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第五章
二人の会話は、本の話から少しずつ広がっていった。
好きな作家。
何度も読み返した本。
忘れられない一節。
璃子は、話の途中でよく笑った。
湊も、いつの間にかいつもより多く話していた。
気付けば、時間は思っていたより過ぎていた。
マスターが時計へ目を向ける。
「そろそろ閉めようかな」
璃子もつられて壁の時計を見た。
「あ、もうこんな時間」
「早かったですね」
「ですね」
二人とも、すぐには立ち上がらなかった。
このあと、もう一軒くらいなら行ける。
そんな時間だった。
湊はグラスへ視線を落とした。
『もう少し話しませんか』
言葉はそこまで来ていた。
けれど、口には出なかった。
璃子も空になったグラスを見つめ、指先で縁を一度なぞった。
「じゃあ、また」
そう言って立ち上がる。
「また」
会計を済ませ、二人で店を出た。
夜風が少しだけ心地よかった。
「私、こっちだから」
「僕は反対です」
「じゃあ」
「うん」
二人は別々の方向へ歩き始めた。
数歩進んだところで、湊はふと笑った。
また、この店へ来よう。
駅とは反対の道へ足を向ける。
今日は少しだけ、遠回りをして帰った。




