CODE:HEXA File5‐32 剪定し薄青
―サイネリア―
工作員殺し。突如現れた強力な反逆者。
彼女の話を耳にした時、やっと来たかとそう思った。
頭の切れるホリーや弟のカメリア。彼女らは賢く敵の張り巡らせた策略には人一倍敏感で、腕っぷしこそ強くはなかったが、そんな奴らを罠にはめたと聞いて胸が躍った。
その直後、リエールの訃報が舞い込み仕事が飛び込んできた。サイネリアにとっては口うるさく面倒ごとを押し付けてくるライースの教え子という程度の印象だったが、組織からの評価は違う。
戦闘においてはサイネリアに勝るとも劣らない評価をつけられていた。
それがやられた。サイネリアはそれを聞いた時の興奮を忘れない。表情はむしろシュッとしていたかもしれない。外には伝わらなかったかもしれない。
それでも、ライースの話を聞き流しながらすでに頭の中では戦いに戦いを重ねていた。架空の敵をどういたぶってやろうか。何を尋ねようか。どんな反応をするだろうか。
恵冬の帰還。それは、恋焦がれ、待ち望んでいた――――レアものの出現だった。
サイネリアの背後で銃声がした。
痛みはなかった。油断していたというのか。
この事態を、想定できていなかった。
不意に差し込まれたそれはサイネリアの心を揺さぶるのに十分だった。
動悸がする。振り向かなければならない。後ろに敵はいない。いなかった。
そんなことを考える間もなく目の前の敵を無視して背後に視線を移す。
「姉…様?」
壁にもたれかかるヒース。薄い体の側面を貫いた弾丸は土煙を上げ、床にめり込んでいた。
背後にサイネリアの知らない気配は無かったはずだ。
――では誰が?
そんな疑問は浮かぶまもなく掻き消える。
「時間をかけすぎですよ。恵冬さん。予定と違いますって」
ロクワだ。頭をガリガリとかきながら部屋の中に入ってくる。ヒースは痛みを必死にこらえながら、ロクワを睨む。
「良いじゃない。もう決着だったわよ」
戦闘態勢を解除してナイフを回し始める恵冬。彼女の言葉通り大勢は決していた。
「…‥お前ら」
サイネリアは理解した。これが、頭に血が昇っていく感覚だ。
体は熱く、血液が煮えたぎるような感覚。怒り。激しい怒りだった。
「よくも――」
「――怒るとシワが増えるわよ?おばさん」
背後に迫りくる巨大な殺気。クジラが口を開けて迫ってくるような圧迫感と絶望。しかし、サイネリアの怒りはそれを無視した。
残された右腕を振るう。伸びた剣先はロクワを正確にとらえていたが、小さな破裂音と共にそれは撃ち落された。
「意外と見てれば慣れるもんすね」
「――ッ」
「こっちよ、おばさん」
サイネリアの腹部。突き出たナイフの先端がちらりと覗いた。ぬらりと嫌に聞きなれた音を立ててスッと体の中へ消えていく。
空いた穴から暖かい液体がぽたぽたと垂れたかと思うと、身体を伝ってそそくさと流れ出していく。まるでこの身体にいるのが嫌になったみたいだ。
足の力が抜けていく。血を踏んで足を滑らせたかと思うとサイネリアは仰向けに倒れ込んだ。服の下から、大量の花が散らばる。
青いサイネリア。どこで摘んできたのか。あるいは育てたのか。サイズも色も不揃いで共通しているのは「サイネリア」であることだけ。
そこにしか興味がないかのような。
「――――フッ……ハハッ。ハッゴフ、ゲハハッガ」
満足げに、しかしどこか悔しそうに笑うサイネリア。恵冬は彼女をじっと見ていた。
ロクワと視線を交わしたその隙にサイネリアの右腕が動いた。
咄嗟にロクワはその腕を撃ち抜く。それでも穴の開いた手は血の海を泳ぐ。何かをその手に掴もうとして。
「姉……様……ッ!」
血にまみれることも躊躇わずヒースは床を這いずサイネリアに近づいていく。
「姐さん、コイツら」
「ほっときなさい。アンタ、この2人の装備は知ってるんでしょ」
恵冬は何かを察し、諦めたように目を伏せる。広がる血の海をみても2人が助からないのは明白だった。組織に薬学や医学のエキスパートがいることは知っている。それでも、この状況から2人を完全に蘇生することは不可能に思えた。
「でも……」
「とどめを刺した言ってんなら好きにしたら?無駄弾使う余裕はないってだけ」
恵冬は冷たく言い放ち、部屋を出た。
部屋には浅い呼吸を繰り返す2人だけが残されている。
「ハッ、ハハッ。なぁ?いるか?ガフッ。へッいるんだろう?ヒース」
「……様っ」
「悪い。ちっと、頭に来ちまってよ」
仰向けに倒れ込むサイネリアの目には埃が舞う天井だけが映る。霞む視線の先には何もない。
「もう……しょうがない、ですね」
「しょうがない。そうだ、……しょうがないよな」
サイネリアは自嘲気味に言葉をつなぐ。
「しょうがない、ついでに。1つ、我儘を聞いて……ほしい」
ヒースは、言葉が出なかった。それでも自らを殺し手に力を込める。涙に頬を濡らし、最後の力を振り絞る。
それは愛する人の、最期の望みをかなえるため。
―アスト―
作戦の失敗は完全にイレギュラーだった。
数値の上では恵冬を完全に制圧できるはずだった。3対1。非戦闘要員のロクワを除いても2対1。
十分に作戦は成功するはずだった。
「クソっ!なぜだ!?なぜ!?」
ヘッドセットを外し、男は声を荒げる。きれいに整えられた七三の髪は次第に崩れていく。
司令部を外され、綱紀粛正などという汚れ仕事を押し付けられ、鬱々としていた所にやって来た仕事。
名誉を挽回する好機だと思った。失敗は許されない。
アストは作戦を遂行するために恵冬を良く知る必要があった。
しかし、彼女のことを記したデータはほとんど残っていない。
だからこそ、腐っていたロクワの能力に目をつけた。
彼の能力は組織の中でも類を見ない予測というには可愛すぎるほどの……
(いつからだ……あいつはいつから……)
裏切りを看破できなかった自分が許せなかった。遠くからインカムで指示をしていたアストにはあのビルの中でどんな戦闘があったのか理解できない。
(こんなだから、アイツに負けるんだ……!)
ロクワはどのタイミングで組織を裏切っていたのか。その兆候は見られなかったのか。思い返してもアストには心当たりがない。
彼の能力ばかりを見て、そのうちを見ることができていなかった。
司令部を外された理由はそこにあるのかもしれない。
ギリギリと歯を食いしばり、アストは拳をテーブルに打ち付けた。
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