとのライバル意識や嫉妬心、疑心暗鬼が生じるように仕向ける。
そのすべての采配は神である自分が掌握していると洗脳し、好みの信者に手当たりしだい手をつける。
ある意味、カルトセックス教団である秋葉原の地下から、彼女らを救ってほしい。
現代版の「置屋」から、正義の遣手ババアとして、遊女を救い出すのだ。
「ケートの仕事じゃん……」
当然、それはいまチューヤの仕事だ。
社長やマネージャーが全員悪人ということはない。しかし邪悪な客も含めて、大きな危険にさらされている地下アイドルが多いことも事実。
彼女らは敵ではない、かわいそうな被害者なのだ──。
だけど、じゃあどうすればいい?
さっきモムノフに襲われているコノハナサクヤは、ふつうに自力で解決していた。
彼女より強いモンスターが現れるのを待って、それを倒してやるのか?
しかして塔子の「計算」は、そんな悠長な解法を超越した次元を繰り込んで直接、
「わたしの計算によれば、あのへんをボディガードに守られた男の子が、そろそろ通過するわ。その子と、さっきのアイドルを、そこの通りのおでん自販機のまえでばったり会わせる、っていうのがいい方法だと思う。……彼、おにぎりだけじゃなくおでんも好きなのね」
チューヤはぽかーんとして、やおら意味不明のことを宣う塔子の一連のセリフから、重要な意味を抽出するために脳細胞をフル稼働する必要に迫られた。
ケートの場合もそうだが、天才はいきなり突っ走るから困る……。
1990年代から2000年代にブームになった、秋葉原のおでん缶。
聖地と呼ばれる自販機もあって、いまも伝統的に売られつづけている。
朽木は「いまはスリミだ!」と主張しているが、おでんも根強い人気がある。
チューヤは、またおでんかよ、と思いながら、
「あの、できれば説明してもらっていいですかね。計算て……」
「凡人に天才は理解できないわ。もちろん信じる信じないはあなたの自由。いまからダッシュでむかえば、まにあうかな。それじゃまた、水曜に会いましょう」
ハッとして、選択の余地がなくなったことに気づいた。
参加する「その代わり」の情報を、すでに教えてもらってしまった!
新宿会議の予告と、計算された運命の出会い。
謎の人物、如月塔子の言葉にしたがうか否か。
考えるまでもない。
チューヤは急いで、目前のライブハウスへと走った。
「頼む、いっしょにきてくれ!」
チューヤはアイドルの腕をとり、引っ張って小走りに走りだした。
これは彼女の側からみて、そうとう憂慮すべき「事案」だ。
警備やマネージャーなどがいれば即逮捕待ったなしだが、不幸にも彼女はひとりだった。
握手会のさなか、休憩でちょっと階下に降りた。そこで若い変質者に捕まった、なんてついてないんだ、と彼女が思うのも無理はない。
周囲が境界化し、強制戦闘BGMが響き渡りかけて、チューヤは即座に戦闘回避アイテムを使用する。
レベルの差がある場合、敵との遭遇確率を極端に下げられるという、RPGによくある消費アイテム。
びくっ、とふるえる少女。
コノハナサクヤもそれなりに強い天女なので、ザコ敵モムノフくらいが相手なら蹴散らすのも容易だが、ここにいる悪魔は……いや、悪魔ではないのか?
ガーディアンには、どうやら親しみを感じられる空気があるが、彼自身は……悪魔使い?
まだ境界の事情にそれほど精通しているわけでもないアイドルが、状況を把握できずどぎまぎしている間に、チューヤは内側から鍵をかけられた非常用の避難ドアを勢いよく押し開けた。
ドン、となにか大きなものに当たる感覚がしたが、そのまま無理やり開いた。
女の子の腕を引っ張り、もんどりうって転がり出る。
顔を上げたチューヤは、そこに黒服を見た。
「ボディガードに守られた……」
符合する。
すばやく視線を走らせると、おでんを買っている少年の姿を発見。
その横に、自分が引っ張り出してきて倒れているアイドル……ビンゴ、ミッションコンプリートか?
計算どおりの偶然を演出する一方、反対側のチューヤの横には、開いたドアに押し倒された黒服。
襟元とジャケットの内側に視線がいく。……警視庁か?
警備局が、どこかで見たことのある重要人物を護衛しているらしい、と理解した。
状況を見極めながら、逃げるような所作。
黒服も状況を確認し、とりあえず自分をチューヤと警護対象の間に置きつつ、背後の少女についてはあまり気にしていない。
瞬間、脱兎のごとく逃げ出す。
逃げれば追う、という生物の本質を刺激された警備が、チューヤを追いかける。
「待て、きさま!」
「うるせえ、捕まえてみやがれ!」
軽く挑発を入れ、警備を引き離すことに成功。
一瞬、ふりかえった場所では、少年とアイドルが見つめ合っていた──。
個別の女の子を助けたところで、「春をひさぐ」業界の体質が微動だにするわけもない。
しかし助けないほうがマシ、という議論もまた成り立たない。
現に彼女は助かって、ひとつのきっかけができ、またべつのだれかを助けるかもしれないではないか。
花が咲くように美しかった女の子は、過酷な労働ですり減って、やせ細っている。
アイドルは太っていてはいけないのだ、という事務所からの古色蒼然とした圧力は、業界につきまとい蔓延している。
──そんな彼女を、遠くのホテルの高層階から眺める少年がいた。
いま、彼は黒服のボディガードを連れて、秋葉原の路上に出てきた。
出会えるとは思っていなかったが、まさかの邂逅を果たした。
なんとなくこの舞台を演出した感のあるチューヤは、路地をひとまわりしてもどり、状況を見守った。
倍ほども年齢差がありそうな女性と少年だったが、見つめ合った瞬間に何事かを感じているかのような「運命」がみえた。
無粋と理解しながらも、悪魔相関プログラムを立ち上げるチューヤ。
境界化はしていないが、たしかに彼らには「守護霊」の存在がみえた。
チューヤはごくりと息を呑んだ。
なんで、あのお方が、こんなところに……。
つぎの瞬間、黒服がサッと動いて少年を影に隠した。
あやしげな酔客の群れが通り過ぎたが、女性もそれから隠れるようにその場を離れていた。
名残惜しそうに視線を交わしながら遠ざかっていく、女性と少年。
チューヤにはこの意味はよくわからないが、なにか重要な「場」をプロデュースした、ような気がしないこともない。
ふと、ケートからあずかっている「かごめのおふだ」を取り出してみた。
なにがどうなっているのかはわからなかったが、とりあえずその裏側に、うっすらと赤い線が浮かび上がっていることは確認できた。
──彼女が幸せになったかどうかも、まだわからない。
しかし、すくなくともチューヤは「きっかけをつくる」ことに成功したらしい。
「なにやってんだろ、俺……」
いまいち達成感もないまま、警備に見つからないように気をつけながら、街路を進む。
タイムテーブルは混んでいるのだ。
目のまえに、またもや怪しげなビルを発見。
秋葉原のビルはたいていどこも怪しげではあるが、目のまえにある五階建ては、さっきのライブハウスと同様の怪しさ満載だった。
朽木から聞き取った情報と突き合わせて確認する。
──ここだ。
秋葉原にも多数のライブハウスがあり、いつもどこかで地下アイドルが活動をくりひろげている。
頭のおかしい人間が詰めかけ、置屋の遊女をガン見しながら、ケチな金額をばらまく。
江戸の昔から、この構造はちっとも変わっていない。
1階はクレーンゲーム機とガシャポン。
集客効率の高い1階をわざとゲームコーナーにしているのも、大手らしい気の使い方だ。
萌え萌えキュンキュンしている姿が、通りから見られることもない。
メイド喫茶は2~3階。おそらく収益の大半を稼ぎ出している。
そのうえに養成所兼「接待所」があって、最上階が事務所。当然のようにブラックなので、なかば住み込んでいるスタッフもいる。
地下のライブハウスは、イベントスペースとしても重要だ。
現在は謎の「プロレス興行」中らしい。
細い隙間にぎりぎり突っ込んだ5階建ては、自社ビルではなく賃貸。
とはいえ「自前の劇場をもっている」時点で、業界では大手といっていい。わざわざライブハウスを借りずにイベントが打てる。ただの地下室を劇場と呼んでいるだけ、という現実問題はともかく。
ほとんどのアイドルがメイド喫茶で働き、養成所の費用など「育成コスト」を負担。
ここが現代の「置屋」だ。
「おや、どこかで見た顔だと思ったら」
階段の手すりのところから、こちらをみてニコニコ笑っている男の顔に、チューヤはアホほど見覚えがあった。
「あんた手配されて……イスハークさん?」
しーっ、と人差し指を唇に当てながら、ちょいちょいとチューヤを手招く。
イスハークは本来、ある種の聖職者として人々から一定の尊敬を集めていなければならない──破戒僧だ。
「わたーしの名前は、アヴドゥラでーす。いまちょっと2階で遊……仕事してたところなんだ。まあ積もる話もあるだろうし、上がらないかい?」
あきらかに境界化している地下と、そうでもない上層階を交互に眺めながら、チューヤに否やはなかった。
新たな狂言回しが、秋葉原の世界観を垂訓してくれようとしている。
二階の奥まった座席にイスハークは座って、なにやら仕事をしていた、というのは嘘ではないらしい。
一応、イスラム圏で権威あるウラマーだ。
書類仕事もそれなりに溜まっているのだろう。
ちょっとメールだけさきに済ませるね、と言ってスマホにむかうイスハークから目を逸らし、店内をぐるりと見まわすチューヤ。
「へー、こんなふうになってるのか。撮ってサアヤに送ってやろうかな」
猫耳の女の子が、おかえりなさいませ、と言って新たな客を迎えている。既存客の連れらしいと認識されたチューヤは、どうやらあとまわしらしい。
そのときポケットからスマホを取り出そうとしたチューヤを指さし、
「ギルティ! ギルティ!」
軽く声を張るイスハーク。店内には有料の写真撮影があるので、勝手に撮るのはマナー違反ということだった(店による)。
どうやらメイドカフェにはメイドカフェの流儀があるらしいな、と理解しておとなしくするチューヤ。もともとおとなしくするのは得意だ。
一方、それが苦手なイスハーク。なにしろ彼にとって「ルールは破るためにある」。
ようやくチューヤのためにおしぼりをもってきた猫耳のメイドさんのお尻を、ぺろん、と触って怒られている「アヴドゥラ」さん。
これはどこの店でも明確に禁則事項である。
「ギルティはあんただよ!」
しかたなく突っ込むチューヤに、イスハークは楽しげに笑って、
「あははは。いやあ、日本は楽しいねえ」
イスラム圏から国外追放された破戒坊主は、きょうも全力で罪を重ねている。
「それよりイス……アヴドゥラさん、神学機構から手配されてませんでした?」
由来のわからぬ偽名で呼びつつ、深い因縁を解きほぐそうと試みるチューヤ。
イスハークは肩をすくめ、
「どうやらそうらしいねえ。昨今は公安まで……いやまあ、これは誤解なんだが」
宣う彼の方向からは、キナくさいニオイしか漂ってこなかった。
「やっぱケート連れてきたほうがよかったかな」
塔子もそうだが、さっきからケート絡みの人間とよく会う。
するとイスハークは、ポンと手をたたいて、
「あいかわらず女の子、助けてやっているんだね? だからわたしは、彼が好きなんだよ。女の子は、ほんとに愛さなければいけない。とにかく愛すべき女の子たちに、つらい思いをさせるような連中は、断固として許しちゃおけないよ」
「いや、あんたみたいな客がいるから、風俗が盛んになって女の子がたいへんなんじゃ……」
そうではない、自分はできるだけ女の子を楽しませたいし、ついでに自分も楽しみたいだけなんだ、というのがイスハークの主張だった。
無理やり商売させられている女は論外でも、進んでこの業界でのし上がりたい、という気骨のある「女の道」を阻むべきでは、断じてない。
「アイドル業界もね、搾取の構造は厳しいらしいよ。いまもね、この地下では……」
めずらしく口ごもるイスハーク。
明確に境界化している地下で、いったいどんな「搾取」が行なわれているというのだろう。




