24 : Day -21 : Kita-Akabane
話せば長くなるんだが。
リョージがいつも、そう言っている気持ちが理解できた。
この童話のような世界に放り込まれて幾星霜、というほどの時間はたっていないにもかかわらず、まるで時が止まっているかのような悠久たる大河の流れにたゆたって、チューヤはいま、ここにいる。
「したァーにィイ」
気づけば、お白洲に正座させられていた。
一段高いお座敷には、お代官さま。
お白洲のまんなかに生首、右にニワトリ、左にチューヤ。
「お代官さま、お成ァりィー」
なぜ参勤交代ふうなのか解せぬ間に、背後から刺股で首根っこを押さえつけられ、ほっぺたに砂利の感触。
ドン、と遠くで太鼓の音。
背後に控える巨大な牛と馬の顔をした怪物が、六尺棒らしきものを手に大声を張り上げる。
目線を上げられないので、何者が出現しているのかわからないが、とにかく新たな登場人物、どうやら「お代官さま」らしい男の朗々たる低い声。
「これより詮議をはじめる。者ども、おもてを上げい!」
「ハ、ハー」
めんどくさいのでチューヤがのろのろ動いている間に、お代官さまはさっさと詮議を進めていく。
「おぬしが落としたのは、この銀の生首か、それとも金の生首か」
「……は?」
「その者の首を斬れ!」
ハッとして目線を上げる。お代官さまに見えたのは、山田浅右衛門だ。
首切り浅右衛門に容赦はない。
「はっ!」
背後にはメズキ、その後ろにはゴズキが控えている。
彼らが六尺棒と刺股を白刃に持ち替えるまえに、チューヤはあわてて言った。
「なんて地獄だ! すいませんお代官さま! 俺が……わたしが落としたのは、ここにあるただの生首でございます」
リョージの場合は女神さまが登場して金と銀の鍋を出すが、俺の場合は首切り浅右衛門らしいな、とげんなりする。
そもそもなぜ自分は、こんなところで、ニワトリと生首の所有権について争っているのだろう……。
いや、問うてはいけない。ここはそういう世界なのだ。
「最初から正直に申せばよい。……さて、ニワトリ。おぬしが落としたのは、この銀の生首か、それとも金の生首か」
山田浅右衛門は、チューヤからニワトリに視線を移して問いかけた。
ニワトリはその場で飛び跳ねながら、どうやらただの生首の所有権を主張しているらしい。しばらく黙って聞いていた浅右衛門は、ほどなくしたり顔で、鬼たちになにやら指示を下す。
指示を受けた鬼たちによって、チューヤとニワトリは、互いに生首の左右の耳を、その手と蹴爪でつかまえるしだいに相成った。
「では互いに引き合うがよい。強き気持ちあるほうが、持ち主として認められるであろう。……敗者の首は斬れ! 本日の裁きはこれにて、残るは後日の沙汰を待て!」
「したァーにィイー!」
鬼たちが花道を見送り、山田浅右衛門は姿を消す。
取り残されるチューヤとニワトリ。
どうやら、ここで生首の耳を互いに引っ張れ、ということらしい。
鬼たちの視線を感じる。
やらないわけにはいかないようだ……。
地味に、じりじりと引っ張っているニワトリ。
ハッとしてチューヤも力を入れる。
やおら生首がカッと目を見開き、悲鳴をあげた。
「いたい……いたい、いたいいたいいたい……!」
「おいニワトリ、これ落としたのマジ俺だし、なんなら俺の仲間のダチの首だかんな、諦めて手ェ……手羽先はなせよ!」
「クケーッ、コケッコ、コケコケ!」
話にならない。
どうやらニワトリも本気を出すことに決めたようだ。
そこでチューヤは、おとなげないとは思ったが、足を出してニワトリの羽根を押さえつける手段に打って出た。
瞬間、お白州に顔面を押しつけられ、あやうく首を放しそうになる。
「御用だ、御用! 足を使ってはならん、御用である!」
「ごめんて! ちゃんとやる、やるよ! ……リョージ、どうすんだ、おまえなら」
いうまでもない、これはリョージがやるべきマンガなシナリオだ、俺にはもっとインテリジェンスな経済小説っぽい物語こそがふさわしい、と分不相応なことを考える彼に、オニからの強力な制裁。
「御前である、控えておれ!」
「御前は去ったろ! え、オニの御前? おまえ出世したな!」
再び刺股で押しつけられ、砂利を食う。
彼にはこの程度のギャグマンガがふさわしい。
数分後、牢獄の虜囚となったチューヤ。
結局、泣き叫ぶ生首を引っ張りつづけることはできなかった。
たぶんリョージでもそうしただろう、という判断が彼にそうさせた。
ふつうに考えれば、痛いと叫ぶ生首の気持ちを忖度したチューヤのやさしさを褒めて、お奉行さまは首はもちろん褒美までとらせていいくらいのはずだが、敗者にそのような恩典が与えられることはなかった。
相手に合わせてシナリオ変更してねえだろうな、といぶかしむチューヤの首が胴体と離れる刻限が近づいている……らしい。
パタパタパタ……。
足音が近づいてくる。この軽い音は、いまいましい……ニワトリだ。
敗者のツラでも拝みにきたか、と恨みがましい目を持ち上げるチューヤの視線のさき、そこには──サイシがいた。
ニワトリの身体に、サイシの頭。
「そうだったな、ここはそういう世界だった。……もしかしてだけど、助けてくれる?」
するとサイシは、ぴくぴくと顔面の筋肉を痙攣させ、眼球がぐるぐるとまわり、ニワトリは羽根を痙攣させ、その場を飛び跳ねだす。
──狂っとる。
助かる自分の姿が、さらに遠のいていった。
「だか、だから、だから言った、クケッ、クケケ!」
一応、言語は通じるらしいと判断し、慎重に問いかける。
「……なに? 言ったって、なんて?」
「あたしはもう、人間じゃないんだよ、だから多少のダメージは、修理できる」
短い言葉を聞き取るのに、だいぶ苦労する必要はあった。
サイシの物言いが、マフユにかぶっていることを理解してからは、比較的スムーズだった。
どうやらサイシからマフユへとつづく流れのなかで、彼女らの肉体は順次、改造されていったらしい。
みずから望んではじめたことではないが、結局はそのほうが便利だということに気づいた。
コモディティ化しているので、手足を吹っ飛ばされたところで、たいしたダメージではない。
先行していたサイシのおかげで、マフユの肉体改造もそれほど抵抗はなかった。
壊れたら修理すればいい。
そういう考え方は倫理的におかしいので、一部の人々は全力でこの手の技術発展を停めようとしているが、蟷螂之斧だ。
「……ヴィゾフニル?」
ハッとした。
ただのニワトリかと思っていたが、どうやらちがうらしい。
サイシのガーディアンで、北欧神話で世界樹ユグドラシルの頂上に棲むという、雄鶏。
「わたしの、名を、名は……」
再びがくがくと不自然な動きに変わる。
彼女は自分が何者なのか、わかっていない。人間なのか、ニワトリなのか、アイデンティティ・クライシスに見舞われているのかもしれない。
チューヤは慎重に考えてから、言った。
「きみの名は、サイシだ」
「サイシ……?」
ピンときていないらしい。
チューヤは言い直すことにした。
「あや。きみは、あやだ」
彩矢と書いてそう読むらしいと知ったのは、つい最近だ。
彩矢、あや、サイシ。
ぺたん、とニワトリはその場に尻もちをついた。
表情筋が不気味に痙攣している。
彼女の自我同一性が帰結する場所は──。
「しあわせだった、子ども時代、かわいくて、あややはかわいすぎて、壊された。だから壊す、修理できないくらい、それが、わたしの仕事になった」
瞬間、首から下が溶けはじめた。
まずったのか、と自問自答したがそもそもチューヤにできることは少ない。
正解を導けるだけの知能も、サイシと過ごした記憶や経験も、そもそも正解などというものがあったのかすら、わからない。
首を中心に、どろどろの液体が周囲に広がっていく。
ある種の性的なイメージを喚起している事実は、サイシの……いや、あやの過ごしてきた破滅的な記憶のせいかもしれない。
粘液となって広がっていたモノが、チューヤの牢獄を閉じる南京錠にかかった。
カチリ。
小さな音がした──つぎの瞬間、バキバキバキ、と金属の砕ける音がして、粉砕された錠前が床に落ちた。
「た、たす……」
助かったのか、まだよくわからない。
とにかく牢獄は開いた。
チューヤは慎重に牢を出て、サイシに向き直る。
サイシの肉体は再び固形状態を形成していくが、それは──もとのニワトリの姿だった。
少女の下半身がグロテスクに変容していく、という発想は古今東西のアートによくあるイメージだ。
性的な事柄と密接に関係している下半身と、それを拒絶する上半身。
古来くりかえされてきたモチーフだが、そのなかで彼女がたどり着いた答えが──この姿だったということか。
文字どおり、悪魔と合体すること。
それ以外に選択肢がなかったからでもあるが、多くの少女が堕ちていく世界に、新たな方法でアプローチしたとも言い換えられる。
チューヤの悪魔相関プログラムが、ようやく理解したように「霊鳥ヴィゾフニル」をアナライズした。
おそらく彼女を連れて、ここから出ればいい。
「cock-a-doodle-doo! Are you Mike? No, I am Rachel」
変な感じに鬨の声をあげるサイシ。
ざわめきが広がり、押し寄せてくる感じは、新たな戦闘フィールドの予感だ。
チューヤは彼女を肩に乗せ、盤石の方向感覚で走り出す。
「地上へ帰るぜ、霊鳥さんよ」
「No, I am Rachel」
どこの源氏名が出てきたのかはわからないが、彼女は霊鳥ではなくレイチェルであると主張している。
少女は……生まれ変わったのだろう。
──映画『ブルー・マインド』では、下半身を魚に変えた。
いま、サイシはニワトリに変わっている。
人間であることをやめ、ほぼ悪魔と同化して、つぎの道へ踏み出す選択をした。
テーマは古来からあるとおりで、おとなの女に変わっていく自分自身に対峙して、戸惑いながらも適応していく多くの女性たちの、特異なバリエーションだ。
その変化が、ふつうではない「異形」になっただけ。
ある意味、シンプルな話なのだ。
人間を繁殖する機能を捨て、異なる種族の懐胎を宣言する。
卵が先か、女が先か。
もちろん、女が先なのだ。
もうひとりのダークヒロインの選択は、ひとつの解答である。




