第十九章 鼓動part2②
湊と最後に会ってから、一週間ほどが経った。
海へ行った翌日から二、三日は、湊から体調を気遣う連絡が来ていた。
『喉とか大丈夫?』
『大丈夫だよ。元気』
次の日にも、
『体調変わってない?』
と届いた。
『全然大丈夫。もう心配しなくていいよ(笑)』
『ならよかった』
そんなやり取りも、璃子の体調が何ともないと分かる頃には自然となくなった。
仕事へ行く。
同僚と昼を食べる。
帰りに買い物をして、友人から来たメッセージに返事をする。
家に帰れば、適当に夕飯を済ませて、動画を見たり、次の日の準備をしたりする。
いつもの日常だった。
海へ行った日も、少しずつ前の出来事になっていった。
それなのに。
仕事中、同僚が誰かの話をしている時に、不意に湊の言葉が浮かぶことがあった。
湊なら、こういう時なんて言うんだろう。
そこまで考えてから、璃子は普通に仕事へ戻る。
昼休み。
メニューに載っていたデザートを見て、サービスエリアで食べたお菓子を思い出した。
味より先に、あの時の湊の顔が浮かんだ。
少し困ったような顔で鼻の横に触れていた。
「あれ?」
向かいにいた同僚が璃子を見る。
「なに?」
「今ちょっと笑ってなかった?」
「思い出したことあって。」
それだけ答えて、璃子はメニューへ視線を戻した。
また別の日。
駅へ向かう途中、すれ違った男の人が鼻の横を触った。
その仕草に目が止まる。
湊もやる。
少し恥ずかしい時。
そこまで思ってから、璃子は真顔になった。
よく覚えてる。
信号が青になる。
人の流れと一緒に歩き出した。
海へ行った日は、もう何日も前だった。
それなのに、思い出すものはあまり薄くなっていなかった。
夕方の海。
助手席から見た横顔。
雨の音。
肩に回った腕。
寒くない?
何度も聞いていた声。
思い出そうとしているわけでもないのに、生活の途中で勝手に出てくる。
その日の夜。
ソファでスマートフォンを見ていると、新しく公開された映画の予告が流れてきた。
璃子は少しだけ見て、湊とのトーク画面を開いた。
『これ面白そうじゃない?』
そこまで打って、指が止まった。
今、忙しくないかな。
画面を見たまま考える。
何かしてるかもしれない。
急ぎでもないし、あとでもいい。
そこまで考えたところで、
璃子は眉を少し寄せた。
……なんで私、こんなこと考えてるんだろう。
送りたければ送る。
相手が忙しければ、後で見る。
今までならそれで終わっていた。
なのに、湊に送ろうとすると、一度相手の時間を考えている自分がいる。
璃子は入力した文字を見た。
これくらいで、しつこいとか思うかな。
そこまで浮かんで、
「……ん?」
声が出た。
自分でも少しおかしい。
別に毎日連絡しているわけでもない。
一週間前までは、一緒に海まで行っていた相手だ。
ただ映画の予告を一つ送るだけ。
璃子は少しだけ考えて、そのまま送信した。
スマートフォンをテーブルへ置く。
テレビへ視線を戻した。
しばらくして、画面が震える。
湊からだった。
『それ俺も気になってた』
その文字を見た瞬間、璃子は素直に嬉しかった。
『でしょ。面白そうだよね』
すぐに返す。
返信を送ってから、璃子は画面を見たまま少し止まった。
今の、嬉しかったな。
別に珍しい言葉をもらったわけでもない。
ただ返事が来ただけだった。
それでも気分が少し上がったのを、自分ではっきり分かった。
璃子はスマートフォンを置いた。
テレビでは、さっきとは別の映像が流れている。
一週間前と変わらない部屋。
変わらない夜。
それなのに最近、この日常の中で湊を見つけることが増えていた。
璃子はしばらくテレビを見たあと、またスマートフォンへ手を伸ばした。




