第二十章 いつの間にかpart2①
海へ行ってから、一週間と数日が過ぎた。
午後。
仕事の合間にスマートフォンが震えた。
画面には湊の名前。
『璃子、今日時間ある? 飲まない?』
璃子は今日の予定を頭の中で確認した。
『あるよ。行こ』
返して、スマートフォンを机へ置く。
すぐにまた震えた。
『じゃあいつものところで』
『うん』
仕事へ戻る。
資料を開いて、続きを始める。
しばらくして時計を見る。
まだ夕方には遠かった。
璃子はまた画面へ視線を戻した。
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店へ入ると、湊はもうカウンターにいた。
「お疲れ。」
璃子に気づいて振り返る。
「お疲れ。」
隣へ座る。
マスターがグラスを置いた。
「いらっしゃい。」
「こんばんは。」
「今日は湊に呼ばれた?」
「うん。」
「へえ。」
マスターが湊を見る。
「何ですか。」
「何も。」
璃子が笑った。
「絶対なんかあるじゃん。」
「ないよ。」
「マスターじゃなくて湊が答えるんだ。」
「確かに。」
三人で笑う。
グラスを持ったところで、湊が璃子を見る。
「体調もう大丈夫?」
「まだ聞くの?」
「今日会ったから、最後に。」
「元気です。」
「ならよかった。」
「湊もでしょ?」
「俺も平気。」
「じゃあこの話、今日で終わりね。」
「了解。」
璃子はグラスを口へ運んだ。
そこからは、いつものように話した。
仕事であったこと。
友人の話。
この前食べたもの。
途中でマスターが入ってきて、全然違う話になった。
璃子が笑えば湊も笑う。
湊が話している途中で璃子が何か思い出して、話が逸れる。
それをまた湊が拾う。
何度も話題が変わった。
璃子が送った映画の話になった。
「あれ、公開日出てたよ。」
「見た。来月だよね。」
「観に行く?」
「行きたい。」
「じゃあ行こう。」
「うん。」
また一つ、予定が増えた。
そのまま次の話へ移る。
海の日から一週間以上会っていなかったのに、久しぶりという感じはしなかった。
璃子はよく笑った。
気づけば二杯目を飲んでいた。
「今日誘ってくれてよかった。」
何気なくそう言った。
湊が璃子を見る。
「俺も会いたかったから。」
璃子の指が、グラスの縁で止まった。
「おやおや。」
マスターの声。
二人が同時にそちらを見る。
マスターはグラスを拭いたまま、こちらを見ていなかった。
「何ですか。」
「いや、何も。」
「絶対なんかあるじゃん。」
璃子が笑う。
「ごゆっくり。」
マスターはそれ以上何も言わず、奥へ行った。
湊が困ったように笑った。
その指が鼻の横へ触れる。
璃子の目が止まる。
「やっぱり。」
「何?」
「今、恥ずかしかったでしょ。」
「なんで?」
「鼻。」
湊が手を見る。
「これ?」
「それ。」
「俺そんな癖ある?」
「あるよ。」
「知らなかった。」
「私は知ってる。」
湊が璃子を見る。
璃子も見返した。
一拍遅れて、湊がまた鼻へ触れた。
「またやった。」
「……もうやめようかな。」
「別にいいじゃん。」
璃子が笑う。
湊も笑った。
それからまた、何でもない話をした。
けれど時々、
俺も会いたかったから。
その声だけが、会話の隙間から戻ってきた。
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店を出ると、夜風が頬に気持ちよかった。
二人で駅まで歩いた。
「映画楽しみだね。」
「うん。」
「今度は食べるもの、私が決めるから。」
「まだサービスエリア引きずってる?」
「一生言うかも。」
「長いな。」
「アジフライ美味しかったし。」
「はいはい。」
璃子は笑った。
駅が近づく。
「じゃあまたね。」
「うん。また。」
璃子は改札を抜けた。
電車に乗って、友人へ返信する。
動画を少し見る。
窓の外を眺める。
ぼんやり流れていた景色の途中に、
俺も会いたかったから。
また声が混ざった。
璃子は窓へ頬杖をついた。
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家に帰って、シャワーを浴びた。
髪を乾かして、明日の支度をして、ベッドへ入る。
照明を消す。
目を閉じた。
今日の店が浮かんだ。
湊が笑っている。
目を開ける。
寝返りを打って、また閉じる。
明日の仕事を考える。
途中まで考えたところで、
鼻の横に触れた指が出てきた。
また寝返りを打つ。
今度は海の音。
あの日の横顔。
雨。
すぐ近くにあった湊の身体。
「……。」
璃子は枕へ顔を埋めた。
しばらくして顔を上げる。
風邪引かないで。
今度は声だった。
そしてまた、
俺も会いたかったから。
「……もう。」
布団を引き上げる。
眠ろうとする。
しばらく静かになる。
また、湊が出てくる。
璃子は暗い部屋で目を開けた。
時計を見る。
思っていたより時間が経っていた。
「寝よ。」
スマートフォンを伏せる。
今度こそ目を閉じた。
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翌朝。
アラームで目を覚ます。
「……眠い。」
止めて、起き上がる。
洗面所へ向かった。
顔を洗う。
歯を磨く。
鏡の中の自分は、少し寝不足だった。
髪を整えながら、今日の予定を考える。
仕事。
帰りに買うもの。
そこへ唐突に、
俺も会いたかったから。
璃子の口元が緩んだ。
そのまま髪を触ろうとして、
手が止まる。
鏡を見る。
自分が笑っていた。
璃子の顔から、ゆっくり笑みが消える。
しばらく鏡の中の自分を見た。
昨夜、眠れなかったことも。
今、何もない朝にまた湊が出てきたことも。
もう考えなくてよかった。
璃子は鏡を見たまま、
「あー……。」
と呟いた。




