第二十ニ章 いつの間にかpart2③
土曜日。
待ち合わせ場所へ向かう電車の中で、璃子は窓に映った自分を何度か見た。
服は結局、あの日クローゼットから出したものにした。
自分でも気に入っている。
だから着た。
そう思っているのに、
湊、気づくかな。
そんなことまで浮かぶ。
璃子は窓から目を逸らした。
「……もういいって。」
小さく呟いて、スマートフォンを見る。
待ち合わせまでは、あと十分。
好きだと分かった。
たったそれだけのことなのに、会う前から少し落ち着かない。
昨日まで何度も会ってきた人なのに。
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待ち合わせ場所へ着くと、湊は少し離れたところに立っていた。
璃子はすぐに見つけた。
その瞬間、
あ。
と思った。
ただ湊がいた。
それなのに、いつもより少しだけ目に入る。
向こうも璃子に気づいて、軽く手を上げた。
「お疲れ。」
「お疲れ。」
璃子が近づく。
湊は一度璃子を見て、
「今日、なんか雰囲気違うね。」
と言った。
「そう?」
「うん。その服いいね。似合ってる。」
璃子は一瞬だけ黙った。
「……ありがとう。」
普通に返したつもりだった。
けれど胸の奥では、ちゃんと嬉しかった。
そこ、気づくんだ。
数日前、自分が考えていたことまで思い出す。
湊、こういうの好きかな。
璃子は少しだけ顔を逸らした。
「で、今日どうする?」
「とりあえず腹減った。」
「私も。」
「じゃあご飯から。」
「うん。」
二人は並んで歩き出した。
歩き始めて少しすると、さっきまでの落ち着かなさは薄れていった。
湊が話す。
璃子が返す。
璃子が何かを見つけて話せば、湊もそちらを見る。
いつもの二人だった。
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昼を食べたあとは、特に予定を決めなかった。
通りを歩き、璃子が気になった店を覗いた。
途中で湊が見つけた雑貨を二人で見て、また歩いた。
大きな本屋の前で、湊が足を止める。
「ちょっと見ていい?」
「いいよ。」
店に入る。
湊は棚の前へ行くと、何冊か手に取って中を見始めた。
璃子は少し離れたところから、その姿を眺める。
真剣な顔。
ページをめくる指。
何か気になったのか、一度戻って同じところを読み直している。
こういう顔するんだ。
璃子はゆっくり近づいた。
「楽しそう。」
湊が顔を上げる。
「楽しいよ。」
「すごい集中してた。」
「本屋だからね。」
「それ前も言ってた気がする。」
「言ったっけ?」
「多分。」
璃子が笑う。
湊も少し笑って、また本を見る。
璃子は隣の棚へ目を移した。
自分も何冊か手に取る。
少しして、湊が璃子の持っている一冊を見る。
「それ璃子好きそう。」
「なんで?」
「なんとなく。」
璃子が湊を見る。
「私のなんとなく、覚えた?」
「最近ちょっと分かってきた。」
その言葉に、璃子の目が少し止まった。
「へえ。」
「違う?」
「どうだろ。」
璃子は本を見る。
「でも、ちょっと気になってる。」
「じゃあ合ってるじゃん。」
「今のところね。」
本を持ったまま、璃子は少し笑った。
湊が自分のことを知っている。
少しずつ。
自分も湊のことを知っている。
鼻に触れる癖も。
本を選ぶ時の顔も。
何を面白がるのかも。
そう考えたところで、
ああ、好きなんだ。
今度は以前よりずっと静かに、その言葉が浮かんだ。
璃子は手にした本へ視線を戻した。
湊はもう隣の棚を見ている。
何も知らない顔で。
「……ずる。」
「ん?」
「なんでもない。」
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本屋を出たあと、近くのカフェへ入った。
買った本をテーブルの端に置いて、二人で飲み物を飲む。
話しているうちに、璃子はまた自分の気持ちを忘れていた。
仕事の話。
友人の話。
この前送った映画。
くだらない話で笑って、そこから全然違う話に移る。
湊と話していると、そういうことが多い。
気づけば、一時間以上経っていた。
璃子が窓の外を見る。
「もうこんな時間。」
「ほんとだ。」
湊も時計を見る。
外の光は少し傾き始めている。
「このあとどうする?」
璃子が聞いた。
湊は少し考えた。
「璃子、まだ時間ある?」
「あるよ。」
「じゃあもう少し歩かない?」
璃子は湊を見る。
「うん。」
すぐに返した。
湊も少し笑った。
その顔を見て、
璃子の胸が少しだけ騒いだ。
私だけじゃないのかな。
一瞬、そんなことが浮かぶ。
けれど答えは探さなかった。
今は、もう少し一緒にいられる。
それが嬉しかった。
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二人は店を出て、夕方の街を歩いた。
目的地はなかった。
人の多い通りを抜けて、少し静かな道へ入る。
途中で見つけた店を覗いたり、立ち止まって話したり。
肩が近くなる。
歩幅が合う。
璃子は時々、湊を見る。
好きだと知らなかった頃にも、同じように隣を歩いていた。
同じように話していた。
同じように笑っていた。
なのに今は、その途中で何度も、
この人が好きなんだ。
という言葉が追いついてくる。
そのたびに少しだけ胸が熱くなる。
でも、不思議と苦しくはなかった。
むしろ、
知ってしまった後の方が、湊を見ている時間が少し楽しかった。
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駅が見えてきた頃には、空もだいぶ暗くなっていた。
「今日はありがと。」
璃子が言った。
「こちらこそ。」
「楽しかった。」
「俺も。」
湊は少し間を置いて、
「またこういう日作ろう。」
と言った。
璃子は湊を見る。
「うん。」
今度は迷わなかった。
「またね。」
「また。」
改札を抜ける。
ホームへ向かう途中で、一度だけ振り返った。
湊はまだそこにいた。
目が合う。
湊が手を上げる。
璃子も手を上げた。
電車に乗り、空いていた席に座る。
窓の外を街の灯りが流れていく。
好きだと分かってから、初めて一日を一緒に過ごした。
もっと変になるのかと思っていた。
もっと意識して、もっと話しづらくなって。
そんな自分になるのかと思っていた。
でも、
湊と話せば笑った。
一緒に歩けば楽しかった。
もう少し一緒にいようと言われれば、嬉しかった。
璃子は窓に映る自分を見る。
そして、
今日の服を褒めた湊の顔を思い出した。
少しだけ口元が緩んだ。
好きだと分かっても、
二人でいる時のこの感じは、何も壊れなかった。
むしろ璃子には、前より少し鮮やかに見えていた。




