第二十一章 いつの間にかpart2②
「あー……。」
鏡の前で、璃子はしばらく動かなかった。
洗面所には、ドライヤーや化粧品がいつもの場所に並んでいる。
朝も、何も変わっていない。
変わったのは、多分、自分の方だった。
「……そっか。」
声にすると、なんだか落ち着かなかった。
璃子は鏡から目を逸らした。
時計を見る。
「やば。」
考えている場合ではなかった。
髪を整えて、メイクをして、服を着る。
バッグの中身を確認する。
いつもの朝を続けているうちに、さっきの「あー……」も一度後ろへ引いた。
玄関を出る。
駅へ向かう。
電車に乗る。
人の流れの中に入れば、今日も普通に一日が始まった。
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仕事中は忙しかった。
確認することもあったし、人と話すこともあった。
昼になればお腹も空いた。
同僚と昼食を食べながら笑って、午後になればまた仕事へ戻る。
その途中でスマートフォンが震えた。
璃子は何気なく手に取る。
湊ではなかった。
画面を閉じかけて、
手が止まった。
……今、湊だと思った。
璃子はスマートフォンを持ったまま真顔になった。
数秒して、そのままバッグへ戻す。
「何してんだろ。」
小さく言って、仕事へ戻った。
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夕方。
帰り道に店の前を通った時、棚に並んだ雑貨のひとつが目に入った。
湊、こういうの好きそう。
そう思う。
足を止める。
以前なら、そのまま終わっていた。
今日は違った。
璃子は店先に立ったまま、その雑貨を眺める。
湊、こういうの好きそう。
もう一度、頭の中で同じ言葉が流れる。
「……ああ。」
今度は小さく息が漏れた。
こういうのも、そうだったんだ。
璃子はしばらく商品を眺めてから、その場を離れた。
嫌な感じはしなかった。
むしろ、今まで何も考えずにやっていたことの輪郭だけが、急に見えるようになった気がした。
家へ帰る。
夕飯を食べる。
動画を見る。
友人とメッセージをやり取りする。
いつもの夜。
なのに、時々ふと、
海の日に助手席から湊を見ていたことを思い出す。
手。
横顔。
脚。
鼻に触れる指。
璃子はソファに座ったまま、しばらく黙った。
「……私、めっちゃ見てたじゃん。」
言ってから、自分で少し恥ずかしくなった。
クッションを抱える。
でも、数秒後には力が抜けた。
今さらだった。
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数日経つと、最初ほど自分の反応に驚かなくなった。
湊を思い出す。
ああ、まただ。
それくらいで済むことも増えた。
ただ、以前とまったく同じというわけでもなかった。
夜、湊へ何か送ろうとして、一度文章を読み返す。
これ、変じゃないかな。
そう考えて、
璃子はまた手を止める。
「……いや、普通じゃん。」
そのまま送る。
返事が来れば嬉しい。
それも、もう分かっている。
分かっているせいで、以前より少しだけ自分の気持ちが目につく。
面倒というより、
慣れない。
そんな感じだった。
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ある夜。
璃子はクローゼットを開けていた。
何となく服を見ながら、一枚を手に取る。
鏡の前で身体に合わせる。
これ、湊好きかな。
思った瞬間、璃子の眉が動いた。
明日は会わない。
何なら、次に会う予定すら決まっていない。
「……何で?」
服を持ったまま、自分に聞く。
答える人はいない。
璃子は一度その服を戻した。
別のものを見る。
少しして、
また同じ服を取った。
鏡へ合わせる。
「まあ、私も好きだし。」
今度は戻さず、椅子の背へ掛けた。
その時だった。
テーブルに置いたスマートフォンが震える。
璃子は近づいて画面を見る。
湊。
『今週どこか空いてる?』
文字を読んだ瞬間、気分が上がった。
今度は、そのことにもすぐ気づいた。
璃子はカレンダーを開く。
金曜。
土曜。
日曜。
『土曜なら空いてるよ』
送る。
少しして、
『じゃあ土曜にしよ』
と返ってきた。
『うん』
短く返す。
璃子はスマートフォンを置いた。
しばらくして、椅子の方を見る。
さっき選んだ服が掛かっている。
璃子は黙ってそれを眺めた。
明日は着ない。
でも土曜日なら。
そこまで考えて、
「……参ったな。」
ぽつりと呟いた。




