CODE:HEXA File5‐31 剪定し薄青
―サイネリア―
住宅街のはずれにある建設現場の奥。耳をすませば刃がぶつかり合う甲高い音が聞こえてくる。
まだ、戦いは終わっていなかった。
「花が咲く。いつかは芽が出るはず。だから目に花を植える?サイコおばさんの考えることはよくわからないわね」
「分かってくれるやつの方が少数派さ。所詮人間は真に理解し合えない。どれだけ繋がろうが、重なろうが結局それは別の命だ」
剣戟の隙間に2人は言葉を交わす。
サイネリアは左腕が使えなくなったというハンデを背負いながらもそれを感じさせない気迫を放っている。恵冬と互角に競り合い、時に予想外の一撃を繰り出し追い込んでゆく。
「でも、アンタから芽は出ないわよ」
唐突に、恵冬の放った言葉にサイネリアは動きを止めた。
「だってアンタの目は……埋もれてるじゃない」
何気なく放った一言。それは何かを意図したものではなかった。
長い前髪に隠れて目が見えない。それは視線から行動を予測されることを防ぐためか。それともただの惰性か。どちらにせよ、目が外から見えないというのは単なる事実としての言葉だった。
「姉様!?」
動きを止めたサイネリアに動揺し、ヒースは斬り合う2人に向けて駆け出した。彼女にもサイネリアの身に何があったのかは分からなかった。ただ、足が動いていた。
「軽い皮肉よ皮肉。まぁ?皮と肉ってよりかは骨と皮って感じの見た目だけど――」
「――――〜ッ!」
口を開け静止するサイネリア。激昂するヒース。
なりふり構わずといった様子でヒースは恵冬目掛けて突撃してくる。それを難なくかわすと、すれ違いざまに脇を切り抜ける。
恵冬の手には肉を切る感覚が確かにあった。薄くて軽い、人の肉。
ヒースはバランスを崩し、床に倒れ込む。傷口を抑え、短く喘ぐ。
「――ヒースッ!下がってろ!」
サイネリアは弾けるように跳んだ。ようやっと戻って来たとは思えないような俊敏な動き。
床を蹴った音が聞こえそうなほどの威力を持った特攻。ヒースと恵冬の間に体を捻りこませる。片腕で器用にウルミの長い刀身を操り、恵冬を牽制する。
「急になに?この子がそんなに大事だった?花がどうのってよりも大事なわけ?自分の話しかしないくせに」
「あぁそうだ。別にいいさ。私が花かどうかはいずれわかる。もう一度見れさえすれば。私が咲けるかどうかは問題じゃない」
ボソボソと、反論するでもなく独り呟く彼女。剣の嵐の渦中にいるサイネリアの頭には死の文字がうっすらと浮かんでいた。
彼女は恵冬の攻撃を敢えて避けず、傷を甘んじて受けてきた。甘んじてと表現するよりも積極的にと言ってもいい。
それはサイネリアの戦闘スタイルによるものだ。彼女は身体に傷があることで感覚が研ぎ澄まされることを体感として知っていたのだ。
血を浴び、傷を受け感覚を麻痺させ、――――野生を取り戻す。
それは命を守ろうとする制御不能の本能によるものであり、彼女の長い戦闘人生を通して訓練でその領域には到達できないと結論を出した。
だからこそ、敢えて“戦闘の中で傷を作る”ことでその感覚を掴んでいた。
しかし、想定外だったのは恵冬のしぶとさだ。普段の仕事なら既に始末がついている頃だと言うのに、積み重なった傷の山が逆にサイネリアを追い詰めていた。
「そういや、まだアレを使ってないんだろ?」
サイネリアは嵐の中の一瞬の綻びにつけ込み、再び攻勢に出る。
「リエールを倒した時にも使ってたんだろ?あの変な技」
“R1108式戦闘法”
強烈な殺意を乗せた一撃で対象の意識を逸らし、それ以外の方向から致命の一撃を叩き込む。必殺の一撃を文字通り必殺とするための前提を作る、殺しの技。
オクタが戦いの中で見つけた戦闘法であり、それを編み出せたからこそ彼はここまで命をつないでいる。そう評価しても問題ないほど、この“本能に直接仕掛ける戦闘法”は実用的なものであった。
オクタはこの能力を継がせることを求められていた。ただ戦えるだけではない。組織にとっての害悪を確実に排除するための力を持たせることが絶対とされた。
「あれなら――」
サイネリアはその話を聞いた時にある弱点に気づいた。それは技を繰り出すその一瞬に隙が生まれることだ。
サイネリアにとってこの戦闘法の要点は「いかに騙してフェイントで意識を釣るか」というところにある。つまり殺す気のない攻撃を行うということはどれだけ取り繕っていようが意識のランクが一瞬“殺意”から落ちるということ。
戦いの中であらゆる攻撃を受け続けてきた彼女にとって、フェイントなど、どこ吹く風。サイネリアはその微かな違いが正確に読み取れる。そう確信していた。
「――使うわけないでしょ」
恵冬はオクタに育てられた戦闘員だ。暗殺者ではなく、戦闘員。純粋に真正面からの戦闘で敵を討つ。思考レベルでこれらはまるで別物だ。
戦闘を得意とする恵冬は様々な戦闘術をオクタから学び、習得している。更に彼女は組織を出てからもその研鑽を続けている。件の戦闘法に頼らずとも、目の前の殺人鬼を倒す手段はいくらでもある。
通用しなければ敵を倒すために離脱する必要はない。幅のある彼女は戦法をその場で切り替えれば済む話。
それに――
「アンタ効かない臭いわよね」
「――チッ」
舌打ちするサイネリア。しかし、どこか嬉しそうな様子を見せる。
「やっぱりわからないわ」
恵冬は袖口から銃を取り出すと壁にもたれかかって起き上がるヒース目掛けて引き金を引いた。
射撃音とほぼ同時。弾をはじく音が室内に響いた。
「器用ね~。私じゃそんなへにゃへにゃな武器で弾くなんてできないわ」
勝負はついている。ヒースは満身創痍。サイネリアも出血多量でそろそろ焦点が合わなくなってきている。
それでもサイネリアは笑みを絶やさない。
「――もういいすか?」
サイネリアの背後で静かにもう一つの引き金が引かれた。
読んでいただきありがとうございます。
感想など頂けると嬉しいです。




