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第一章
扉が開く音がした。
外の空気がゆっくりと店内へ流れ込み、棚と棚の間を静かに抜けていく。
紙の匂い。
ページをめくる音。
遠くでレジの電子音が一度だけ鳴った。
湊は入口近くの新刊棚を眺め、そのまま店の奥へ歩く。
決まった本を探しに来たわけではない。
ただ、本屋へ来ると自然と足が向く棚があった。
背表紙を指先でなぞる。
一冊手に取り、数ページだけ読む。
閉じる。
また棚へ戻す。
それを何度か繰り返す。
それだけで十分だった。
店の中には、それぞれの時間が流れていた。
立ち読みをする学生。
文庫本を抱えた年配の女性。
参考書を見比べる会社員。
誰も誰かを気にしていない。
その静けさが、湊は好きだった。
ふと、一冊の本が棚へ戻される音がした。
音のした方へ、自然と視線が向く。
そこには、一人の女性がいた。
本を閉じる仕草だけが、妙に丁寧だった。
湊は数秒だけその姿を見て、
何事もなかったように視線を本棚へ戻した。




