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第一章 初夏
あれから二か月ほどが過ぎた。
街はいつの間にか初夏の空気へ変わっていた。
朝は少し早く明るくなり、仕事帰りには上着を手に持って歩く人の姿が増えている。
湊は相変わらず仕事帰りに本屋へ立ち寄り、そのあと気が向けばバーへ足を運んでいた。
璃子もまた、気が向いた日に店へ顔を出していた。
約束をしたことは、一度もない。
それでも、顔を合わせる日は少しずつ増えていた。
三日続けて会うこともあれば、一週間ほど会わないこともある。
そんな繰り返しだった。
ある日の夜。
バーの扉が開く。
ベルが小さく鳴る。
「こんばんは。」
カウンターへ目を向けると、璃子がこちらを見た。
「こんばんは。」
湊は軽く会釈をして、いつもの席へ腰を下ろす。
マスターが水を置く。
「今日は少し早いね。」
「仕事が早く終わったので。」
「そうなんだ。」
璃子はグラスを揺らしながら笑う。
「最近、本屋寄った?」
「寄りました。」
「また買った?」
「一冊だけ。」
「一冊だけ?」
「……二冊でした。」
璃子が吹き出す。
「やっぱり。」
湊も少し笑う。
店内には穏やかな音楽が流れていた。
それぞれグラスへ手を伸ばす。
誰も急いで話そうとはしない。
マスターが静かにグラスを磨いている。
店の時計が、いつも通りの速さで時を刻んでいた。




