CODE:HEXA File5‐29 剪定し薄青
―サイネリア―
「愉快犯……。へぇ。私ゃそんな話は知らないが、教えてもらおうか」
サイネリアは口角を上げて笑う。恵冬の話に興味を持った彼女は攻撃の手を緩めた。事実、彼女が“愉快犯”の名前を聞いたのは初めてのことだった。
恵冬はくるりくるりとナイフを回しながら話し始める。
「捜査一課では十年以上も前からある事件を専門に追っている専属チームがあんのよ。そいつらが追っている犯人は残忍でまるで誰かへの見せしめのためとも思えるほど不必要に酷い殺しをするって話よ」
サイネリアは握りしめたウルミをジャラジャラと振り回す。恵冬の手遊びをまねするようなそんな動きだ。
「そんな奴がいんのか。この国も大分腐っちまったもんだな。ぜひぜひ、警察の諸君にはそいつらを捕まえて欲しいもんだぜ。じゃなきゃ私ら一般市民は安心して眠れやしねぇ」
恵冬の口から「どの口が」と愚痴が漏れる。サイネリアの眉がピクリと動く。咳ばらいを一つして話を続けた。
「で、そいつが通称“愉快犯”。殺しの対象を限定していないってんで厄介視されてる殺し屋よ」
「殺し屋ねぇ」
「そ。で、最近また現れたのよ。ちょうどこの町にね」
常にナイフを握り、手癖でくるりくるりと回して来た恵冬と違って、サイネリアは武器に執着も愛着もない。様々な武器を気分で使いまわして来たサイネリアにとって常に一つの武器を使い続ける気持ちが理解できない。
武器の形状か、はたまた重心のせいか、いずれにせよ上手く回せないと悟るとウルミから興味を失ったように、投げ捨てる勢いで床に剣先を叩きつけた。
ぼんやりと空を見上げ、どこか心ここにあらずと言った様子のサイネリア。彼女は視線を恵冬から思い切り外しているが、その隙をカバーすると言わんばかりにヒースの目が鋭くなる。
サイネリアはテキトーに言葉を返す。
「おぅ怖。なら、こんなとこで油売ってる場合じゃないんじゃねえの?」
「確信したって言ったでしょ」
「……だから何をだよ」
「アンタがその愉快犯だっつってんのよ」
「そしてもう1つ」
「あん?」
「私は世のため人のため、ここでアンタを始末しなきゃならないってことよ。今。ここで」
事件現場にあった刀傷。まるで怪物が暴れ回ったかのような凄惨な有様だった。恵冬もその話を聞いて現場に行き、直にその傷を観察してきた。
ほとんど平行に並んだ3本の傷を見た時は本当に強靭な爪を持つ怪物でも現れたかと思ったほどだった。
捜査本部では傷の深さや角度から単一の凶器によるものではないと考えられてきた。
武器の調達や、現場まで持ち込んだ経路などから犯人を追っていたようだが、捜査は難航。犯人の特定には至っていなかった。
しかし、今現物を前にして理解した。あれは別種の刃物による傷痕などではない。
あのウルミであれば、振り抜かれた速さや角度、そしてその武器を握る犯人の立ち位置によってまるで全く違う傷をつけることができるだろう。
柔軟な刀身は身体に巻き付ければ今日ここへやって来た時のように存在を隠しておける。
1つの凶器で複数種類の傷をつけられ、同時に輸送方法まで問題がない。
先が分かれている形状、しなる刀身。あれならば傷から凶器の特定が困難なのも無理はない。さらに斬りきれなかったり、なにかにぶつかって軌道が変化したりすれば、使用者の意図とは関係なしに傷を作るだろう。
これほど、無作為で読みにくい痕跡もない。
しかし、恵冬はこの場でようやっと確証を得たが、心中では9割ほど愉快犯=サイネリアの図式が出来上がっていた。
「あれは何?名刺のつもり?それか挑戦状?」
組織からリークされた情報の中で綱紀粛正部隊のメンバーに「サイネリア」のコードを持つ者がいると知った時、愉快犯の名を連想した。
愉快犯の仕業とみられる殺しに共通する不可解な点。それは必ず「目にサイネリアの花が刺されている」こと。
事件現場に必ず残されている花と同じ名前を持つ組織の工作員。
偶然にしては出来すぎている。というより、まともな感性を持っていれば自分と繋がる物証を現場に残そうとは思わない。
「そうだな……」
サイネリアは恵冬の問いに黙り込んだ。そして、一つの答えを出した。
「――――招待状ってとこかな」
動いたのはヒースだった。
話が切れ、落ちたところにカプセルを恵冬目掛けて投擲する。
「ホンッット。芸がないのね!」
恵冬はナイフでカプセルを切り払う。目の前で割れたカプセルは勢いよく煙を吹き出す。
サイネリアは煙目掛けて縦横無尽に刃を振るう。煙は切り裂いても切り裂いても晴れはしない。
しなる刃は空を切る。まるで手ごたえがない。
次第に煙が薄くなり、代わりに避けた壁や割れた窓から光が差し込んだ。その先に恵冬の姿はなかった。
「チッ。逃げたか」
「アレだけ大口を叩いていたのに……?」
「いや、ヤツはまだこの建物の中にいる」
サイネリアの後ろから若い男の声が響く。
「……出てこないでって言ったでしょ。姉様と私がいれば問題ないって」
意外なことに苦言を呈したのはヒースだった。
「……入ってこないで」
「まぁまぁそう言うなって。こういう時のために、コイツはいるんだろうが」
男の持つコードはロクワ。ヒース同様、対象物の観察に特化した工作員であり、彼は直接の観察だけでなく、文字化した情報からですら現状を言い当てることが出来るほどの先読み能力を有していた。
高度な演算能力、そして未来に進むにつれ分岐する選択肢の数々を切り捨てられる直観力が彼にはあった。それでも第一線に出て組織に仇なすAI推進派と戦わないのは彼の性格に問題があった。
闘志を無くした工作員。戦闘を避け、意思もない。それでも組織にとって利用価値があれば生きて行ける。
敵の情報を与えられ、先を読み、予言する。それだけで組織はいくつもの事件を起こし、また、防いできた。
今回もいつもと何も変わらない。過去の記録を遡り、恵冬のデータを与えられた彼は彼女が孤児になった事故と、それからの生活を知り、ある推測を立てた。
心の奥底に眠る潜在的な恐怖は目を閉じたところで消えはしない。
対恵冬戦に煙が噴き出すタイプの罠を用いることを提案したのも彼だ。
これにはいくつもの意味があった。
「ヒースの言った通り、さっきまでずっと外にいただろ。そして、奴はこちらには来ていない。……上へ逃げたな」
飾り気のない階段を指さした。
「まぁいい。ほら、行くぞヒース」
「えぇ、姉様」
ロクワは2人の背中を追いかけた。
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