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PanDemonicA/5 -パンデモニカ/第5部  作者: フジキヒデキ
地下アイドル無料案内所
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36 : Day -20 : Akihabara


 自分の判断は正しかった、とチューヤは思っている。

 ここは秋葉原。

 そこを支配する悪魔の境界が「そういうルール」で動いているならば、そのルールに合わせるしかないではないか。


「いいんだな、チューヤ。ある意味、助かるが」


 ふらつくサアヤに肩を貸すケートが問うた。


「しかたないでしょ。これだけ寝こけてる女の子、朝までつきあわせるの無理じゃん」


 かつて同じことをした気はするが、過ちをくりかえしてはならない。

 チューヤは選ぶ。

 サアヤとケートを帰し、自分ひとりで解決する道を。


「寝てないよー、ちょっと眠いだけー」


「あ、総武中央線、まだ終電あるから……山手線で渋谷で乗り換えてもいいし」


「やかましい。タクシーで行くわ」


「そですか」


 サアヤでも自力で帰れる最寄り駅、久我山に止まる直通電車はない。

 それにしてもサアヤは、自力で乗り換えできないのによく東京で生きていられるよな、とチューヤはしばしば感心する。

 ケートに連れられて、サアヤがこの場を去る。

 ふりかえるチューヤの視線のさきには、憮然として椅子に座る「スライム」が一匹。


名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

スライム/外道/J/20世紀/アメリカ/架空の生物/秋葉原


 1953年、アメリカのSF小説で初登場。確定はしていないが、1931年のラヴクラフトという説もある。

 どんな趣味にも合わせて形を変える不定形生物で、RPGの序盤においては欠かせない「経験値の源」ともなっている。


 これほど秋葉原にふさわしいモンスターは、ほかにいないといっていいだろう。

 それがこの後半に出てくる意味を、チューヤは理解しなければならない。


「殺すのか、いいぜ、やってみなよ、あんたは殺人犯だ」


 ふてくされたように言い放つ朽木。

 彼は最初から戦おうとはしていない。

 レベル1のスライムという自分の役割を、だれよりもよく心得ているかのようだ。


 最弱の獲物を、冒険者たちは問答無用に、容赦なく、無条件で殺しつづけてきた。

 殺しは罪だと、社会は規定している。

 それがどんな人間であっても、罪は罰される。


 しかしスライムならばいい、ゲ(・)ー(・)ム(・)な(・)ら(・)い(・)い(・)のだ。

 たゆとう「闇」の論理を背景に感じながら、チューヤは悪魔使いとしての選択を重ねる。


「殺しはしない。あんたは殺されたがっているように見えるがな」


「冗談じゃない、死にたいやつなんてそうそういるものか。おれは生きている、生きるためにこうして仕事をしているのに、一方的に邪魔するやつらがいる、殺しにくるやつらさえいる、わるいのはそいつらに決まっている。そう思うだろ……なあ、あんたも!」


 常識や良心に訴えかけるのは、よくある手口なので慣れている。

 重要な問題提起だが、悪人に悪を語られると、それはただちに違和感となる。

 とはいえ、善人しか悪人を裁いてはいけないとなったら、キリストのレトリックに惑わされる無邪気な信徒と同列になる。


 チューヤは眉根を寄せた。

 ──朽木はやっかいな存在だ。


「女の子の服を溶かし、麻酔して、いたずらをするのは罪だ」


「そんなの知らない、おれのせいじゃない、このビルはボロイんだ」


「あんたはそうやって、何人の女の子を……」


「冤罪だ、冤罪だ、冤罪ですよぉ」


 ハッとした。

 卒然、チューヤは自分がど(・)ん(・)な(・)ゲ(・)ー(・)ム(・)に(・)巻(・)き(・)込(・)ま(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)のか、理解しなければならないと思った。

 この「スタイル」が朽木なのだと、父から予備知識を得てはいたが、チューヤもいよいよ思い知った。

 彼は弱(・)者(・)で(・)あ(・)る(・)こ(・)と(・)を(・)利(・)用(・)し、自分の欲望を満たす狡知のモノだ。


「この弱い境界は、そういう意味か。……あんたを殺したら、ゲームオーバー?」


 どういうロジックでそうなるのかわからないが、彼を殺してはいけないという直感は、じわじわと心に沁みあがってきた。

 いや、ロジックは明快だ。

 なぜならそれをすれば、チューヤは「殺人犯」になる。


「おれは殺してなんかいねえ、むしろ被害者だ、被害者なんだよぉ」


 イラつく口調で、無実を訴える朽木。

 これは現代社会に巣くう病巣、病的な「かまってちゃん」ではないか。


「犯罪者あつかいされてでも、かまってほしいんかよ、あんた」


 しかも、ほんとうは犯罪を犯していない、という前提つきの悪趣味だ。

 ネットでたたかれる自分をみて、ニヤニヤしている。

 本当になにもやっていない。が、やっているかのように見せる。ここが要諦だ。


 たまたま、ごみが捨てられて散らばっている場所を見つけると、周囲を見まわし、だれかが見ていると気づくや否や、さも自分が散らかしたかのように行動する。

 じっさいは蹴散らしているように見えながら、主要なごみは真ん中に集めていて、小さいゴミだけ散らばってるように見えるように残しておく。


 とにかく偽悪的な人間で、自分が悪(・)人(・)に(・)見(・)え(・)る(・)ように、計算している。

 殺人や強姦など、やっていないにもかかわらず重犯罪者に見られることで、一種のエクスタシーをおぼえる。

 じっさいは虫一匹殺していない、という事実が、彼の快楽を強めているのだ。


 犯罪現場を見つけると、わざと自分の指紋がついたものを落としていく癖がある。

 監視カメラを見つけるたびに、奇妙な踊りを踊ったり、怪しげな行動をすることに命を懸けている。


 警察すら、最初は朽木が犯人であるという予断と偏見と思い込みで行動する。

 捜査関係者の総意として、何度でも父は言った。

 ──あいつはやっかいなやつだ、と。


「……なるほど、そりゃ警察にもきらわれるわな」


「いいだろ、べつに、この国では、なにをやっても自由だ、犯罪以外は。そうとも、おれはやってない、わるいこと、なんにもしてないんだよ」


 いよいよ深刻な病理が、チューヤの脳裏にも刷り込まれた。

 なにもやっていないのに犯罪者あつかいされる、という不条理な苦痛を楽しむ──そう、彼は一種のマゾヒストだ。

 じっさい殺人事件など、世間で叩かれているような重大犯罪については、まったくやっていないことが、警察でも確認されている。


「芸人の炎上商法ってやつか」


「商法? ひどいな。たしかに名前は売れたが、仕事は減ったんだよぉ。怪文書までまわされて、朽木は鬼畜、だってさ。クチキはキチクだぜ、こんなのまわされたら、商売あがったりだよぉ」


「回文……書?」


「冤罪ですよぉ」


 異常な心理だが、説明されれば理解できなくもない。

 となると、サアヤにも、べつにいたずらをするつもりなど、なかったのかもしれない。

 ただ「そのように見せる」ことに命を懸けている、ド変態であるだけなのかも……。


 現にチューヤとケートという「目撃者」や「証人」つきで、弾劾される隙を演出してさえいる。

 ネットで極悪人のように評価されること、それじたいが彼の目的なのではないか。


 悪人呼ばわりされることが好き。

 もっと言えば、悪人呼ばわりされることを全力で否定し、それでもなお責められるのが好き。

 そ(・)う(・)で(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)、ス(・)ラ(・)イ(・)ム(・)な(・)ど(・)や(・)っ(・)て(・)い(・)ら(・)れ(・)る(・)か(・)……。


「してないなら、してないように見せろよ! わざと捕まろうとするのよせって!」


「べつに犯罪じゃないだろ。ひとの趣味にごちゃごちゃ言うな」


「場合によっては、捜査妨害の犯罪要件を満たすおそれはある!」


「じゃあ逮捕すればいい。そのなんとか妨害とやらで」


 にやにや笑っている。

 むしろ拘(・)束(・)さ(・)れ(・)る(・)のは、彼にとって喜ぶべきことなのだ。


 公務の執行を妨害する罪(公妨)には、さまざまなバリエーションがある。

 暴行や脅迫で捜査を妨害すれば重罪だが、単に怪しげな行為で捜査をかく乱したという程度では、刑法による犯罪の要件を構成しない。

 蹴る、殴る、奪う、壊す、脅す、押し返す、といった行為を伴っていないからだ。


 当然すぐに釈放されるが、無実の罪で拘束が長引くようなことになれば、そ(・)れ(・)じ(・)た(・)い(・)が(・)ご(・)褒(・)美(・)なのだから、始末がわるい。

 朽木の場合、公妨よりは、犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪が近いが、それも立証しづらい部分が大きい。捜査の邪魔をするために嘘の証言をするなどは、公妨ではなく、偽証罪などに問われることになる。

 犯罪の証拠を「奪って壊」したりすれば公妨だが、単に隠すだけなら証拠隠滅罪であり、しかもそれを立証するのはかなりむずかしい。


「あくまでも最(・)弱(・)の(・)……被(・)害(・)者(・)かよ」


 いわゆる代表的小悪党。

 スライミー朽木は、その小さな犯罪さえ、できれば避けて通るほどの小心者。

 無実の罪で投獄される『レ・ミゼラブル』が座右。

 ジャン・ヴァルジャンほど優秀で広闊な心を、もちろんスライムごときが持ち合わせているわけもないが。


「くくく……まあ、あんたは見(・)所(・)が(・)あ(・)る(・)。ふつうなら、おれをボコボコにして自分は正義だと満足する、そんな連中ばっかりだ。きちんと撮影して、あとで告訴はするがね。あんたは手を出さなかった。仲間を帰したのは慎重すぎたが、気に入ったよ。……ようこそ、世界の秋葉原へ」


 朽木が笑っている。

 秋葉原の闇は、まだまだ深く広がっているようだ。




 朽木は、たしかに秋葉原を知り尽くしていた。

 最弱のモンスターが、途中で脱落した冒険者がたどり着けない後半のモンスターに比べて、はるかに多くの冒険者たちのことを知っているように。


 ──陽の当たる場所で活躍するアイドルは、AKVNにでも任せておきゃあいい。

 ここは秋葉原、地下アイドルの巣窟だ。

 そこんとこ理解して、真(・)夜(・)中(・)の(・)イ(・)ベ(・)ン(・)ト(・)をこなしていきゃあ、目的の悪魔にも出会えるかもしれねえなあ──。


 いくつかの情報を得て、チューヤは夜の秋葉原へ吐き出された。

 ここには、こなさなければならないイベントがいくつかある。


 朽木によると、さしあたり展開されているイベント名は「三国一の花嫁」ということだが、詳細は不明。

 イベント的には「お嫁さんにしたいアイドル」に投票するだけの自主イベントらしきもののようだが、ここには「女の幸せ」が大きく絡んでいるという。


「女の幸せ……」


 なんとなく、ケートから託されたアイテム「かごめのおふだ」を手に取ってみた。

 三角形が互い違いに並ぶ、いわゆる「カゴメ文様」で、古来から魔よけの文様ともされてきた。六芒星などが浮き上がって見え、それを丸で囲んで紋章としても使われる。

 イスラエルの国旗にも使われ、多くの陰謀論のトレードマークともなっているが……。


 深夜イベントといわれるだけあって、他の街とは比べ物にならないほど、人通りが多い。

 そろそろ終電も終わる時間だから、彼らはまちがいなく朝帰りコースを選択しているのだろう。

 もちろんチューヤも他人のことは言えない。


「ええと、このさきのライブハウスでミッドナイトイベント開催中と……」


「遅刻遅刻ぅ~」


 と、駆けてきた女の子と曲がり角でぶつかった。

 彼女はトーストをくわえてはいなかったが、どうやら……アイドルらしい。


「待ってよぉ~う、サクヤちゅわ~ん」


 典型的なデブ声のほうに視線をむけると、毎度おなじみドルオタのモムノフが、紙袋を振りまわしながらドテドテと走ってきている。

 つぎの瞬間、周囲が境界化した。

 悪魔が本性を出し、アイドルに襲いかかる。

 しかし直後、アイドルの腕が魔力を帯び、モムノフの肉体を切り裂いた。


 チューヤのデビルアナライザは、欲望に忠実な低レベルのモムノフを、中盤に重要な天女コノハナサクヤが蹴散らした戦闘だ、と一連の事象を理解した。

 このまま、あわや天女と戦闘か、と思った瞬間、まだらになった境界はもとにもどる。

 チューヤに一瞥もくれず、ライブハウスにむかって駆けていくコノハナサクヤ。

 追いかけるべきだ、と一瞬考えたチューヤの視線が、目前にあるビルに吸い込まれる。


 24時間営業のカフェの窓から、ひとりの女が、自分をじっと見つめている。

 彼女の顔には、おぼえがあった──。



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