30 : Day -21 : Ohanajaya
「チャレンジメニューって、なんじゃろ」
壁を顧みて問うサアヤに、マフユも興味津々に食いついている。
マスターは手元で下準備を進めながら、
「ああ、それね。大食いブームって、たまにくるじゃない。それで、うちにも1個くらいあったほうがいいんじゃないかって、常連さんが考えてくれたんだ」
「スクリュー……やきそば?」
「それ、食べ物に使っていい言葉?」
「スクリュードライバーってカクテルなら知ってる」
チューヤのなかに鬱勃として、いやな予感が湧く。
マスターは在庫を確認しつつ、
「ご注文ならつくるよ」
「おう、あたしと勝負しようってか。上等じゃねえか。言っとくが1キロ以下は0グラムだかんな」
大食い界の名言として知られる──1kg以下は0g。
大食いファイターは食事量を、グラムではなくキロで表現する。一般に、番組になるのは5キロを超えてかららしい。
「500グラムでも、じゅうぶん大盛だと思うが……」
「スクリューやきそばか。魅力的なフレーズじゃねえか。どういうルールだ?」
「料金は5000円、完食すればタダ。制限時間は50分。25分を切れば賞金がつくよ。残したら持ち帰ってもいい」
焼きそば1人前は300グラム程度とされる。つまり単純計算で15人前ほどということになる。
世知辛いサアヤが、指折り計算しながら、
「1人前あたり300円くらいか。値段は良心的だね」
「量は問題じゃねえが、やっかいなのは時間だな。25分か……」
「どっちも問題だわ。しかも賞金もらう気かよ!」
「うわばみめ。こんなやつに取り憑かれたら、店やっていけなくなるぞ、マスター」
マフユのポテンシャルを知悉する一同、マスターの側に立とうとするが、当人は平気な顔で、
「だいじょうぶ。成功したら二度目は受けないから。歴代成功者が、ほら、そこの写真のひとりだけだよ、いまのところ。失敗したら再挑戦はOK」
みると壁には、巨大なソフトクリームのような「焼きそば山」を、グングニールと呼ばれる鉄の棒で巻く店主の写真。
やきそばは粘土のようなソースを絡めることで、かなり造形の自由がきくらしい。
その横に、空になった鉄板と、どうやら挑戦成功したらしいおっさんの雄姿がある。
「なるほど。いつかマフユも、あの写真のようにさらされるんだね。恥ずかしい人生を送るがいいさ」
「ふん、ひと山5キロなら、まあいけるだろ。ふた山になると、きつい気はするが」
「食べ物を山で数えるのやめて」
「悪ふざけが過ぎるよ」
サアヤがたしなめるが、そういう文化もあることは受け入れている。
食べる、というのは生物にとって必要不可欠の基本だ。
リョーリヤとして前線に立つリョージも、いつか挑戦しようと思っているのかもしれない。
「で、なんでおでん屋がやきそばなんスか?」
「原価が安いから、かな」
「正直!」
半数の部員が突っ込んだ。
マフユは舌なめずりしつつ、
「うまいけどな、やきそば」
「もう、やめときなよフユっち」
「そうだな。きょうのところは……チューヤが残したら食ってやんよ」
チューヤの危機管理本能が警鐘を鳴らす。
まさかというか、案の定の方向に、事態が転がりはじめてはいないか?
「……は?」
「あいよ。ご注文くりかえします。スクリューやきそ……」
「ふつうのやきそばでお願いします!」
ぎりぎりのところで針の穴を通す注文。
こうしてチューヤは命を拾ったのだった……。
スクリューやきそばなるものを見てみたくはあるが、注文しておいて残したら、人として不合格、人非人あつかいされるおそれがある。
よほどの覚悟がなければ挑戦してはいけない、それがチャレンジメニューというものだ。
たしかに、できもしないことをやる、というのは人類の業といえないこともない。
それじたい全否定されるべきではないが、「記念受験」レベルならともかく、食べ物を粗末にする結果になるとしたら、それは非難されてしかるべきだ。
いわゆる「バイキング形式」でもよくあるが、自分でとってきておいて残す者がいる。
未知の料理を注文して残すのは、味や量が「わからなかった」という可能性もなくはないが、自分でとってきておいて残す、というような「お残しは許」されるべきではない。
味という要素は、もちろんある。
美食が自慢の店で「まずかった」なら、残されてもしかたない。
そして客は二度と行かなければいい。
だが「好きな料理をとる」形式で、「空腹という調味料さえあれば食えた」なら、その空腹状態を把握できる可能性のもっとも高い側が責められるべきだ。
「みんなで挑戦するとかはダメ、だよね?」
「基本は注文されたものをつくるけど、パーティのときはバイキング形式にすることもあるよ。ああ、そうすればよかったね。ま、今回は注文どおりつくるよ」
目前にある材料でできる最高のものをつくる。
ある意味、最強の料理といえる。
「なるほど、インペリアル・バイキングですか」
ヒナノが納得してうなずいた。
そもそも「バイキング形式」が言葉として通用するのは、日本だけである。一般にはビュッフェ、本場スウェーデンではスモーガスボードと呼ばれる。
その日本で、バイキング発祥の地とされるのが、彼女もよく利用する帝国ホテルだった。
「北欧」のイメージは、世界各国でしばしば「利用」されている。
日本では帝国ホテルが、開業当時、話題の海賊映画『バイキング』から着想を得て名づけた。「北欧」という国と「海賊」の豪快なイメージがまさにぴったりだ、ということで採用されたらしい。
──ここに、北からの侵略の伏線が張られている、というロジックは成り立つのだろうか。
サアヤはマフユを見つめ、それから順に部員たちを見まわしていく。
アホづらの男子はスルーし、最後にヒナノとリョージの顔を見比べながら、なんとなく問うた。
「で、みんなきょうは一日どうしてたの?」
「ボクはクソがつくほどいそがしくてな。どのくらいいそがしかったか聞きたいか?」
「ううん、聞きたくない! で、リョーちんは?」
「…………」
「黙ってしゃべればいいものを」
唖然とするケート、ぼそっと突っ込むチューヤ、笑うリョージ。
「あはは、オレはさ、ケートほどいそがしくないから、お嬢を手伝ってたよ」
「え……」
つぎに唖然とさせられたのはチューヤ。
ケートは溜飲を下げたように、
「ボクをコケにするからそういうことになるんだ。いつでもボクをたいせつに扱っていれば、今回もふたりを邪魔してやったところだがな。反省しとけチューヤ」
「なんのこと!?」
「東郷くんには感謝の言葉もありません。大叔父と代々木公園の件、ほぼ解決です」
チューヤはあわてて、ヒナノの抱えていた問題を思いだす。
パズズ、ラマシュトゥなど、終盤の入り口にふさわしい難敵だったはずだ──が、リョージの助力を得て、どうやら解決したらしい。
「いや、解決したかどうかはまだわかんないけど、まあ、おばあさん絡みのやっかいなところはチューヤが片づけてくれたしさ、オレがやったのは最後のひと押しというか、ちょっとした力業にすぎないよ」
「謙虚なところがリョーちんらしいね! なるほどー、だからさっきからヒナノンの肌艶が、いつにも増してツヤツヤだったんだね。やっぱ恋する女は濡れる街角だよね。さあさあ、おヒナさんや、今夜は赤飯でお祝いだァね!」
「サアヤさん自重」
「遣手ババアかおまえは」
「なにをおっしゃっているのか……」
高校生たちは、彼らなりの日常を楽しんでいる。
リア充と縁遠いチューヤにその恩恵が少ない事実は受け入れるとして、彼は自分にもチャンスがあったのではないかと、あいもかわらず詮無い懊悩に身を焦がす。
「リョージがマフユの相手するシナリオもあったはずなんだ……あの奇妙な地下の冒険は、リョージのほうが似合ってた……」
「ぶつぶつ言わない! これがさだめというものだよ。認めな、チューヤ。落ちるところまで落ちただけだって」
「落ち着くところに落ち着いた、だろ! ひとを落伍者みたいに言うな!」
「落ち着いた関係については認めるんだね。ま、認めざるを得ない部分はすなおに認める。諸行無常、運命論の薫陶あらたかで、けっこうけっこう。やっちまったもんはしょうがないやね、やっちまったもんはさァ」
マスターは淡々と料理をつづけている。
客の話し相手になることも仕事だが、勝手に盛り上がってくれる客もまた楽でいい。
チューヤは地団太を踏んで、
「なにやったの、リョージ!?」
「いや、これといってなにも」
「無粋なことを問うのはやめなされ、チュー坊や」
「サアヤさんちょっと口チャック!」
「んーっんーっ」
サアヤが唇を縫われた体でもだえる。
そんな茶番をしばらく泳がせておいてから、タイミングを見てケートが割り込んだ。
「ところで、北のほうでもいろいろあったらしいな」
「あーね、まあ、いろいろね。……そーいやマフユ、サイシどうした?」
「バロックが再起動かけてる。そう簡単にゃいかねえとよ」
サアヤがじたばたと騒がしいので、口のチャックを外してやるチューヤ。
サアヤは開口一番、
「ここで働かせてください!」
「まァだ言うかァ! などというバカなくだりは」
「おいといて。サイシって、あのときのニワトリさん?」
人面ニワトリなる悪趣味なものについては、今朝からサアヤも気になっていたところだ。
マフユによれば、あずけるべきところにあずけて「今夜が山」だそうだ。
チューヤはリョージに視線を転じ、
「で、リョージはランキングバトル、どーなってんの? このまえはエキシビジョンだったんでしょ」
「ああ、びっくりしたんだけどさ、今夜のマッチアップがケンタロウくんなんだわ」
水を飲みながら、武道館のほうで開かれる興行について語るリョージ。
すでに格闘界のスターである彼には当然、対戦相手として相応の強者が組まれることになっている。
「だれよ、ケンタロウくんて」
「北斗の星らしいぜ。なんか伝説の暗殺拳を身につけてるらしいんだけど……」
「もういい、とにかく知ってるやつと戦うんだな」
「ああ、けっこう手ごわい感じだった。武道館の地下闘技場ってところで、飯食ったらこれから向かう」
全員、タイムテーブルは混んでいる。
こんなところで集まり、鍋を食っていることじたい奇跡のようなものだ。
「リョージもいそがしそうだな」
「ボクのほうがもっといそがしいと、いつも言ってるだろうが!」
「知ってるよ、対抗しなくてもいいのに……で、ケートはなにしてんの、いま」
「どうしても知りたいようだから教えてや」
「知りたくないよ、ケーたん。で、フユっち最近どうよ?」
「…………」
マフユはそのようすをみて、心から楽しそうにサアヤと和気あいあい、話しはじめる。
チューヤは小声で隣のケートに、
「サアヤ怒らせるようなこと、なんかしたの」
「わからん……」
「女子はすぐ怒るからね。気をつけたほうがいいよ」
「チューヤに忠告されるようになったら、ボクもおしまいだな」
「どういう意味だよ!?」
流れるような会話のなか、できあがった料理から順次、注文者のまえに並びはじめた。
食事と会話。
充実した人間らしい時間、といっていいかもしれない。
「で、どうだったんだよチューヤ。ちゃんと仕事したんだろうな」
もりもりと「ひとりカリオストロの次元とルパン」をしながら、ミートボールスパゲッティを頬張るマフユが、同時になにやら言葉を発したことにおどろくチューヤ。
「食うのかしゃべるのか、どっちかにしろ」
「うるへえ、とっとと言え」
チューヤはサアヤと目配せしつつ、直接引き受け(させられ)た手前、内容については自分から報告する。
「まあさ、俺らとしてはがんばったよな、サアヤ」
「まーね。どこぞの因業な文筆屋にとっては、あえて書くほどでもないとスキップされるような冒険だったみたいだけど」
「結論から言え」
チューヤは語りだした。
堀切でどんぶらこと女が流れてきてから以降の顛末を。
「あらすじで言うとさ、まずサアヤ連れて堀切いったわけ。で、サアヤのせいでまあまあ迷いながら、ボン婆さんのご自宅発見」
「ひとのせいにすんな」
「あんたのせいでしょ! で、ご不在だったのでご近所の植栽イベントいったら、旦那さんのほう発見」
「ポンジューさんでしょ。ひとの名前を忘れるなんて失礼だよ」
ときおり漫才になりがちだが、基本的にはポンポンと進む報告を、黙って聞くマフユ。
相方のボケには必ず突っ込むこと、と教育されているチューヤは、
「あんたの取柄それだけだもんね! ほんと顔と名前はよくおぼえるくせに、地図になると右も左もわからんのだから」
「うっさい。……ポンジューさんは、ポンジュースが大好きなみかん農家出身のプロレタリアだったんだよ。若いころはね。奥さんとふたりで、革命の闘士とかやってたみたい。で、日本が平和になったので、それからは植物を愛でて余生を過ごすようになったんだよ」
「はしょりすぎだが、まあそんなところだ」
マフユはもぐもぐと咀嚼しながら、
「田宮のことは訊いたのか。その革命のなんたらが、爆弾代わりにチートを手伝ってるんだろ?」
「それなんだけどさ、あんなお年寄りが、そんなハイテクなプログラムとかできるかな?」
「バカかてめえ。悪魔相関プログラム利用してんに決まってんだろ。必要な悪魔と侵入経路さえ調達できれば、あとはなんとでもならあ」
敵と決めつけた相手には、言い訳の余地も与えない態度だ。
チューヤはいまいち納得しかねつつも、
「ふーん。まあ、その後なんとかボン婆さんには接触できたんだけど、腰を低くしてお尋ねご協力を願ったところ、まずはこいつら倒して魂集めてこいって、いきなりお使いイベントの無茶ぶりよ」
「……魂」
「集め」
遠くで聞いていたケートとヒナノが反応した。
ヒナノには一応関係することをチューヤも理解しているので、全員に向けあらすじを語って聞かせる。
「みんな知ってるよね。東京各地の坂道で、キリスト教と仏教が、死者の魂を集めてるって」
「地下のエキゾタイト鉱脈を掘るより、よほど効率的らしいな」
「うん、それで日々戦って、勝ったほうがその日の魂をとる、って勝負になってることが多いらしいんだよ。俺は一応、場面によってどっちの味方をするか決めてるんだけど」
「ただの優柔不断だよね」
「うっさい。それで、どっちかを倒すとどっちかの利益になるんだけどさ、両方倒すとどうなると思う?」
ふしぎな設問に、何人かが顔を見合わせる。
敵と味方という二元論の世界に生きてきた人々にとっては、両方倒すとか、どっちも倒さないという選択肢は、あまり考えない。
そういう論理構造を刷り込まれていることじたいが、現今の世界の問題の何割かを説明する根拠ともなりうるのだが、それはまた別の話だ。
とりあえず「優柔不断」の道に踏み出している悪魔使いに対し、問いを重ねる鍋部員。
「どうなるんだ?」
「俺が集められるんだよ、魂ってやつ。まあ魂へのアクセス権だけみたいな感じなんだけど、情報って重要らしいんだよね」
「使い方によっては、なにより重要だな」
うなずくケートに、何人かが同意する。
チューヤもうなずき返し、
「そう、それでさしあたりイベントはクリアできたわけ。ボン婆さんのところへ行くと、ようやく話を聞いてくれて」
「経験値もらってフラグ立ったと。……で?」
「長々とお年寄りの来し方行く末など聞かされた。足がしびれたけど正座やめたら怒られた。以上」
だん、と机をぶったたくマフユ。
他の一同も、毒気を抜かれた表情で口を開けている。
「は? なに寝ぼけたこと言ってんだてめえ」
「しかたないでしょ! 話のつづきは明日またこい、って」
「お年寄りは気が長いからね。何度お使いさせられることやら」
やれやれと肩をすくめるサアヤ。
どうやらこのイベント、一朝一夕の手間ではないらしい。
「締め上げろ、くそジジババどもなんか、あの世をみせて脅しあげりゃ吐くだろ」
「あの世なんか、こわくなさそうだったよ、もうちっとも。それより生きてる、たいせつなだれかを助けるために、必死っぽかった」
「あ? どういうこった」
「孫の命がかかってるんだ、って」
「……人質か」
舌打ちするマフユ。
当然、金銭ずくなどで進んで協力しているのでなければ、無理やりやらされている。
なんらかの弱みを握られて、チート行為に加担させられているのだろう、と考えるのが妥当だ。
「ともかく信頼を得て、くわしいことを話してもらうほうが先決だと判断した。それとも脅されているらしいお年寄りを捕まえて、さらに脅しつけるかい?」
脅すのは得意だが、信頼を得るプランを立てるのは、マフユにとっては苦手分野だった。
彼女は舌打ちし、
「ちっ。いいからさっさと目鼻つけろや。こちとら時間ねえんだからな」
生きるために急いでるのは、マフユも同じだった。
いや、彼女の場合は死に急いでいるのかもしれない──。




