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21 : Day -21 : Akabane


 殺し屋として、一応、田宮は優秀だった。

 かつて別の組織に所属して殺しまくっていたが、あまりにも限度を知らないため疎まれ、沈められそうになったところをロキに助けられた。

 ちなみにその後、田宮を殺そうとしていた連中は全員、行方不明になっている。


 稀代のトリックスター、ロキは力で支配するタイプではない。

 力で破壊するタイプの田宮と、そのあたりの波長が合う。ある意味、トールに似ているかもしれない。

 トールをコントロールすることに長けたロキだが、田宮は一筋縄ではいかない、ということも理解している。


 乱暴な仕事には、田宮を使う。

 繊細な仕事には、サイシを使う。


 そのような使い分けで、北の組織は淡々と運営されていた。

 ところがこの殺し屋どうしで、なにやら「食い合う」展開があったらしい。


 ──その日、ロキの横で心地よげに麻薬を吸いながら、マフユは何事かを思っていた。

 彼女のやりとりするチャットの短い文面には、サイシからの気の置けないあいさつ文。

 まるで「女の子」のようだ──。


 短いブザーが鳴り、ロキに来意が告げられる。

 マフユは短く目線でやり取りし、部屋を出るのと入れ違いに、別のドアからはいってきたのは──田宮。


 サイシが味方とはかぎらない。

 同列で、田宮も同じだ。


 ただしサイシの場合は、理由がなければ殺さない。

 それが、マフユをして「あたしの最後の良心、サイシは正義」と言わしめるゆえんである。

 いわゆるパニッシャーとしては、サイシのほうが有能だ。


 ただ破壊できればいい「壊し屋」の田宮は、もちろん状況によっては役に立つが、あまりにも場面を選びすぎる。

 ロキもそれを認めていた。

 だから、殺しの仕事が分散して田宮が不満をおぼえる理由が、ないわけではない。


「なんの用だい、ロキさんよ」


 まだ真新しい黄色いジャケットを羽織り、不敵な面構えの田宮が部屋をぐるり、一瞥する。

 ロキはそんな「獣」を侮蔑的に見下ろしながら、


「田宮てめえ、おれのクルマをどうしてくれた」


 あいさつ代わりは物理的経済的被害の譴責だ。

 田宮はつまらなそうに、飄々として応じる。


「借りるって言ったろ」


「貸すとは言ってねえし、それよりトランクだ。なに積んでくれてんだよ」


「ん? ……おー、忘れてたわ。業者に連絡しとく」


 右手で電話のマークをつくり、ゆらゆらと揺らす。

 さすがのロキも怒りの表情でテーブルを強めにたたき、


「なにが業者だ! 新車に血みどろの死体なんか詰めやがって」


「だからよ、業者ならきれいに掃除してくれるって」


 血のりを、という意味よりも、このさい「死体を消す」ことのほうが重要だ。

 彼らの使う「業者」は、その手の特殊清掃を請け負ってくれる。


「……なんでチャンを殺した?」


「銃撃戦でな、不幸な戦死ってやつだ」


「後ろから撃たれてんだよ! てめえの銃でな! てめえは、まだ敵と味方の区別もつかねえのか」


 かつて、味方にも疎まれ、消されかけた教訓が、すこしも生きていない。


「警察かよ、あんた。そういうとこ、まじ尊敬するわ。反吐が出るほどな。──あいつ、うぜえんだよ。生意気に、やりすぎとか抜かしやがった。このおれによ、やりすぎだ? やりすぎってのは、こういうことだって教えてやったのさ」


「クソが……もういい、帰れ。しばらく顔出すんじゃねえ」


「へっ。甘いね、あんたも。そういうとこ好きだぜ。なんつうか、無駄なことはしねえ」


 田宮のようなケダモノに、言葉は通じない。

 ただ、うまく「使う」ことだけを考えるべきだ。


「そうだよ、だからてめえは使()()()()んだ」


 その一瞬に見せた田宮の形相が、すべてを物語っていた。

 彼が()()()()()()()()と決めた契機は、この瞬間だったかもしれない。


「そうかい……じゃあ、しょうがねえな。……あんたの妹によろしく伝えといてくれや。わかってると思うけどよ、この世にトモダチなんていらねえんだ」


 そうして田宮がロキのまえから去ったのが、数時間まえだ。

 真新しかった黄色いジャケットが、血にまみれる直前、と言い換えてもいい。

 だからマフユは、サアヤに電話した──。




 そうして長い夜を経て、チューヤはマフユのトモダチ、サイシの首を届けた。

 べつのシナリオもあったかもしれないが、こうなってしまったこと自体に、いまさらどうこう言ってもはじまらない。

 問題は積み重ねられた事実のうえに、どんな事実を積み重ねていくかだ。

 しばらく考え込んでから、マフユは言った。


「まあいい、教えてやる、心して聞け」


 チューヤとしては、聞きたいような聞きたくないような、複雑な心境だ。


「無理しなくていいぞ。なんならまた来世あたりで」


 かまわずマフユが語ったのは、田宮を最強にした「バロック」の正体。

 それじたい北方勢力の中枢に迫る、かなりの核心領域だ。


「バロックってのはな、()なんだよ。生命の樹、ユグドラシルってやつだ」


 植物。チューヤたち悪魔使いの世界観でいうと、神樹や妖樹にあたる。

 たしかにその筆頭は世界樹ユグドラシルであり、植物のネットワークが「神」に匹敵するという概念は、一定程度、想定可能だ。

 そういえば最近も、植物界に親しむ「連続殺人鬼」に会ったばかりである。

 おそらく無関係ではないだろう……。


「木のコンピュータ、か」


 いよいよ映画じみてきたな、と思いながら短く嘆息する。


「ああ。無機物と生物の中間、みたいなこと言ってたな。植物の言語で話すから、あたしらじゃまともに通じないが、いくつか有用な通訳が用意されている。……あたしは、これだ」


 股間に入れた手を引っこ抜いてくると、肉の芽のような赤いコードが引っ張り出されてきた。

 あいかわらずわいせつな女だが、今回もまた生々しい。


「なんだ、それ」


「妖樹カハク。かわいいだろ、お気に入りなんだ。これ以外じゃ、多いのはマンドレイクの亜種を転用してる場合だが、やってることは同じだ。植物系の悪魔に仲介させて、バロックの計算力を借り受けるってのが相場だよ」


 肉の芽は、よく見れば赤い少女の姿になって、頬を染めている。

 マフユはその唇に指を突っ込んでしゃぶらせてから、やおら()()を股間にもどした。


 ……いろいろと、やっかいな状態にある。

 ともかくマフユたちは、なんらかの植物を体内に埋め込み利用することで、バロックから必要な強さ(データ)をダウンロードしている、ということになるらしい。

 もちろんマフユはギリギリ合法、田宮は完全違法のレベルで。


「てことは、田宮は」


「どの悪魔を使っているのかわからないが、かなり強力な妖樹、もしかしたら神樹系の悪魔の力を転用してるだろうな。……サアヤに頼め」


 強引に話をゆがめられた気がして、眉根を寄せるチューヤ。

 偏愛にもほどがある。


「なんでサアヤだよ」


「植物といえばボンバーさんだから、だろ。……サアヤから聞いたことあんだよ。地下道を緑で満たすんだって、川の手線でやってる植栽イベントで知り合ったじいさんの名前だ。いや、婆さんだったかな。

 ポンジュースが好きだから自分はポンジューさんと呼ばれているが、嫁はポン婆さんじゃなくて、ボンバーさんって呼ばれてるらしいんだよね、なんでか知らないけどあははー、ってウキウキ話してたじゃねーか、サアヤ。

 てか、むしろなんでてめーが知らねーんだよ? そのほうが不思議だわ」


「サアヤの言うことだけはちゃんと聞いてるんだね……。いや、べつに聞き流したつもりはないんだけど」


 川の手線の植栽イベントについては知っている。

 植物生育に適した波長のLEDで満たした地下道を、二酸化炭素吸収効率の高い植物のプランターで埋め尽くし、「酸素を自給自足する」という発想だ。

 そもそも緑に遊歩道というだけで、歩行者の心は癒されるだろう。


 その関係者の話も聞いた気がするが、だれとでも仲良くなるサアヤの人的交流について、とうていすべてをおぼえてはいられない。

 冷静に思い出せば、たしかに本件とのつながりを想起できなくもないが……。


 そのとき地下から、おろろーん、という恨みのこもった嘆き節が響きわたった。

 マフユはしばらく考え込みながら、地下とチューヤを見比べる。

 いやな予感しかしないチューヤは、露骨に表情をゆがめて、あらかじめ首を振っておく。


「ちょっと畳開けろ」


 案の定、さっきマフユが一発で蹴り上げた畳を、もう一度開けろと言いだした。

 断るという選択肢もシナリオ的にはあっていいんじゃないの、と思いながら畳を開けるしかないのは、チューヤがただの「プレイヤー」であるからだろう。


 畳を開いた瞬間、地下から吹きあがってくる瘴気に正気を失いかける。

 つぎの瞬間、予定調和のごとく背後から衝撃。

 ごろん、と地下に落ちるチューヤ。

 そこはただの床下だったが、下から風が通り抜けているということは、どこかさらに地下へとつづく「穴」でもあるにちがいない。


「なんすんだ、マフユ!」


 当然の苦言を吐きつつ、裸電球に照らされるマフユを見上げる。

 マフユはチューヤが這い上がってくるのを止めるように邪眼を見開き、


()()()()だろ、()()()()よ」


 言いつつ飄々と、つぎの行動に移る。


「だったらおまえが行けよ! おい、どこ行くんだ!? まさか俺を置いて……」


 あわてて這い上がろうとするチューヤの顔面を、マフユの長い脚が蹴り落とす。


「おまえみたいなやつ恥ずかしくて連れて歩けるか。安心しろ、サアヤ連れてきてやんよ。そもそもボンバーさん絡みじゃ必要だしな。電話で呼んでもいいけど、てめえでも迷った場所、サアヤひとりでこられるわけねーし」


「そりゃそうだけど、だったらふたりで……」


「やるべきことやっとけ。生きてサアヤに会いたきゃな」


 畳のへりに手をかけ、上体を軽く傾けて、ゆがんだ笑み。

 彼女が笑える状況に、チューヤは笑えない、この事実を世間一般に「恐怖」と呼ぶ。

 そんな情操教育を受けるつもりのないチューヤは声を荒げ、


「会いたさよりも生きたさよ! おい、マフユってばよ!」


「さみしくねえだろ、だれか近くにいれば」


 ばたん、と閉じる畳。

 閉ざされる暗黒の世界。

 地下にぽつねん、立ち尽くす自分自身の姿を「いつもどおりだな」と思って自任してしまうところに、チューヤの弱みと強みがある。


 ──ここは、さみし荘。

 だからといって隣にいてくれるのが、望んだ人物とはかぎらない。


 呪いの地下室。

 もしそういうものがあるとすれば、ここがそれだ。

 マフユのやつ……。


 意地でも出てやる、という決意でジャンプしようとしたチューヤの足を、なにかがつかんだ。

 つぎの瞬間、彼の身体はすさまじい力で、ずぶずぶずぶ、と底なし沼のような地下に呑み込まれていった……。



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