23 : Day -21 : Daiba
「最後までほざいてやがったな、チューヤ」
戦闘終了のけだるいリザルトのなか、ケートは半壊したスマホを拾いながら言った。
べつにチューヤが憎くて切断したのではない、戦闘が激しすぎただけだ。
「だいじょうぶか、ケート」
そっちこそだいじょうぶかよ、と言いたいほど傷だらけのリョージが、回復アイテムを食いながら寄ってくる。
激烈な攻撃魔法をもつヒナノだが、いまは回復魔法が苦手なことをすこし残念に思った。
ケートは修理不能と判断した端末を踏み潰しながら、
「おかげさまで、魔法の弾丸をスマホが受け止めてくれたからな」
「壊していいのか? データとか、救出できるかもよ」
「端末からサルベージする必要はない。全部オンラインにある。
それよりチューヤだ。こっちはリョージがやるべき世界だ、こんなマンガみたいなファンタジー俺には無理だ、とかなんとか叫んでたぞ。
……お嬢、どう思う? リョージがこっちきたのは正解か?」
ヒナノは軽く肩をすくめ、
「結果がすべてです。与えられた状況でベストを尽くせないような泣き言には、耳を傾ける価値がありませんね」
「こんど会ったら言っとくよ、チューヤに……生きてたらな」
襲いくる敵。
お互い生きるのが困難な世界線に立っている。そういう意味では平等だ。
──どうやらここは、敵の「重点警備エリア」らしい。
「めんどうな……燃え尽きなさい!」
ヒナノが放つナパーム弾なみの爆撃を受けて、甚大なダメージを受ける敵パーティ。
瀕死のところへトドメを刺しにいく、リョージとケート。
ウィザード役の先制攻撃さえ決まれば、ウォリアーは残敵掃討に集中できる。パーティ戦において、比較的楽な決着のパターンだ。
ここへきて、警備する側に植物系の悪魔が多いことが、ヒナノの炎の威力を倍加させてもいた。
──ここは陸と海の境界線、第六台場という島の地下。
この「島」が、違法な「貿易」の巷になっていることは、彼らもすでに予備知識として得ている。
とくに国際取引の「境界」は、本質的に左右の国をつなぐだけで、だれかが儲かる仕組みになっているのだから、国際資本の胴元が参入しないわけがない。
さらに違法性が高まれば高まるほど利益率が爆上りする、という仕組みも世界共通だ。
警備の厳しさからいっても、ここはそうとうヤバいものの集積場になっているとみてよさそうだった。
これまで進んできた地下3階層までは、船や潜水艦(!)を収容するドックになっていて、その半分の空間を埋め尽くすコンテナには、あやしい気配が漂っている。
調べを進めながら、ケートが口を開く。
「どうやらここは境界の貿易港らしいな。趣味のわるい鉢植えをご所望の住人が、こっち側にはいるらしいぜ」
厳重にロックされたコンテナにハッキングをかけてセキュリティ解除し、調査を進めるケートたちの眼前には──いっぱいに詰め込まれた「プランター」の列。
そこに植えられているのは、人間だか植物だかわからない──物体。
──あまり触れないほうがいい。
本能に告げられるまま、コンテナの列を離れる一同。
「植物人間ってやつか?」
「あまり感心しない表現ですね……」
ボケなのか本気なのかわからないリョージのコメントに、めずらしく批判的なヒナノ。
そのとき背後に接近していた悪魔の喉笛を貫く、ケートの弾丸スキル。銃社会アメリカからやってきた彼の飛び道具は、きわめて高性能だ。
「グェエ! おのれ、裏切り者どもめ……」
悪魔が叫ぶ。
その意味を解しかねたケートは、つづけざまに雷撃を放って相手の動きを止める。
「やりすぎだぞ、ケート」
「よくみろ、ボクはそいつを助けたんだ。話を聞くためにな」
ケートは言いながら、かつて仇敵ヴァンパイアを桎梏したときに用いたカミナリ型の杭で、悪魔の手足をコンテナの壁に縫いつけた。
自分たちが「裏切り者」だという、その意味を問いただすために。
悪魔の死体を眺めながら、ケートたちはしばらく考え込んでいた。
リョージにはまだよく理解できなかったが、ケートとヒナノの意識はかなり高いところを飛んで、互いの立ち位置、また立つべき位置を模索しているかのようだ。
──グローバル化を推し進めるのが、ベヒーモス。陸の原理である。
反グローバリゼーションが、リヴァイアサン。海の原理だ。
グローバル資本主義とは、資本をもった大金持ちがどんどん大金持ちになっていき、それ以外の貧民が這い上がることのできない社会、と定義される。
上位10人の金持ちが、全人類の半分がもっているのと同じだけのお金をもっている。
そういう社会、つまり地球の現状は正解であって、その道をより究めるために全速力で驀進するのが、昨今の「ベヒーモス主義」らしい。
ヒナノは眉根を寄せ、
「このような定義ははじめてみましたが」
「アダム・スミスが『リヴァイアサン』を書いたら、みたいなイフ・シリーズかもな」
ホッブスは、理想の国家が『リヴァイアサン』であり、否定すべきが『ベヒーモス』と定義した。
ちなみにアダム・スミスは、オーバーシュートして壊れそうになる経済を自然に押しもどす「神の手」について指摘した、「経済学の父」だ。
「つまり反グローバリゼーションが、経済の父にとっての理想というわけですか」
「ま、たしかにグローバル化には問題点が多いけどな」
ケートもヒナノも、現状をまるっと受け入れ、肯定しているわけではない。
ただ、彼らが「勝ち組」の側に立っているという事実だけは、いかんともしがたい。
一方、この場では唯一の「負け組」側、現状への対抗軸たりうるリョージは、さきほど菊ゐで聞いた議論の一端を、ためしに口走ってみることにした。
「ベヒーモスはさ、いまのように地球を豊かにしたのは、現在の経済体制を築いた自分たちだと信じてるらしいぜ。リヴァイアサン的な理想──つまり共産主義国の計画経済や社会主義運動が、軒並み悲惨な結果になったことは歴史的事実みたいだしな」
「リヴァイアサンは、ただの社会主義者ではありませんよ。彼らの標題のひとつ、反グローバリゼーションも、そう呼ばれるのをきらう傾向があります。なにかに反対しているわけではなく、あるべき正義を掲げているだけだと」
「どっちの陣営も、同じように正義を叫ぶさ。それをやらないのは、蛇の連中だけだ。──金持ちの正義ではなく、下からの正義こそが正しい。その意味じゃ、世界でもっとも成功した社会主義国である日本こそ、リヴァイアサンの理想にもっとも近いんじゃないのか?」
それぞれの正義──交錯するケート、リョージ、ヒナノの視線。
異なる方向を向きながら、いま彼らは同じ場所に立っている。
ここが日本であることは、ある意味で重要だ。
日本は、どちらかといえば社会主義に近いし、すくなくとも保護主義的ではある。
「そうなんか。じゃ日本のベヒーモさんとリヴァイアさんは友だちなんだな」
「いえ、そういうわけではないかと……」
「サアヤなら、だれとでも友だちになりそうだがな」
「他国ほど、両者の角逐は強くないでしょうね。けれど日本は、あくまでもベヒーモス陣営だと思いますよ。……もちろん東郷くんは、わたくしたちと力を合わせて、リヴァイアサン退治に力を貸していただけるのでしょうね」
ケートやヒナノは、どちらかといえばベヒーモスの側にいる。
金持ちたちがカバのように大口を開けて、利益を吸い上げるイメージを思い浮かべるとわかりやすい。
一方のリョージは本来、下々の「人海戦術リヴァイアサン」側だ。
彼らは社会正義を訴えるが、理想の達成が困難であることは論を俟たない。あまりにも困難な道のりに絶望し、なかには社会悪に染まってしまう者もいる。
細長い蛇の化け物であるリヴァイアサンは、たとえば殺し屋を使ってグローバリゼーションに反旗を翻すかもしれない──。
グローバル資本主義が世界経済に果たした役割の大きさは、21世紀初頭を彩った有名なGAMAの騎士たちを引き合いに出すまでもなく、とうてい否定できない。
しかし保護主義という「トランプ」のカードを切ったほうが、国内政治的には正解のこともある。
いずれが過ちとか、正義という話ではない。
それぞれに信念があって、どちらが優位なマウントをとるかだけの話だ。
彼らのシナリオ選択は、最初からそういう性質のものだった。
聖書では怪物として描かれる、リヴァイアサンやベヒーモス。
だが神は、必ずしも彼らを「悪」としているわけではなく、むしろみずから創り上げた「傑作」として誇ってすらいる。
不用意に近づけば殺されるかもしれない危険なものではあるが、それぞれ海と陸を象徴する重要なキャラクターでもあるのだ。
──互いの立ち位置についての理解を深めながら、若者たちはダンジョンを進む。
ようやく地下への階段を見つけ、先導するケートは何気なく言った。
「これはこれで、ありなのかもな。今回、ボクがあのイッパンピープルに最大の敬意を表したいのは、こっちにキミを送り込んできたことだよ、リョージ。やつが、どっちを選ぶかを最大級に表現してる。つまり〝選ばない〟っていう選択だ。意識的かどうかは知らんがな」
ケートは頭が良すぎるので、その言い回しの意味をにわかに理解するのがむずかしい。
リョージは首をかしげ、
「どういうことだ? あいつはあいつで、深刻な闇と戦ってるだろ。なあお嬢?」
「……認めましょう。彼は、すくなくとも彼にとって正しい選択をしていると思います」
リョージではなくチューヤがやってきた、というパターンを考えあわせると、ヒナノも同意せざるをえない。
この選択は、かなり重要だった。
人類の行く末を占う、最重要な領域といってさしつかえない。
──マネー。
人類が美しい「貝殻」を見つけ、それを「食べ物」や「道具」と交換しはじめたころから、この呪いはつねにわれわれを桎梏しつづけてきた。
現在は実体のない「数字」に還元された「価値」だが、これをもてあそぶ「数学」に長けた一部エリート(を手駒にする富豪)が、市場経済の頂点に君臨している事実こそ象徴的だ。
たとえばケートの父のように。
「いつかアメリカに行ったら、あのおっさんには言ってやらなきゃならんことはある」
「オヤジだろ? 仲良くしろよ」
「ヘッジファンド総帥、西原豪介ですか。考えてみればあなたは、わたくしなどよりも重要人物でしたね」
空気の温度が急激に下がっている。
ボス戦が近いことを三者三様に理解していた。
ケートは示唆的なものを感じながらも首を振って、なにか忌まわしい記憶を振り払おうとする。
「オヤジが金の亡者だからって、ボクには関係ないだろ」
「そーいやさ、マフユがアメリカ行くんだって。さっきチューヤが言ってたんだけど、来週あたりにはもう日本にいないとさ」
リョージの言葉に、ケートとヒナノの反応は微妙だ。
このことにも、なにか重要な意味があるにちがいない。
が、まだ掘り下げられるだけの材料も、なんなら時間もない。
さしあたり、目のまえの「敵」を倒す。
それしかないではないか。
「はっきりさせておくぜ、リョージ。このエリアは、ボクとお嬢の世界だ。キミはベヒーモスとオトモダチになりにきたらしいが、それはリヴァイアサン側の人間にとっては、戦うよりも高いハードルになるかもしれないぜ」
目前に近づく扉。
その決定的な境界線を踏み越えるまえに、友人に忠告をしておくことは義務だと心得ているケート。
同様の心情かはともかく、ヒナノもうなずいて、
「……やはり、そういうことなのですか」
偏差値70オーバーの同級生の言葉を、まだリョージは半分も理解できていない。
彼はやや不快げに、
「わかるように言ってくんねえかな、オレらバカなんだからさ。……ああ、そういうことか? おまえはバカで、自分たちは頭がいいと言いたい」
「いまさら、キミにそんなこと言ってどうする。そうじゃない。ベヒーモスは陸、リヴァイアサンは海の怪物だ。これは21世紀現在、経済を象徴している」
18世紀時点では、海と陸の怪物は国家像に比されて思想史の一角を担った。
トマス・ホッブスにとって、リヴァイアサン(ティアマト)は理想的な国家体制だった。
一方、当時のイングランドの混乱した状態は、ベヒーモスにたとえられている。
ホッブスにとっての理想国家は、人間に与えられた権利を全部、国家に委ねること。
従来の王権神授説ではなく、社会契約説を用いた絶対王政。市民には自己防衛のみ抵抗権が認められる、と説いた。
これはロックやルソーなどにより、さまざまな批判の対象となった。
現在、これらの怪物は「経済学」という、ある意味「最強の支配者」に敷衍され、ふたつの視点を用意して「どちらを選ぶんだ?」という選択を迫っている。
富豪か、奴隷か。
この言葉のチョイスはあまりにも古めかしく、カードゲームの役割くらいにしか思われない。
だが的確だ。この表現には意味がある。
言い換えれば、彼らはついに、その段階に達した。
彼らが人類の行く末を決定するとしたら、みずからの経済立場を明確にする責務からは逃れられない。
中間地点というモラトリアムは、一億総中流という妄想に等しい。
残念ながら社会はマネーで動かされ、いずれかに傾くヤジロベエ、それ自体だ。
ヤジさんでもキタさんでもトラジローでも、なんでもいい。彼らは社会の一地点を占め、相応の役割を果たす(ロールをプレイする)。
その集積が、われわれの現実だ。
ここには本来、もっと多様な参加者が必要とされているが、一般市民にはそれを理解する能力が足りず、意志にも欠ける。
代わりに意識高い系が座を占める、という現実は不可避的に、いまそこにある。
彼らの議論が正しいかどうか(全体や未来に対して適用可能か)は、この時点ではまだわからない──。
「人類最後の二元論だと思うよ、リヴァイアサン・オア・ベヒーモス、という選択肢はな」
「あたらしい経済学、という教科書に掲載すべきでしょうね」
黙って聞いていたリョージは、もう質問するのもあきらめた。
すると、いつもわが道を行くケートが、めずらしく気を遣うように言った。
「そもそも正解はない。ひとことで説明するのもむずかしい、というより不可能だ。しかし社会は現に、どちらかの選択肢を用意して、市民に選択を迫るというパターンを踏襲してきた。そうせざるを得ないことじたいが人類の弱点だ、とボクは思うがね」
「人類が存在するかぎり終わらない戦い、でしょうね。わたくしのノブレスオブリージュも、あなたの好む言い方をすれば、想定の範囲内、かしら?」
「牛歩的進歩を切り取った撮像、という程度だろ。現在の事象そのものにたいした意味はない。──つまり、ここにリョージがいてもチューヤがいても、結局は、たいしたちがいじゃないってことだ」
リョージの視線は、もはやケートたちにはない。
背中から聞こえてくるわけのわからない会話に、せいぜい間投詞のような相槌をうつくらいだ。
「そりゃどうも。チューヤと並び称されるなんて、光栄の至りだよ」
「あなたが皮肉を言うなんて、めずらしいですね。もちろん、彼ではなくわれわれに対して」
ここは中盤の終わりから終盤の入り口、最大の分岐点。
人類がその方法(経済)を選択した以上、こうならざるをえない到達点でもある。
パンピーはみずからの闇と向き合い、社会一般はその均衡点を探る。
象徴的に、そういうこと。
いずれパンピーがパンピーの役割に目覚め、意識的に選択する時期がやってくる。
ここが、その舞台のはじまりだ。
「どうなることやら」
全体の流れの「中に立って」あたりを見守るリョージ。
「どうにかするのが、われわれの役割です」
誇り高いヒナノの「選良」視点はあいかわらずだ。
「勝手にしろ、こちとらいそがしいんだ」
ケートが果たす役割はもちろん「平均点」にはない。
それぞれが微妙に異なる位置に立ち、異なる場所にむかっている。
社会とはおしなべて、そういうものだ。




