20 : Day -21 : Kita-Akabane
「で、なに燃やしてたのよ、マフユ」
点滅する蛍光灯に照らされる足元が、土からコンクリに変わる。
さきを行く細長い女は、ふりかえりもせず、
「知りたいか?」
「いや……それがさあ、俺としたことが道に迷っちゃって」
自然なふりを装って話題を変える。
マフユは侮蔑的に鼻を鳴らしつつ、
「てめえが迷うくらいなら、まあ成功か。……殺人者が、そう簡単に寝首かかれるような場所に、ねぐらかまえてられるわけねえからな」
2階建てのボロアパートの扉のまえを、ひとつひとつパスしていく。
たしか彼女の部屋は1階のいちばん奥だった。
ふと部屋番号をながめて、げんなりした。
最初が、4号室。
つぎが、13号室。
「どういうルールだよ、このアパートの部屋番号はよ」
つぎの666号室という部屋番号を過ぎたところに、7734号室がある。
どうやら桁が増えているらしい、くらいはわかった。
「7734は、あたしも最初わかんなかったな。hELL、だとよ」
ひっくりかえすと、そう読める。
理解できても、ちっともうれしくなかったが。
そのつぎにサイシの部屋、37564号室があった。
これは日本人ならわかりやすい。
「18782(イヤナヤツ)を2回足すと、37564(ミナゴロシ)になるよね。よっぽどイヤナヤツが、ふたりで住んで……」
そのとき、マフユの肩に載っている生首が笑った──ように見えたのは、おそらく気のせいだろう。
ドキドキするチューヤの目前、マフユはドアを開けながら、
「標的の住所がわかったら、どんなバカでも殺しに行くだろ」
「いかねえよ。で?」
「地図とか地理勘で目指す、ってのがそもそもまちがいなのさ。この場所は」
「方向じゃなくて明るさ。暗いほうに進め、ってか」
ここは、クライイエ。
時間が還流する、つねに夜のエリア、だという。
昼間は行けないし、行けたとしたらそこは偽物だ。本物にいこうと思ったら、特殊なルートをたどるしかない。
そう、ほのぐらく、さみしそうなほうへ。
「ここが闇の底、ってわけじゃねえけどな。殺し屋はクライイエに住むもんだ」
「よくわからん理由だが……まあいいよ、二度とこないから」
「ふん。ここまで足突っ込んで、簡単に抜けられるわけねえだろうが。沈んでもらうぜ、沼に」
「やだよ!」
そのとき、マフユの肩の首が、くるりとふりかえって言った。
「あや、だよ」
ぞわり、と全身の毛が逆立つのを感じる。
どんなアホらしいことが起こっても、それなりに対処できるつもりではいたが、さすがにまだしゃべる生首という前提の世界になじむことができていない。
「あんなやつに本名教えても、いいことないぜ。いや、むしろサイシのほうが知られたらまずいコードネームか」
言いながら、部屋に吸い込まれるように消える。
あとにつづくことを心からためらったが、ここまできたらしかたない。
チューヤはゆがんだドア枠のむこう側、37564号室へと足を踏み入れる。
ちょっとまえに荷物を運びこんだ部屋は、そのときとまったく変わっていなかった。
ただいくつかの段ボールが開かれ、ロボットの義体らしい中身が散乱している。
あいかわらず、基本的に「なにもない」部屋だ。
とても年ごろの女の子が住んでいるとは思えないが、一応、壁に鏡がかけられているのだけは女らしいといえばらしい、かもしれない。
見えるはずのない角度、髪をとかしている女の姿が一瞬みえた気がしたが、どこかのホラー映画のせいだろうと忘れることにした。
「あ、そうだ、忘れないうちに。これ、頼まれてた自衛隊の」
最重要の話題を先延ばしするかのように、背負い袋から昼間のイベントで回収してきた自衛隊の機密ファイルを取り出すチューヤ。
「そういやあったな、そんな話。意外に律儀なやつだよ、てめえも」
機密資料のはいった紙袋をひったくるマフユ。
チューヤは空っぽになった手のさきを見つめながら、
「どういたしまして!」
「で、なんか言ってたか、サイシ」
事ここにおよんで、もはやびくびくすることもない。
当人に訊けよ、と思いつつもチューヤは淡々と答える。
「ああ、データを届けろってさ」
「ちっ、最期まで色気のねえやつだ。……品川のババアに義理立てしすぎなんだよ」
マフユは室内を探って、なにやら準備しながら言った。
手伝おうかと言いかけて、どういたしまして、とつぶやきながらやめた。
「品川のババア?」
「サイシのお得意さんだ。でっけえ蛇だよ。蛇の親玉みてーなババアだ」
リヴァイアサン。そんな言葉が脳裏をよぎったが、手を広げすぎている気がして自重した。
チューヤは努力して、でっけえ蛇ババアの姿を想像しつつ、
「マフユがいつかなるやつだね」
「ならねえよ。あたしはあと1~2週間で死ぬからな。ババアになってる暇なんかねえ」
「そーいや、そんな設定もあったかな。ま、死ぬ死ぬ言ってるやつほど、なかなか死なないもんだよ」
努めて軽くいなす。そう、ここでは何事も軽んじておいたほうがよい。
すると意趣返しのように、マフユは肩に乗せたサイシの首を眺めながら、つぶやくように言った。
「頼んどいたよな、サイシのこと」
ぎくっ、と背筋を揺らすチューヤ。
これは責められる流れだろうか、といろいろ考えた。反論してもいいような気もするが、ともかく親友を亡くすという事態は、いかなマフユにとっても心が痛む出来事である可能性は、なきにしもあらずだ。
とりあえず彼はすなおに頭を下げ、
「すまん……」
「あばよ、サイシ」
つぎの瞬間、マフユは激しく畳を踏みしめた。
びくっ、と飛びあがるチューヤの眼前で、めくれ返る畳。その床下に、捨て去るように生首を投げ込むマフユ。
……これが闇の世界の葬り方なのか?
直後には、もとにもどった畳の部屋に、サイシの痕跡も消えている。
チューヤは、そろそろ慣れてきたビックリドキドキを一瞬で鎮静化させると、
「それで……データは?」
「ヘッドマウントのデータは、こいつに集まってる。首ごともってきてもらって、ご苦労だったがな」
小さなチップを持ち上げて見せ、数少ない家電であるノートパソコンにそれを差し込むマフユ。
どうやら首のどこかを操作すれば、そのチップだけ取り出すことができたということらしい。
無駄なことをした、と考えるつもりは、しかしチューヤにはなかった。
首を運んだことには意味がある、そう信じて畳を見下ろす。
──念仏でも唱えるべきだろうか?
いや、すでにマフユ自身、弔いモードにない。
さっきまで生首のあった空間を、凶鳥がふらふらと飛んでいることに気づいた。
「イツマデー?」
まずチューヤは、瞬殺されるな、と思った。
しかしすぐに思い直し、そういえばサイシの撮影係だった、と思い出した。
低レベル凶鳥は、低レベルであるが故に生きる道を模索し、見出した。
最強の悪魔たちに愛でられ、むしろ愛されることすらあるようだと、マフユに愛でられているらしい凶鳥を眺めながら思った。
属性的に近いから、という理由ばかりではないようだ。
「知り合い?」
するとマフユは、片眉をあげてチューヤを心底から侮蔑するように睥睨した。
「あ? イッツ・メイド、こいつは世界に知られたカメラマンだろうが」
悪魔相関プログラムのプラグインが起動するや否や、視界に邪教ネットワークと並び称されるARMSワールドが展開する。
あまり興味がなかったのでコミュニティにははいっていなかったが、セキュリティのかかっていない動画の閲覧は自由のようだ。
そこで、どうやらさまざまなスキルをもった悪魔使い、能力者たちが、独自のクリエイティビティを発揮している世界観があるらしい、と理解した。
戦いはもとより、その能力を生かした冒険、発見、体験を配信している。
カメラマンは、そう、Itsumade It’s made !
「え、ただの悪ふざけじゃないの、これ」
自動飛行撮影の小型カメラで、境界シェアを伸ばしている。
その影の主役級がイツマデなのだ、という。
「悪ふざけの大好きな国民もいるだろ。アメリカじゃ主流らしいぞ。デジカメ以来の日本勢大躍進だよと」
ドメスティックに閉じた日本というマーケットだけで生きている、島国根性の人間にはなかなか届きづらいが、海外で日本の技術や文化が猛烈に流行している、という事実はまれによくある。
ユーチューブ、ゴープロをのして主人公格の存在感となりつつあるのが、メイド・イン・ジャパンの悪魔、イツマデなのだという。
「マジで? いつまで自分の死体を放置するの、早く供養してよ、って鳥でしょそれ」
「死体が増えてくれたおかげで、潜在的カメラマンが増殖したってことだろうな。どうしようもなく変化する劇的な状況は、利用したもん勝ちだ」
人類総配信者時代において、かなり有用なインフラの一部になりつつある、イツマデ・カメラ。
もちろんサイシのようにアンダーグラウンドな動画については、簡単に見られることはないが、どうやらマフユはパスワードを知っているらしい。
いま、彼女はイツマデ経由でサイシの死にざまを視聴している。
その意味では、サイシの末路をいちいち説明しなくて済んだことは、チューヤにとってはありがたい。
「配信か。殺し屋まで使うようになったら世も末だよ」
「たいていの技術は軍事からスタートしてんだよ。殺し屋が使うなんて当然だろ。イツマデの排除に特化した魔法陣まであるらしいぜ。ヤベエ取引現場じゃ必須だとよ」
「動画勢けっこう多いからね、そうでなくても需要はじゅうぶんすぎると思うよ」
それが事実である以上、どうしようもない。
受け入れるしかないもの、それがファクトだ。
もちろんフェイクというダマシが噛まされることはすくなくないが、いまのところイツマデに感染するウイルスは多くないという。
つまりこの映像は、信頼できる──。
「……やってくれたな、田宮」
ギリッ、とマフユが歯噛みしているのがわかった。
その表情を、チューヤはすなおに恐ろしいと思った。
たとえば昭和の敵の大ボスのように、味方に甚大な被害が出ているにもかかわらず、がーっはっは、とでも笑ってくれたら安心できるのがチューヤだ。
サアヤによれば、それは余裕を表現するためかもしれないし、痛くもかゆくもないよという意味にもなるらしいが、いずれにしろ笑っている相手はふつうに怖くない。
なにしろ笑っているのだから、チューヤはそれに共感しようと努力すればよい。
いかなる相手であろうと、笑顔を示されたら安心するべきなのだ。
しかし、怒っている相手は、ふつうに怖い。
仲間を、それも親友であろうサイシを殺されたら、マフユの怒りや悲しみは尋常ではあるまい、という適切な感情的共感を示して、チューヤはおそるおそる言った。
「だけどさ、あれはマジで、おそろしい相手だったぜ。なんというか、格がちがう……ほんとに一瞬だったからな」
田宮の示したおそるべきプレッシャーを思い出すだけで、チューヤは少しくふるえあがった。
するとマフユは、軽く舌打ちしながら、いやそうに理解と同意を示す。
「あいつはチーターだからな。まともにやったら勝てねえんだよ」
「……足が速いの?」
それはサバンナのチーターだ、と突っ込む気配すらない。
「いまさら説明するまでもねーだろうが、プログラムってもんの必然で、悪魔は重要な部分デジタル化されてんだよ。やつはそのコードをいじって、強さを変更するらしい」
「こんどあんたボケても俺、突っ込まないからね! ……てかさ、チート行為はたしかに許されざることだけど、境界とはいえ現実でしょ。そんなコードをいじるみたいに、簡単に強さを変更することなんて」
「それができるから、やっかいなんだよ。もちろん、できてもやらない。バロックはそう言ってた。が、田宮のクソはどうやらバックドアからコアに介入して、ネットワークを悪用しているらしい」
『アバター』のような世界が、一瞬思い浮かんだ。
感情や記憶を、惑星を覆う植物のネットワークに乗せて、共有データとして取り扱う。
全惑星レベルで何事かをやらかそうと思ったら、できないことはないようにも思える。
「バロック……ダークウェブの権化か」
「もちろんこいつは、あたしらの世界ですらやっちゃいけない禁忌だ。本来できることでもないはずなんだが……あいつは全部の禁忌を破るつもりなんだよ。いや、ルールを破るとか世界を壊すとか、べつに好きにすりゃあいいが……」
「その矛先が自分らに向かってきたら話は別、ってわけね。わかりやすくて助かるよ。しかし、なるほど。レベル70オーバーの霊鳥を一蹴は、たしかにおかしいとは思った。オイワさんも強いっちゃ強いけど、本来は格下のはずなのに……そうか、チートか」
思い出すほど、違和感の正体が符合されてくる。
あのときの田宮は、たしかに常軌を逸していた。それは、そもそも彼自身が異常者を極めているからだ、と決めつけてそれ以上考えようとしなかった自分のほうが、どうやらまちがっていたらしいと認める。
「ああ、てめえの足まで食いはじめやがった、ど腐れが。バロックはロキ兄がきっちり管理してるはずだが、その能力を盗んで、てめえのためだけに使ってるクソがいる。わかっちゃいたが、まだ利用価値があったからな。泳がせてたが……サイシ殺しちまったら、もう一線超えた。わるかったなサイシ、もっと早く殺しとくべきだった」
「それはいいけどよ、いくらおまえが強くても、相手の強さはデタラメだったぞ。もしかしたら、おまえより……」
あえて踏み込んで言ったつもりのチューヤだが、マフユはふりかえり、意想外に軽い口調で言い放つ。
「ああ、あたしより強いよ。田宮は。なぜなら、そういう仕組みになってるからな」
「仕組み?」
「言ったろ、あいつはチートコード引っ張ってんだよ。結果を左右するレベルのな。戦う相手より強いデータをでっちあげて、実装すんだ」
「え……? それ、チートの定義だろ? いや聞いてたよ、聞いてたけど……は? まじで言ってんの? それさ、だけど、いやだって、そんなこと」
チートの意味を知らないわけではなかったが、チューヤにとっての──いや、おそらく悪魔相関プログラムを使う全ユーザーにとって、そのようなチート行為は常識と想像の埒外にある。
多少の「強化」なら、わからなくもない。が、最初から元データをいじるような「改竄」がくわえられるとしたら──処置が浮かばない。
「できるんだよ、バロックには。正確には盗まれて改造されたバロックだが。ふつうはできてもやらないんだ、てめえの足を食うようなもんだからな」
「ゲームバランス崩壊だしね……。それで、そのバロックってのは」
マフユはしばらくチューヤを見つめた。
ここからさきの情報は、どう考えてもかなり核心に近い。
そうとうの内部情報を、部外者であるチューヤごときに駄々洩れさせていいわけはない。
というわけでお役御免かな、これでマフユ・シナリオともサヨナラか、とチューヤが早合点しかけた、そのとき。
彼女は口に出した、その秘密を──。




