第十八章 鼓動part2①
目を覚ますと、部屋はもう明るかった。
璃子は布団の中で一度伸びをして、すぐに顔をしかめた。
「……身体おも。」
脚も少しだるい。
昨日は朝から出かけて、海を歩いて、街を歩いて、最後には雨の中まで走った。
思い返すと、一日の中に詰め込まれていたものが多すぎる。
璃子は枕元のスマートフォンを取った。
画面をつける。
昨夜、最後に見た湊とのやり取りが残っていた。
家まで送ってもらったあと。
湊から、
『身体冷えてない?』
と届いた。
璃子は風呂上がりに、
『大丈夫だよ!今日はありがとう。ずっと心配してくれてありがとう☺️』
と返した。
少しして、
『それならよかった。今日は早めに休んでね』
『はーい』
『ちゃんとね(笑)』
『分かってます笑』
そこで璃子は、本当にいつもより少し早くベッドへ入った。
スマートフォンを胸元へ置いて、
「言われた通り寝てるし。」
一人で少し笑ったのを覚えている。
璃子は画面を閉じた。
昨日の帰り道も、まだよく覚えていた。
二人でなんとか車まで戻って、濡れた身体をタオルで拭いた。
エアコンから出てきた暖かい風が、冷えた腕に当たった時は気持ちよかった。
湊は運転席に座ってからも、
「寒くない?」
と聞いた。
少し走って、
「温度これで大丈夫?」
また少しして、
「暑かったら言って。」
璃子はそのたびに、
「大丈夫。」
「ちょうどいい。」
と答えた。
窓の外を流れる景色を見ながら、濡れた髪を何度かタオルで拭いた。
服も最初は肌に張り付いていたけれど、車内が暖かくなるにつれて、少しずつ気にならなくなっていった。
あれだけ激しかった雨も、街へ近づく頃には弱くなっていた。
さっきまで二人でずぶ濡れになって走っていたことが、少し変な感じだった。
家の前に着いても、湊は最後まで変わらなかった。
「帰ったらちゃんと温まって。」
「うん。」
「今日は楽しかった。」
「私も。運転ありがとう。」
「こちらこそ。」
璃子がドアを開ける。
「じゃあね。」
「うん。」
降りようとしたところで、
「璃子。」
呼ばれて振り返った。
「風邪引かないで。」
璃子は少しだけ笑った。
「湊もね。」
ドアを閉めた。
あの時の湊の顔まで、今も普通に浮かぶ。
璃子はベッドから降りた。
洗面所へ行き、鏡を見る。
髪は少しだけいつもよりまとまりが悪かった。
「最悪。」
寝癖を指で直しながら、昨日の海を思い出す。
昼間の青。
夕方の橙色。
アジフライ。
微妙だったサービスエリアのお菓子。
雨。
湊。
璃子は歯ブラシを口に入れた。
鏡の中の自分を見ながら、
ふふ。
と少し笑う。
昨日は、楽しかった。
それで十分だった。
シャワーを浴びて、髪を乾かす。
服を選び、メイクをする。
いつもの朝が始まっていく。
バッグを持つ前にスマートフォンを開いた。
湊との画面がまだ上にある。
璃子は少し考えて、
『おはよう。昨日ほんと楽しかった☺️ 運転もありがとう!身体大丈夫?』
と送った。
送信された文字を見てから、スマートフォンをバッグへ入れる。
玄関を出る。
昨日の雨が残した水たまりに、朝の空が映っていた。
駅までの道には、いつもの人たちが歩いている。
昨日とは全然違う朝だった。
璃子もその中に混ざって歩いた。
それでも時々、
夕方の海や、
雨の音や、
「風邪引かないで。」
という声が、まだ昨日と同じくらい近くにあった。




