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PanDemonicA/5 -パンデモニカ/第5部  作者: フジキヒデキ
おでんは おやつに はいりません
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33 : Day -21 : Keisei-Tateishi


 ヒナノとマフユのケータイが同時に鳴って、ふたりが別々の相手と何事か手早く会話しながら、ひと足さきに辞去したのが最初の契機だった。

 つぎにケートは、リョージと何事かを話し合い、互いにうなずき合ってそのままリョージだけが出て行った。


 残ったのは、ケート……ついでにチューヤとサアヤ。

 今夜はどうやら「ケートの日」らしい。


「そもそも最初から、知り合いっぽい雰囲気だしてた時点で、こんなことになるだろうと思ってはいたけどね。さあさあ、はっきりしてもらいましょうかケートくん」


 謎解きを強いるチューヤ。

 ケートは憮然として、好奇心を集めて固めたようなパンピーふたりを眺める。


「なんでキミがそんなかさにかかっているのか知らんが……おハナさん、ここで語ってもいいのかい?」


「もっりりーん!」


 と、突然素っ頓狂な声がカウンターの端から聞こえてきて、チューヤは思わずスッコケた。

 彼にとってもっともなじみがあり、他の面々にとっては、そういえばいたな、程度のなつかしい感じ。

 カウンターの端に座って残り物のおでんを食らう、青い服の彼女の名は……テイネ。


「またおまえ、勝手に俺の召喚枠を……」


 気づけば周囲が弱く境界化している。

 この結界を結んでいるのは、はたして──。


「じゃっかましい! 最近出番が少なくて、ストレスふるふるざんすよ、わっちに触るとヤケドすんぜベイベェ。……あ、ライスは小で」


 勝手に注文しているテイネ。

 突然、この世のものではない小人が現れて、常識人ならあわてるところだが、べつだんおどろくふうもなく、茶碗に小盛りで差し出すマスター。


 どうやら境界初心者というわけではないらしい。

 当然だ。彼はオーディンをガーディアンとする、最終盤のキーパーソンなのだから。

 なんなら彼がこの境界を結んでいる、と言われてもおどろかない。


「かまわんよ、せいぜい語ってくれ。おれはもう、彼女についておどろかされることは、なにもない」


 つまり「すべて知っている」ということだ。

 主神オーディンは、みずからの知識のために眼球まで差し出した。

 おでん屋の亭主は隻眼ではないが、自分の妻のことくらいはだれより把握している、すくなくとも彼はそう思っているようだ。


()()()()()()()()のむすめ、ざんすか。なつかしい響きでありんす」


 邪教テイネといえば、このエセ花魁っぷりで知られている。


「ここ学校じゃないだろ、テイネ。勝手に出てくんじゃないよ」


「寝言をほざくのもたいがいにするざんす。悪魔使いごときが邪教の上に立とうなど、おこがましいとは思わんかね。わっちはただ、大先輩にあいさつにお伺いしただけざんす」


「ざんすー」


 乗っかるフレイヤ。

 ……廓言葉。

 この悠久の伏線を、ついに回収する段階に達したらしい、とチューヤは卒然、理解した。


「どういうことだ、テイネ。……おかみさん?」


「なつかしいのかなー、もう忘れちゃったざんすねー、だいぶ昔のことだからなー」


 こういうとき一気に話を進めるのは、天才少年ケートだ。

 彼はまっすぐにハナコを見つめ、それからマスターに視線を転じながら言った。


「すくなくとも彼女は、()()()()()()()()()()()()。そうだな、おでん屋」


 ガーン、と効果音つきでわかりやすく表情を変えるチューヤとサアヤ。

 しかしこれは、衝撃の第一弾にすぎない。


「おれが知りたいのはむしろ、そんな彼女が()()きみを()()()()()と思うかのほうだ」


 しばらく考えてから、再びガーン、と脳天を打たれたように口を開けるパンピーたち。

 いろいろありえない情報量に取り巻かれすぎて、まともに思考回路がつながらない。


「遊女勤めの儀は」


「第一にいつわりをもっぱらとして」


「誠の心あるまじきこと」


 フレイヤとテイネが交互に、そして最後は声を合わせて言った。

 ──吉原掟。

 全部で10くらいあり、日本全国の遊郭を通じて、長く実行されていた。


 仮想空間が展開し、江戸時代にタイムトラベルしたような錯覚をおぼえる。

 そういえばかつて、ケートの「夢」に巻き込まれたことがあった。

 あのとき彼は江戸時代を想定し、平賀源内のような姿にみずからの役割を充てていた。

 周到に張りめぐらされた運命の糸が、一気に回収されていく。


「やっぱホンモノはちがうざんすね、姐さん。昨今、浮薄な女子どものわざとらしい廓言葉とか、ほんと残念にしか聞こえないでありんす」


 おまえだよ、と突っ込む声も出ないチューヤたち。

 テイネというキャラクターは、あきらかに後世のイメージによってでっちあげられた、()()()()の花魁道中だ。

 しかしハナコは、()()()()の足でその道中を歩んでいた、らしい。


 じっさい江戸時代の男たちを魅了したであろうフレイヤの姿が、あまりにも克明に想起される。

 ──なんだ、この連想は。

 まるでわざとのように、強い脈絡が結びついてくる。


 当のフレイヤは、やや目を覚ましつつあるらしいものの、まだ惚けて、ぷらんぷらんと頭を揺すっている。

 畢竟、意識状態の高いテイネに情報収集が偏る。


「教えてくれ、テイネ、おまえたちは……」


「甘えるな! ざんす。女の道が、男なんぞに知れようか?」


「いやあ、おっさんが歌ってるでしょ、だいたい」


 思考停止したサアヤが、自分の世界に引き寄せて言った。

 憤然として突っ込むテイネ。


「昭和歌謡の話はしてないざんす!」


 日本の芸能では、女役を男が演じる時代が長くつづいた結果、女の気持ちを歌うのも男の仕事になった。

 ()()()()を歌うのは()()だし、()()()()()()()などといった名前の正体も、だいたいハゲとかヒゲのおっさんである。


 あまりにも「男視点で歌う女の気持ち」が現実を離れすぎて、昨今の演歌歌手など、当の女が歌うにおいてすら、「ちょっとこの気持ちわからないんですが」と作詞家にお伺いを立てなければならない始末だ。

 通常の女では理解すらむずかしい「特殊な女」のカテゴリが、世の中には事実ある。


「芸能はともかく、遊郭はシンプルだよな」


「生々しい、と表現すべきだろ。……舎利浜に漂着したのは、偶然ではないな」


 ケートが視線をもどす。

 ハナコはうつろな視線で、あいまいに笑う。


「あの場所が、線の途中、見上げれば、星の世界」


 ケートにはそれでじゅうぶんだったし、チューヤは説明を求めたそうな表情をしていたが、さっぱりわかっていないサアヤに比べればだいぶマシだろう。

 ──国は、彼らの組織は、科学は、いったいなにをたくらんでいるのか。


「こいつは返したほうがいいのか?」


 ケートはなかば憮然として、彼女からあずかった「かごめのおふだ」を差し出す。

 するとハナコは嫣然と微笑み、柔らかい手で包み込むように、それをケートの手のなかにもどした。


「女の子、しあわせにしてあげてね。今源内さん、約束したでしょ」


「したよ。約束は守る。……どうしたらいい?」


 ハナコは、なにかを裏返すようなしぐさをして、


「裏を返して、お客ははじめて、お客になるのよ。女の子を、しあわせにした証拠は、裏にこそ浮き上がる」


 裏を返すとは、一度客になった遊女を二度目以降に指名することだ。

 客は裏を返さなければ粋じゃない、という感じのルール……紳士協定のようなものを決めることによって、より利益を積み増そうとしたのが江戸時代の女衒たちだった。

 ケートはなにかを考え込みながら、


「要するに、吸血鬼退治すりゃいいんだろ」


 ハナコはあいまいな笑みを浮かべて、ただこれだけ言った。


「女の子を、たすけて。女の子を、しあわせにして」


 まったくあいまいな、しかし否定しようのないテーゼ。

 約束は明確だ。

 女の子を助ける。女の子を幸せにする。

 それだけ。とてもシンプルな条件は、たったそれだけ。


 不幸な少女を生みつづける製造機のような悪魔を、地獄の果てまでも追い詰めて殺したいと願った。

 人類創生からずっと、悪魔は少女たちを痛めつけてきた。

 寝てでもいなければ、耐えられない苦痛と倦怠。漫然たる日常を塗りつぶせるような新色は、とても見つからない。


 そんな悪魔を殺すために、ケートは「かごめのおふだ」を必要とした。

 古く強い魔力回路を秘めたおふだをもった、最後の記録は原初神フレイヤだった。


 ──その代わり、今源内さん、あんた力ァ貸してえよ。

 かなしい娘ら、救うてェよ。


「約束する。ボクは一生かけて、不幸な女の子を助けるよ」


 彼は言った、江戸の吉原で。

 そう、ケートは江戸時代からその()()()()()()()()()のだ。

 当時としては、あまり重要に考えてはいなかった──「先取り約束機」じみた、あの約束の意味を。

 いま、同じ唇で紡ぎ直す。


「安心したァ。そしたら寝るねえ」


 ハナコは言いながら、しあわせそうに階段をあがって消えた。

 ──カンバンだ。


「あのときの()()()()()()()()


 異世界線以上に突拍子もない、ほとんどばかげた伏線が回収されていく──。




「さて、そろそろ仕事をやっつけようか。──悪魔を倒す」


 ケートは言いながら、暗闇に沈むおでん屋を顧みた。

 午後10時をまわり、閉店したおでん屋の灯は落ちている。


「まあ、最初からやってることだけどね。仲良くなれない悪魔とは」


 嘆息するチューヤ。

 さきほど店を閉じたおでん屋の亭主は、すぐに家から飛び出してきて夜の街に消えた。どうやら深夜徘徊を開始した妻を探しにむかったらしい。

 はじめは寝ようと決めていても、気がついたら徘徊している、それが彼女のようなタイプの特徴なのだという。


「心配だね、奥さん、だいじょぶかな」


「だいじょうぶだよ。おハナさんは、だいじょうぶだ……ぜったい」


 ある種の確信が、ケートをしてそう言わしめる。彼のようなタイプが「絶対」などと口にするとしたら、そういう意味だ。

 古美術などと同様、時間の洗礼を長く受ければ受けるほど、多少のトラブルなど問題にならない「運命」に、それは守られているという意味なのだ。

 そう、彼女は時代を超え、ケートも時空を跳んだ──。


 すこしふしぎな『ドラえもん』の未来話には、それなりに穴が多い。

 「おはなし」のパラドックスを厳密に追及するのは、視聴する態度としてはむしろ不正解だ。

 未来の自分が、過去の自分を助ける。

 それじたいはよくあるタイムトラベルものだが、ケートの場合はちとちがう。


「だけどさあ、そんなことってある?」


 サアヤはまだ納得していない。

 もちろんチューヤもだ。

 ケートは理解力の低い、無駄に常識に縛られている素人たちを顧みて、やれやれと肩をすくめた。


「まだわからんのか。彼女は吉原の遣手ババア、森林もりりん萬楼まんろうの娼婦なんだよ」


「……名前のインパクトがありすぎて、ちょっとケートがなに言ってるかわかんない」


「そうだよ、ケーたん! 彼女はどう考えても、おでん屋の亭主の奥さんでしょ。もしかして以前、夜の商売をしたことがあったとしても、いまさら」


 まだサアヤの理解は、若いころにちょっと道を踏み外して、いまはカタギにもどっている女の一代記の域を出ていない。

 ケートは不興げに、ふてくされたように言った。


「もちろん、いまは娼婦なんかじゃないだろうが、あの蓮っ葉なヤリマン気質は、何百年たっても変わらないらしいぜ」


「お口がわるいよ! チューヤもなんか言って!」


 しばらく考え込んでいたチューヤは、悪魔相関プログラムと相談しながら、慎重に言った。


「女神フレイヤ。北欧の有名な豊穣神だな」


「原典は『エッダ』あたりか? 女神としての性格が固まったのは、おそらく10世紀前後だろうな。だがもちろん、その神格はより古い時代から受け継がれてきた」


 ノルマン、ゲルマン、フランク、ローマ──「世界史」はどこまでもさかのぼる。

 当然、「キリスト教以前」の長い歴史を、ヨーロッパも持っているはずだ。


「ヴァイキングの神話だよな」


「掘り下げるのは悪魔使いに任せるよ。ボクが興味あるのは、より新しい時代のほうだ。むしろ未来にしか興味がない、と言いたいところだが」


 世界史は「過去」にすぎない。

 若者がより留意すべきは、いうまでもなく「未来」だ。


「……()()()()()()さん。なんで、そう呼ばれてた?」


「平賀源内が死んだのは1780年。フレイヤが──便宜上その名で呼ぶが──この国に流れ着いたのが、1803年だ。虚舟うつろぶねと呼ばれる奇妙な舟に、奇妙な衣装を着せられてな」


「うつろぶね……」


 1803年、常陸の国の海岸に流れ着いたという「うつろ舟」。

 そこには奇妙な服装の女がひとり乗せられていて、言葉も通じず、やがて同じ舟に乗せて流されたという。

 『水戸文書』が有名だが、『伴家文書』などもある。

 地名がはっきりと記されており、常陸原舎り濱、とあった。


 伊能忠敬が1801年に測量した「伊能図」に記されている地名で、現在の茨城県神栖市波崎舎利浜にあたる。

 現在は海水浴場にもなっているが、もうひとつ、ここには重要な施設がある……。


「さっきリョージとも話したが、ここにある施設には問題がある。まあそれは、おいおいわかるだろうから、いまは説明しない。……詰め込みすぎたパンピーの脳が破裂しても困るからな」


「それはどうも。……けっこう重要情報に触れてるつもりだったけど、まだケートやリョージのほうが深いところにいんのか」


 ぼやくチューヤ。

 もちろん情報の質により、たとえば警察情報などはチューヤのほうがくわしいだろうが、最新の兵器や世界規模で蠢く陰謀の話などになると、知らないこともずいぶんある。


「彼女はその後、再びその船に乗せられて海に流されたという伝承が多いが、じつは男に略奪され、流れ流れて吉原に遊女として売り飛ばされた。ボクはそっちの説を支持するよ」


 もっともらしい可能性として、舎利浜に漂着し、地域の網元の慰み者となってしばらく過ごした。

 ある日、江戸からやってきた人買いに売られ、その容貌を気に入った楼主に買い取られて吉原へ。


「人身売買……」


「当時そんな言葉はない。……野間のお大尽が連れてきてね、しばらく人気だったが、そのうち北國ほっこく(吉原)の森林萬楼に売られたらしい」


 チューヤたちが気になったのは、ケートの語り口だった。

 どの視点から、彼はモノを言っているのだろう……。


 その後、吉原の遊郭森林萬楼(もりりんまんろう)で、野間のお大尽、野間の尽、野間尽のまじんとして、人気の花魁になった。

 このころの遊女の源氏名は、出身地の地名や、地域の有力者の氏名などからとられることが多かった。

 それも吉原が格式の高い妓楼だからで、それ以外の下々の遊郭(ただの遊女屋)では、そもそも源氏名などというしゃれたものは与えられていなかった。


「歴史の授業で、なんかちょっとやった気はするね」


 サアヤが複雑な表情でつぶやいた。

 彼女にとっては、女性による性の売買は、たいへん「ふしだら」で「けしからん」ことである。


 ──このころ、すでに利根川の東遷事業は完了しており、現在の野田市の関宿には現役で大規模な分岐点の「水閘門」が稼働していた。

 その下流からさかのぼり、江戸へやってきた、野間尽。

 ケートはそれを()()()()()()()言う。


「吉原でしばらく現役でやってたが、そのうち遣手ババアに格上げされた。楼主にそうとう気に入られたらしくてな。()()()()()()()()()()()のは、1810年ごろ。50年間、将軍をやっていた家斉の中盤、いわゆる大御所時代だな」


 文化文政時代。

 町人文化が顕著に発展し、いわゆる化政文化が極みに達した、まさに「文化」の時代。


「あのう……ケートさん……」


「映画でも観てきたのかな?」


 顔を見合わせて、自分たちは突っ込んでいるんですアピールをするパンピー2名。

 ケートはイライラした口調でなじる。


「いいかげん現実から目を背けるのはやめろ。ボクたちは事実、8万6千年まえにタイムスリップしたじゃないか」


 あれは完全な事故だったが、それを()()()()()()としたら?

 もちろん彼なら、できるような気がする……。


「まさかケート」


「完全に同じロジックではないが、方法論として再現することはできた。知ってると思うが、ボクは天才だからな」


「タイムマシンつくったの!?」


 ピョン、と飛び跳ねる一般ピープルたち。

 これは一般ピープルでなくても、飛び跳ねていい案件だ。

 やはりケートは天才だった──。



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