CODE:HEXA File5‐30 剪定し薄青
―サイネリア―
「遅かったじゃない?探した?」
サイネリアは彼女の声に反応し即座に向き直る。振り抜かれた光。それが何かなど考える必要はない。
大きく後ろに跳んだ。
「姉様……!」
「……平気だ。掠っただけだ」
反射的に足に力を入れて跳んだが、残った腕にナイフが掠った。静かに血が肌を伝う感覚がある。
「よくも姉様を」
ヒースは短く叫ぶ。
「時間かけすぎよ。登って来たってことは逃走したんじゃないって分かってたんでしょ?ならすぐ来なきゃ」
「五月蝿い」
壁際に隠れていた恵冬は部屋に入って来たサイネリアに奇襲を仕掛けた。必然的にサイネリアについて後から部屋に入ったヒースは恵冬の背後をとる形になった。
しかし、サイネリアの背に隠れるように大きく周り恵冬の正面にやってきた。
「へぇ。私の後ろなんてそうそうあげないわよ?いいの?それで」
「良いんだよ。ヒースはこれで。なぁ?」
「えぇ」
恵冬は肩を落とし一歩、また一歩と距離を詰める。
「まぁ良いわ。にしても、よく上だって分かったわね。階段まで視界は通ってなかったはずだけど?」
ナイフを振りながら恵冬は視線のみを動かし周囲を確認する。ドローンやカメラの類は見られない。つまり、上に上がる瞬間を見られていたわけではない。
――となれば。
恵冬の頭にはある仮説があった。組織の工作員についてのリークの中に思い当たる人物がいたからだ。
「やっぱ、来てましたね」
「アンタは……ロクワ」
恵冬は彼の顔に見覚えがある。そう、彼は恵冬が組織でR1108――つまりオクタに育てられていた時に同室だった子どもだ。
「生きてたのね」
「恵冬なら、どうせ名前も知ってたんでしょう?ロクワってコードで俺だって勘付くんじゃないかと思ってましたがね」
恵冬はそれには答えない。代わりに視線をロクワから正面のサイネリアに移す。
「その変な特技生きてたのね」
「はぁ、これを真っ先に褒めてくれたのはアンタだったんだけどな」
「おしゃべりは終わりかい?同室だって聞いてわざわざつれてきたのによ。まぁいい。後で後悔するんだな!」
サイネリアはそう叫ぶと恵冬目掛けて一直線に駆け出した。恵冬もそれに合わせて迎え撃つ態勢を整える。しかし、その僅か数センチ左、サイネリアの陰で動くものが見えた。
高らかに宙に放り投げられたカプセル。
「見飽きたっての!」
銃を構え、撃ち抜こうとした瞬間。違和感に気づく。
「遅ぇぞ~」
カプセルに気を取られた数瞬の間にサイネリアは肉薄し拳を突き出す。息を呑むほどの間に繰り出される数多の拳打。
恵冬は反応が遅れたものの持ち前のセンスと経験で難なくそれらを捌いて見せた。
直後、先ほどのものと同様のカプセルが再び投げこまれる。
「邪魔ね。ちょろちょろと……」
「そうかい?きれいだと思うがね」
「アンタ、部屋汚いでしょ」
サイネリアとの攻防を続けて十数秒後。恵冬は違和感の正体に気づく。
足元に転がるカプセルの量だ。尋常ではない。そして、割れない。1階で見たカプセルとは違うものだ。
「そろそろ良いか?」
サイネリアがつぶやき、足元のカプセルを蹴り上げた。天井にぶつかり割れたカプセルは重々しい色をした煙を吹きだした。
「……っ!で?それが何だって言うの?コートを汚す嫌がらせ?」
「んな無駄遣いするかよ。ライースがうるさくなりそうだ」
「あ~アイツなら言うかもね。小言の一つや二つ」
「まっ見てなって。綺麗なんだからよ」
サイネリアはウルミを取り出し、恵冬に向けて振り抜いた。
先ほどの攻防でも見せた大ぶりの一撃。避けるだけなら簡単を通り越している。更には攻撃の時、独特な予備動作がありサイネリアの右腕の陰に死角が出来る。
避けるどころか肉薄し、わき腹を斬り付け抜ける。そして残った2人は純粋な戦闘員ではない。
「勝ち」
その言葉が恵冬の頭に浮かぶ。しかし、頭の奥底で何かが警鐘を鳴らしている。踏み込んではならないと。
「くッ。恨むわよ」
恵冬はサイネリアの甘い誘いを振り切り背後に距離を取るように飛ぶ。
その鼻先で“爆発”が起こった。
「クソっ何よこれは……粉塵爆発?」
黒く燃え上がる爆炎。プスプスとラックの一部が焼け落ちる。
飛び退く瞬間、ウルミの刃同士がぶつかり合い火花を散らすのが見えた。
コートの裾が黒く焦げている。佇む恵冬に向かって真っすぐと煙の中からコツコツとブーツ特有の音が近づいてくる。
「なぁ、知ってるか?」
「……何をよ」
「人間ってのはな?“花”なんだよ」
「は?」
「人間にはその命をヒトにするためのありとあらゆるエネルギーが流れ込んでいるんだ。人望、人脈、富、名声。その人間を構成するモノが細い管のようなもので繋がってんだ。それはやがて実を結び、弾ける」
「……そんなものが見えてるっての?」
「あぁ……あぁ!お前にも見えて――」
「――んなわけ、ないでしょ!」
恵冬は起き上がりナイフを手に駆け出す。
「ったく。残念だよ。私以外に見えてそうな奴は後はお前くらいだったってのによ」
「なんであたしが――」
「――私ゃ見たことがあるんだよ。それが咲く瞬間って奴をさ」
ナイフとウルミ。二つの刃が交わり火花を散らす。ギリギリと音を鳴らす。
「咲く。そうだな目醒めると言い換えてもいい」
「目醒める?」
「あぁそうさ。激しい戦いの中、互いに高め合い、命を削る。そしてその頂でソイツは咲いたんだ。それがお前の先生だ」
恵冬は息を呑む。オクタに何があったのか。恵冬は知らない。一緒に暮らして戦い方を教わっていたころのオクタは戦いが好きで敵を倒すことに迷いがなかった。
その手段に殺害が入っていたとしてもそれを避けることはなかった。
それが……変わった。いや既に変わっていたのか。どちらにせよ、恵冬はその瞬間とやらに思い当たる節がない。
「私はあの一度きりだ。でもな?あの光景が目に焼き付いて離れないんだ」
「……」
「人は種だ。花を芽吹かせる種」
恍惚の笑みを浮かべて喋り散らかすサイネリアに割って入る。
「アンタが“め”に花を刺すのはそこから来てるってわけね」
「ん?あぁ、そうさ。こっちの都合で摘んだ花。最後くらい咲かせてやろうってのが人情ってもんさ。それに――」
「――それに?」
「そっからあたしに辿り着いたリベンジ野郎はもっと強いんだぜ!!?」
狂気的な笑み。見るものを怯ませる異端の笑み。
剣戟の隙間に差し込まれた蹴り。恵冬は思い切り弾き飛ばされた。しかし、同時にサイネリアの左腕にナイフを突き立て、腱を切断した。
「ガァっ」
サイネリアは無様な悲鳴を漏らし腕を押さえて座り込んだ。
「……はぁ、ようやく止まったわね。クソっ」
「姉様……!」
ヒースの割れるような悲鳴が窓のない室内に響く。甲高く、頭が痛くなりそうなほどの狂声だった。
ロクワはやれやれと言った様子で、サイネリアとヒースのことをただ見ている。
「平気さ。それより、武器はまだあるか?私はやれる」
「退きましょう姉様!一旦態勢を……」
「そんなことが出来る状況かよ。お前の頭が冴えててくれねえと勝てるもんも、勝てねぇ」
「でも、でも!血がこんなに……!全部姉様の!あぁ!」
床に広がる血の絨毯を必死にかき集めようとするヒースを一括する。
「ヒ、イ、ス。やめろ。持ってるもんを寄こせ。ありったけだ。もうちょっとで何かが見えそうなんだ」
「姉、様……」
「はぁ。戦えないってんなら、俺が出ましょうか?時間稼ぎくらいにしかならないと思いますが」
ようやっと口を挟んできたロクワにサイネリアは声を荒げる。
「いいってぇ。言ってんだろぉがよぉ!?邪魔したらお前からやってやるよ。司令部からの借りモンだろうが知ったこっちゃねぇってなぁ」
「決まったかしら?待ってる間に大分眠くなってきたところよ。欠伸を我慢するのも大変ね」
「待たせたな。良いぜ?どっからでも――」
サイネリアの言葉が終わる前に恵冬の姿が消えた。いや、瞬きに合わせて視界から消えたのだ。サイネリアはウルミを握り直し、ヒースを避けて振るう。が
「遅。やっぱり痛い?」
背後に回り込んだ恵冬はサイネリアの左腕を捻りあげた。
「――――ッ!!!!」
「腱が切れてても関節って聞くのかは知らないけど、十分そうね」
恵冬はそのまま押し倒そうと技を極めにかかる。しかし、サイネリアは笑った。
「いいねぇ。そうだよ、こういうんだよ」
次の瞬間恵冬の腕からサイネリアは抜け出していた。
「アンタ、それ良くやるわ。真似はしないけど」
恵冬の目の前には技から抜け出したサイネリアが立っている。腕からはボタボタと血を流しているがそれよりも目を引くのはその形状。
明らかに肩から下が折れて外れている。
極められていた関節を犠牲にあの状態から抜け出したのだ。
「どーせ使えないからって凄いパフォーマンスね。痛くないわけ?そろそろ降参する?楽にやってあげるわよ?」
「ハッ冗談だろ?さぁ第2ラウンドと行こうか」
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