22 : Day -21 : Kita-Akabane
薄明りのなか、チューヤは目を覚ました。
どうやら地下道らしい。
それなりに広い空間で、エキゾタイトを掘り抜いたであろう坑道と、探査のための先進坑の分岐点かもしれない。
いわゆる「魔界苔」の燐光で、あたりの輪郭ははっきりと見える。
すぐに慣れた目には、それなりに景色の詳細までうかがえた。
立ち上がり腕を伸ばすと、天井は届かないくらい高いが、思いきりジャンプすれば届きそうな程度ではある。
でこぼこの土壁は湿っていて、側溝とも呼べない程度の浅い溝に地下水が流れている。
またぞろダンジョンらしいな、と理解して進路を見定める。
ふつうに考えれば上、水の流れてくる方向を目指すべきだが、この手のダンジョンのお約束として、下を目指す選択肢もないわけではない。
「Mike, Mike, where's your head? Even without it, you're not dead!」
突然、背後から聞こえた歌声に、びくっと跳びあがるチューヤ。
なにもなかったはずの背後をゆっくり顧みると、岩だと思っていた黒い小さな盛り上がりが、微妙に左右に揺れながら……歌っている。
──サイシの生首が。
「ひぃやぁぁあーっ!」
ぶざまな悲鳴を漏らし、もんどりうって転がる。壁についた背中をずりずりと這い上がらせて、それ以上さがれない事実を嘆く。
それでもサイシは歌っている。
耳慣れない英語の歌を。
しばらくその場でどくどくと心臓を暴れさせていたチューヤは、さすがの悪魔相関プログラムの効果もあって、すぐに冷静さをとりもどした。
おどろいたり恐れたり、あわてたり喜んだり、感情を爆発させる無駄な時間は、このような場面では最短に抑えるべきだからだ。
「あ、あ、あー」
バッテリーが切れかけているかのように、サイシの歌声がかすれて弱くなった。
チューヤはその生首に近づき、さっきまで自分が運んできた事実を思い出す。
──彼女は執行人だった。
まず、この事実を忘れてはならない。
メタ的視点に立つんだ、とチューヤが奮起するかどうかは別として、マフユ・シナリオは事実、執行人サイシなくして進まない。
彼女はマフユの重要な友であり、欠くべからざる一部だ。
だから、おそらくこの生首は、離してはならないとても大事なものだ……。
一瞬の躊躇ののち、彼は手を伸ばし、サイシの頭部を持ち上げた。
瞬間、サイシの目がカッと見開かれ、チューヤの視線と強く絡みあう。
「ダークを侮るなよ、こぞう。これが正しい道だ、おれたちは主人公だ」
突如、男のような低い声を発するサイシに、思わず首を取り落としそうになるが、ぎりぎりでもちこたえる。
彼女は、なにか重要なことを伝えようとしている。
──サイシは正義なんだよ。
マフユの言っていた言葉が、いまさらながら脳裏に想起された。
これまでなんとなく受け流していたが、この事実はあまりに重く、とうてい看過しえぬと気づくのに時間がかかりすぎた、とさえいえる。
マフユ・シナリオを掘り下げる資格は、自分にはない。
チューヤは認めたが、それでもここまできた以上、一定の役割を果たす義務がある。
「殺すに値する罪を認めれば、国家でも、ひとを殺すもんな」
それが法定刑か、私刑かの差にすぎない。
私刑の執行人をなんと呼ぶかは、文化圏によって異なる。
すくなくとも法律で裁けない「悪を裁く物語」は、古今東西、枚挙にいとまがないではないか。
神や法律では(すくなくとも即時に)正せないモノがあったとして、それを(ただちに)訂正可能な方法があったとしたら、どうか。
その道に踏み込む選択肢をとった物語の主人公を、ひとはダークヒーローと呼ぶ。
少女の首が一瞬見せた笑い。
ただ表情筋を動かす動作モジュールの誤作動だ、と切り捨ててしまうには惜しいほどの意味が、そこには込められている気がした。
上がるか、下がるか、飛び込むか。
現在、チューヤに与えられている選択肢だ。
彼はげんなりした表情で、壁に空いた穴を見つめる生首の視線に気づかないふりをしようと試みたが、無駄だった。
「ここに飛び込めって?」
「主人公なら行く」
つぎの瞬間、サイシの生首がチューヤの手を離れ、転がり落ちた。
捕まえる間もなかった。
呆然として穴を見下ろしていると、歌声が聞こえてくる。
♪
なまくびころりん こんころりん
お穴にはまって さあたいへん
ニワトリ出てきて こんにちは
ぼっちゃん いっしょに おっ死にゃしょ
あまりのシュールさに気が遠くなるが、こういう世界線なのだとしたら、なじむしかない。
ふと背後から、コケー、クケー、とニワトリの鳴き声。
顧みて見下ろすと、首のないニワトリがこちらを見つめて(?)いる。
──首がないのに、どうやって鳴いてるんだろう。
そんな疑問は不適切、と心得るべきだった。
「なんだよ、なにが言いたいんだ? 言っとくが、さっきの首はおまえのじゃないぞ。どう見てもサイズがちがうだろ、サイズが」
「クケーッ! コケーッ!」
その場で地団太を踏むニワトリ。どうやら雄鶏らしい。
──首のない雄鶏が首を探している。
そんなエピソード、どこぞの昔ばなしにあったかな、と考えはじめるチューヤ。
残念ながら正解は、彼の文化圏にはない。
「首なし鶏マイク」は、アメリカで有名になった実在のニワトリだ。
Mike, Mike, where's your head? Even without it, you're not dead!
マイク、マイク、おまえの頭はどこだい? それがなくても、おまえは死なない!
頭がないのに生きている鶏の映像は、動画サイトでも出まわっている。
ありえない奇妙な話として巷間流布しているが、科学的な分析によって不可能ではないことが示されている。
結論からいえば、生存に不可欠の脳幹部分だけを残して、首を落とせばいい。
「そういう問題じゃねえんだよな……」
しばらく考えてから、ふと思いついてポンと手を打った。
アイルランドに伝わる民話、首なし騎士の物語。これとチューヤは、すでに絡んでいる。
──デュラハンのモノクルだ。
背負い袋のなかを探ってから、それがないことに気づいた。
しばし考えをめぐらせた末、ケータイを取り出す。
「あ、もしもしケート? リョージに連絡とりたいんだけど」
緊張感のない霊界電話のむこう側、スピーカーにした気配が伝わってきた。
「よう、チューヤか。ああ、こっちは無事だ。あれからすぐケートとお嬢に合流してさ。いまはお台場のほうにいる」
「え、そうなん? しくったなー、そっち行ったら仲間と合流シナリオだったんかよ……。あ、いや、なんでもない。でさ、リョージ、このまえ使ったじゃん、デュラハンのモノクル。あれ、まだ持ってる?」
しばらく持ち物をゴソゴソやっていたリョージは、
「ああ、どうやら重要なアイテムらしいな。捨てられない仕様になってるぞ」
「そりゃよかった。じつはこっちで、ちょっと探し物あってさ。……え? ああ、首。……じゃなくて、首だって。そう、肩のうえについてる。いやいや、ふざけてないよ。
ちょっと! いま俺に、だいぶ昔に落っことした脳みそを探すべきだ、って言ったのだれ!? 聞こえてるよ!
じゃなくてさ、ここにニワトリがいんだけど、首がないのよ。で、どうやらその首を探してほしいらしくて」
「寝ぼけてんのか、チューヤ」
電話のむこう、しかたなさそうに突っ込むケートと、
「いや、よくあるよ、そういうこと。オレは信じるぜ、おまえを」
すなおに納得する冒険の主人公リョージ。
さしあたりリョージの理解が得られれば御の字のチューヤは、
「ありがとう、心の友よ。……って、考えてみればさ、リョージがこっちくるべきだったよね! どうみてもこの世界線、ファンタジー昔ばなしなんだよ。ニワトリに頼まれて首を探してやるとか、わらしべリョージがいちばん得意とする分野じゃん。リョージならマフユとそれほどナカワルでもないしさ。なんであんとき、俺こっちきたんだろ?」
すると、リョージの横から発されたらしいヒナノの声。
もちろん彼女は、現状を是としている。
「男が一度決めたことを、いまさらぐちぐち言うものではありませんよ」
「やあお嬢、元気そうでよかったよ! ……でさ」
つぎの瞬間、響きわたる戦闘BGM。
こちらではなく、通話先のほうだ。
リョージは戦闘準備を整えつつ、
「わるいな、こっちもいそがしい。……で、どうしたいんだ?」
「ああ、その……こっちはちょうど、殺し屋の案件の深掘りを開始したとこなんだけどさ。北赤羽ってところ……マフユのねぐらだ」
北赤羽とお台場では、だいぶ遠いな、と必要以上の絶望感に駆られる。
電話からは戦闘音。
3人いるだけあって、ケートが電話をするくらいの余裕はあるらしい。
「サアヤは? なんなら運転手を迎えにやらせると、めずらしくお嬢が提案してるぞ」
どうやらヒナノにも、そのくらいの思いやりはあるらしい。
朴訥に喜んでおいたほうが幸せになれるかな、と思いながら、
「そうだよね、そっち3人がかりなら、俺にもサアヤくらいまわしてくれても、バチは当たらないよね! いや、だいじょうぶ、サアヤはマフユが迎えに行ってる」
「そうか。だが本来、キミが解決しなきゃならない案件だろ、イソラさんは。それをこっちで受け持ってやってるんだから、蛇のめんどうくらいみろ」
通話先からは、悪魔の絶叫が響きわたっている。
後方からウィザードクラスの攻撃魔法でじゅうたん爆撃するヒナノと、一撃必殺の直接攻撃で敵主力を緘黙させるリョージの組み合わせは、想像するだけでゾッとする破壊力だ。
彼らは攻撃力だけなら鍋部最強、チューヤをして敵悪魔の群れに同情せざるをえない。
ただし、もちろん戦闘というものは、先制攻撃がとれるかとか、長期戦に耐えられるかとか、トリッキーな魔法や罠の攻撃にどう対処するかなど、複雑な要素の組み合わせで進むので、攻撃力だけで判断することは愚かだ。
そのなかで現状、さしあたり暇しているらしいケートと、会話するチューヤ。
「リヴァイアサン絡みだし、どうせついででしょ! わかったけどさ……」
「わるいなチューヤ、ボクたちもあんまり暇じゃない」
「俺が暇つぶしに電話かけたとでも思ってんの!? ちょっと、ケート!」
「……よけろ、リョージ!」
ぷつん、と通話が切れる。
どうやら、ほんとうにいそがしいらしい。
ふざけた電話かけてきやがってあのバカタレが、とでも思われているかと思うと業腹だ。
チューヤはその場で地団太を踏みながら、洞窟じゅうに響きわたるような愚痴を垂れ流す。
「なんだよあいつ、よけろナッパじゃねえよ、言ってねえよ! てかいいんだよリョージは、受け止めて戦うスタイルなんだから。だいたいリョージほど主人公タイプなやつはいないし、ひとりでなんでもなんとかしちゃうに決まってるでしょ。助けが必要なのは俺のほうなんだよ、そもそもデュラハンのモノクルはどうしてくれ……」
瞬間、背中から強めの衝撃を受けてバランスを崩す。
身体を反転させながら見た場所には、飛び蹴りをする首のないニワトリの姿。
ちっとも話を進めない泣き言だらけの人間を主人公とは認めない、とでも言うかのようなキック。
ぽっかりと開いた壁の穴、スローモーションのように吸い込まれるチューヤ。
クケーッ、と再び首のないニワトリが鳴いた──。




