34 : Day -21 : Kameari
「それほどでもない」
なんも言ってねえよ、と突っ込みたかったが、さすがにタイムマシンをつくったやつに対して「すごくない」とは言えない。
鼻高々のケートがじっさいすごいことは認めつつも、サアヤはため息まじりにつぶやいた。
「もうちょっと謙虚だったらいいのにね」
「まあそれがケートだから」
「やかましい。まあタイムマシンとはいえ、かなり限定された動作しかしない。……しかしどうしても必要だったんでな。どこかの時代で失われた〝かごめのおふだ〟が。どうやって探すかずいぶん考えたが、まだ確実にあったらしい江戸時代に行くことが、いちばん手っ取り早かった」
そうして必要なフラグを立てたケートは、京橋においてヴァンパイアへの復讐劇を果たした。それはチューヤたちもよく知っている。
「考えるベクトルが異常だわ。たいへんなやつだな、おまえ」
「だから言ったろ。それほどでもない。まあ自分の天才っぷりを否定はしないがな。……キミたちだって、異世界線に遠征してたんだろ?」
ケートは江戸時代、チューヤたちは異世界線に遠征し、帰りがけの駄賃に三ノ輪橋あたりで再会した。
そうして合流したケート・シナリオの結果には、たしかにコミットしている。
「だけどケーたん、ちょっと待って。さっきの奥さんが、なんでその時代のモリリン? なのよ。輪廻転生して、いまはおでん屋のおかみさんやってる、ってこと?」
仏教徒だけに輪廻転生の理屈には合意形成しやすいようだが、ケートはあっさり首を振った。
「ちがうな。彼女は、そのまま生きている。うつろ舟に乗っていたころから、いや、おそらくそのずっとまえから、何千年、何万年も」
「そんなバカなことある!?」
「そんなバカな生き方を強いられたから、もう頭がバカにでもなるしか、どうしようもなかったんだろうな。すくなくとも江戸の連中は、もうちょっと頭が柔らかかったぜ。
吉原で、何人かの旗本と親しくなった。幕府の天文方に、ボクみたいな天才が必要とされていたのは、都合がよかった」
改暦などに必要であるため、定期的に天文方の設置や移転、拡張は行なわれていた。
1811年には、天文方に翻訳局というものが設置されている。これは同年、国後島でロシアのゴローニン海軍中佐らが拿捕されたのと無関係ではない。
「間宮林蔵とか、フェートン号とか、ゴローニン事件の時代か」
「意外に日本史はちゃんとやってるんだな」
「顧問が歴史担当だからね」
「じゃあ知ってるな。渋川春海が天文方に任じられたのが1690年、改暦のたびに撤去され、駿河台、牛込、浅草なんかにも移転したらしい。ボクが行ったときは、ちょうど浅草片町の時代だった。吉原も近くて都合がいい。
そこで親しくなった旗本が言っていた。彼女には万年の孤独がある、と。たぶん、そういう意味だ。いつの時代にも天才はいるんだな、と思ったよ」
ひとり得心したようにうなずくケート。
もしチューヤがケート・シナリオに沿って生きていれば、おそらく同じ旗本と話すことになったのかもしれない。
ちなみにこの天文台は、葛飾北斎の富嶽百景のひとつ『浅草鳥越の図』にも描かれて有名であり、幕府崩壊まで使われた。
「フレイヤは……原初神、って聞いてるけど」
「なるほど。何万年どころじゃなく生きてるわけだ。こいつはいいや。……カリブ海に流されるようなこと、なにがあったのかは知らんが、世界中の海に流されてきたんだな、あんた」
夜の街に向け、問わず語りフレイヤに話しかけるケート。
まだ天才のうしろ姿に追いつけないチューヤは、
「いや待って、原初神はあくまで概念の存在だから、その時々の人間の身体を借りるとか、あらたに粘土こねるとか、そうやって転生しているんだと思うよ」
「だとしても、そのパターンしかないと信じる理由もないだろ。……そうかい、わかったよクリス」
ケートが耳介のイヤホンにゼスチャーで合図する。
どうやらネットワークにすべての会話は拾われていて、時々刻々のアップデートをつづけているらしい。
チューヤはケートのバックグラウンドを思い起こしつつ、
「なにがわかったの、ケート」
「さっきクリスに送った、女将の遺伝子の解析が完了した。彼女はテロメア異常らしい」
「テロメア、異常?」
何万年も生きる人間など、いない。
人間はおろか、一部の特殊な菌類を除けば、そんなに生きる生物などいるわけがない。
だが生物を規定する根源が遺伝子であり、そのプログラムが生物の態様を完璧に決定するとしたら、可能性として──。
「もともと確率的には、人類誕生以来3人くらいは、遺伝子にこの手の変異をもっている人間はいたはずだ、という考えもある。飢餓とか戦争とか病気とか、外部要因によって死んでしまえばそれまでだから、生存はしていないだろうと思われたが」
「だからなんなのよ、その異常って」
「死なないんだよ、彼女は、殺されないかぎりな。そういう遺伝子の持ち主ってことだ」
あんぐりと口を開けるチューヤとサアヤ。
彼らが保持していた最後の常識が、崩壊する。
「そんな」
「バナナ」
人類がこれまでに複製してきたホモ・サピエンスのなかに、テロメアの「永久再生ループ構造」をもつ突然変異体が自然に出現する確率は、5人くらいあったという。
不死ではないが、不老。
生物として通常に生きられる環境さえあれば、死なない人間である。
なんらかの事故や病気、飢餓、殺人の結果として死ぬことはあっても、自然死はしない人間が、10万年に及ぶ人類史のなかで確率的には数人、誕生していたはずだ。
つまり現代社会のなかに、10万年生きている人間が存在する可能性は、ある。
もちろん確率的には、爆発的に人口の増えた現代に近い年代に、その突然変異体が発生した可能性のほうが高い。
そして、たとえ自然死する可能性がなくなったとしても、それ以外の理由で死亡する確率のほうが、はるかに高い。
よって、原初から存在する人間はいない、と考えるほうが自然だ。
しかし可能性として、ゼロではない。
原初に不老遺伝子を手にした人間が、神に祭り上げられ、永久の世界を築き上げた可能性は、かぎりなくゼロだが、ゼロではないのだ。
「10万年とは言わない。だが千年の孤独を生きた人間くらいなら、いたかもしれない」
「都市伝説だろ。信じる信じないは」
「もちろん信じるさ。こんな悲しい世界に、現に放り込まれてる。……ふつうは殺されるか、自分自身で耐えられなくなるもんなんだ。いつまでも老けない、若い女だぜ。まともな人間だったら、怖いだろうが」
日本にも八百比丘尼という伝承がある。
人魚の肉を喰い、永遠の若さを得たが、夫など知り合いは寿命でつぎつぎ死んでいく。ついに孤独に耐えかねて出家した彼女は、若狭にたどりついて入定したという。
「まあね……」
「美魔女もいるけどね、最近は」
「魔女ってのは、だいたい火あぶりとかで殺されることが多い。だが、彼女の場合はアレだ、ほら……そうだな、つまり……利用価値がある。娼婦として」
だんだん、と足踏みするサアヤ。
ケートの性格を見誤っていたらしい。
「オブラートに包むのかと思ったよ! もっとほかに言い方あるでしょ、愛され体質だとか!」
「なんでもいいが、ともかく彼女は生かしておいたほうが、周囲の人間にとって都合がいいことが多かった。たいていはそれでうまくいっていたが、うまくいかない場合には、どうやら別の原初神が干渉して、彼女を生かしつづけたらしいな」
「校長にでも聞いたの?」
「いや、葛西のほうにいる魔人だ。イギギ、とかいったかな。どうやら日本滞在を楽しんでるらしいぜ」
うつろ舟は、円盤に似た乗り物と具体的に書かれていることから、UFOだったのだという都市伝説もある。
イギギは、宇宙人説の根強いシュメールの神々アヌンナキの下僕としてつくられた下級神、という設定だ。
「あーね……」
チューヤはなんとなく理解したが、サアヤにはさっぱりわからない。
それはともかく、フレイヤはすくなくともケートという証拠がある段階で200歳以上、おそらくは何百年、何千年も生きつづけている……らしい。
フレイヤの正体は、それだけで小説が一冊書けるほど、奥深いことがわかった。
「なんかすごいひとが出てきたね。……いや、なんとなくわかってたよ、あの女のひとには最初から、とてつもないオーラがあると見破ってたね、私は」
サアヤが無駄に誇るので、しかたなく突っ込むチューヤ。
「火のないところに放火する、しあわせな男女の関係をめちゃくちゃにしがちなサークルクラッシャーだよ、ってブツブツ言ってたじゃん、サアヤ」
「シャラップ! ……で、ケーたんどうするの?」
「約束を守るさ。女の子を幸せにする。すくなくとも不幸から守るって約束した。こいつにな」
かごめの札を取り出し、つぶやく。
途中にまだ理解できていない部分が多いことを承知しているが、ともかく彼の行動原理だけは否定できないと認めた。
──女の子を、助ける。
「行くぞ」
「どちらまで」
「秋葉原だ」
見つめ合う三者。
どうやらこのシナリオは、確定だ。
「……いよいよ踏み込むんですね、あの禁断の地に」
チューヤの目線が流れるところ、駅が見えている。
ケートがタクシーを呼ばなかったのは、運転手に聞かれたくなかったせいもある。
チューヤが駅まで歩きたそうにしているという事実も、無視はできない。
いや無視するのは簡単だが、移動時間に有効な使い道があったから使ったまでだ。
「アキバかー。遠いようで近いんだよね、アキバ」
「サアヤはほんと、わざとみたいにまちがうよね」
「だってチューヤ言ってたじゃん、小田急でも行けるって」
「直通してる千代田線の新御茶ノ水で降りれば近い、って言っただけだ。まさかサアヤが自力で目指すとは思わなかったよ」
いつもの漫才がはじまったらしいな、と観察をはじめるケート。
──各停しか止まらない駅ならともかく、快速や急行、特急が錯綜している駅では、サアヤならずともまちがうことはある。
「こちとらオダキュー乗ってんだよ、小田原ならわかるけど、がそんしってどこだよ!?」
うつらうつらと秋葉原を待っていても、千代田線に秋葉原という停車駅はない。
そうして「がそんし」までたどり着いた、という毎度ばかばかしいサアヤのお笑いだ。
ただでさえ彼女は、よく反対方向行きの電車にまちがって乗る。
それでも折り返し運転まで待てば、目的地に着けないことはない。しかし地下鉄への直通乗り入れが常態化している東京圏では、その被害が顕著に拡大する。
かつてサアヤが流れ着いた「がそんし」は千葉の地方都市で、小田急から千代田線を経由して、常磐線に乗り入れていたと考えられる。
「我孫子な。まあサアヤが小田急に乗ったと聞いた時点で、なんとなく察してはいたが」
「いっぱい並んでるからさ、電車! あれじゃまちがってもしょうがないよね」
「いや、終点まで寝こけているほうが問題だろ」
チューヤとサアヤの、いつもの鉄板電車ネタをしばらく黙って聞いていたケートは、
「で、秋葉原だが」
遅すぎるタイミングで話題を調整する。
甘やかされたチューヤは、まだ状況を理解していない。
「ああ、だいじょぶ。上野東京ラインは秋葉原に止まらないし、そもそも綾瀬はJRの線区のなかでも特殊なんだよね。くわしい話は省くけど、どうせ日暮里か北千住で乗り換えるなら、メトロのほうが安上がりでしょ。TX使ってもいいけど、高いからね。なんなら千代田線直通で新御茶ノ水で降りても、秋葉原まで500メートル……」
「そんな話はしていない! その能天気な脳みそを、ちょっと現実に寄せてこい」
ようやく気づくチューヤ。
そろそろ寝言を終え、話を進めるべき段階にきている。
「す、すいません……」
「チューヤがわるいよ」
「サアヤのせいでしょ!」
イライラと足踏みしていたケートは、声を荒げて、
「やかましい! ボクが当面、抹殺しなきゃならん吸血鬼の名はクドラクだ。クルースニクから聞いたが、幼児性愛の底辺クソ野郎らしい。そいつが秋葉原界隈に出没してるとさ」
これからやるべきことを明示する。
具体的なターゲットを示されれば、がぜん能力を発揮するのがチューヤのような偏った人間である。
「まあ、いるよね、どこにでも。人間失格の鬼畜さんは」
「とくに秋葉原はいそうだよねー」
「サアヤさん、無駄に敵を増やすような発言はお口チャックですよ!」
そうしてチューヤが秋葉原を目指す自動乗換システムを稼働している間に、ケートから順を追って説明されたところによると、以下のような顛末になる。
もともとおでん屋の女将に依頼される以前に、吸血鬼絶滅計画については進行していた。
女の生き血をすすって暮らすクズ野郎、というのは古今東西あまたいるが、なかでもクドラクはケートがすでに倒したヴァンパイア馬場と田宮に次ぐ、邪悪な「女の敵」らしい。
「田宮もそのひとりなんだな」
考えてみれば、ガーディアンであるオイワまでぶっこ抜いて、泣き叫ばせていた。
あいつが邪悪でなくて、だれが邪悪だろう。
「行くぞ、秋葉原へ」
うなずくチューヤとサアヤ。
綾瀬から秋葉原、ふつうは乗換1回コースだ。




