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宇宙の約束  作者: 創
第二部 共有された沈黙
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19/30

第十二章 海が呼んでいるのでpart2②



目が覚めて、璃子は枕元のスマートフォンを取った。


七時十二分。


目覚ましが鳴るまで、あと少しある。


一度画面を閉じる。


そのまま布団に戻ろうとして、昨夜のことを思い出した。


スマートフォンをもう一度開く。


湊とのやり取りが残っていた。


『家着いたら連絡して』


『着いたよ』


『よかった』


『今日はありがとう』


『こっちこそ。もつ煮込み食べれたし笑』


『やっと食べれたね笑』


『海も楽しみ』


『俺も』


『じゃあおやすみ』


『おやすみ』


璃子は画面を眺めた。


昨夜、家に着いてから交わした短いやり取り。


指で少し上へ戻す。


また下へ戻す。


文字になっているのは、それだけ。


けれどカウンターで聞いた声は、そこにはない。


――俺は、璃子のそういうところすごく素敵だと思う。


璃子はスマートフォンを持ったまま、天井を見た。


あの時の自分を思い出す。


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


それから急に恥ずかしくなって、笑った。


酒を飲んだ。


何か言われるたびに、いつもより大きく返していた。


今になって思い出すと、少し恥ずかしい。


璃子は布団を鼻の辺りまで引き上げた。


「……。」


少しして、またスマートフォンを見る。


『俺も』


海を楽しみにしている。


その二文字を見て、口元が少し緩んだ。


目覚ましが鳴った。


璃子は止める。


「起きよ。」


ベッドから出た。



---


仕事へ行けば、昨日のことを考えている暇はなかった。


朝から予定が一つ変わった。


午前中に終わるはずだった仕事が午後へずれた。


別の確認も入る。


「璃子、これ見た?」


同僚から声をかけられる。


「まだ。今見る。」


資料を受け取る。


目を通す。


「ここ違うかも。」


「どこ?」


「これ。前のと数字変わってない?」


二人で画面を見る。


「あ、ほんとだ。」


「確認した方がいいね。」


「聞いてくる。」


同僚が席を離れる。


璃子は次の資料を開いた。


午前中はそのまま過ぎた。


昼休み。


同僚と近くの店へ入る。


席に座ると、同僚が大きく息を吐いた。


「疲れた。」


「まだ昼だよ。」


「それ言わないで。」


「いつも同じこと言ってるよ私達笑」


「本当だね笑」


璃子が笑う。


「何食べる?」


「もう決めた。」


「早。」


「朝からこれ食べたかった。」


メニューを指す。


「朝から昼ご飯考えてたの?」


「楽しみ必要じゃん。」


「分かる。」


料理を待ちながら、週末の話をした。


同僚が美容院へ行くらしい。


「切るの?」


「迷ってる。」


「どのくらい?」


「これくらい。」


髪を指で示す。


「結構切るじゃん。」


「やっぱやめようかな。」


「もう予約してるんでしょ?」


「してる。」


「じゃあ行ってから悩めば。」


「美容師さん困るやつ。」


「慣れてるでしょ。」


二人で笑った。


料理が来る。


璃子は箸を取った。


仕事の話もした。


帰りに寄りたい店の話もした。


昼休みが終われば、また仕事へ戻った。



---


夕方。


会社を出る頃には、空が少し赤くなっていた。


璃子は駅へ向かって歩く。


昼間より風が涼しい。


信号を待ちながら、スマートフォンを見る。


友人からメッセージが来ていた。


昨日、焼き鳥屋で話していた友人だった。


『また話聞いて笑』


璃子は画面を見て笑う。


『いいよ笑』


少し考えて、


『今度ご飯行こ』


と送った。


すぐに返事が来る。


『行く!』


青信号になる。


璃子は歩き出した。


横断歩道を渡りながら、昨夜自分が湊に話したことを少し思い出した。


その友人が何を選ぶかは、その友人のもの。


そう思っていた。


今も変わらない。


でも昨夜、湊に言われて初めて、自分がそれを大切にしていたことを少し外側から見た。


璃子は駅へ向かう。


途中でコンビニに寄った。


飲み物を一本買う。


電車に乗る。


座れた。


スマートフォンを開く。


友人から店の候補がいくつも送られてきている。


「多いな。」


一つずつ見る。


二つに絞って返した。


そのまま画面を閉じようとして、湊とのトークが目に入った。


璃子の指が少し止まる。


開かなかった。


電車の窓を見る。


暗くなり始めた街が流れていた。


璃子は少し笑った。



---


数日後。


璃子は仕事帰りに友人と会った。


食事をした後、友人の買い物に付き合う。


「これどう?」


試着室から出てきた友人が、その場で一度回った。


璃子は少し離れて見る。


「かわいい。」


「ほんと?」


「うん。でもさっきの方が好き。」


「やっぱり?」


「こっちも似合ってるけど。」


友人が鏡を見る。


「迷う。」


「好きな方買えば?」


「璃子なら?」


「私なら最初の。」


「じゃあ最初にする。」


璃子が笑う。


「私が決めていいの?」


「参考にしただけ。」


「じゃあ自分で決めたことにしてね。」


「はいはい。」


友人が試着室へ戻る。


璃子は近くに並んでいた小物を見る。


アクセサリー。


小さな花瓶。


用途の分からない置物。


璃子の目が止まる。


一つ手に取った。


角度を変えて見る。


何を表しているのか、よく分からない。


璃子は吹き出した。


「またこういうの。」


棚へ戻す。


「何?」


試着室から友人が顔を出す。


「ううん。」


「今笑ってたじゃん。」


「ちょっと思い出しただけ。」


「何を?」


璃子は少し考えて笑う。


「変な置物。」


「なにそれ。」


「私もよく分かんない。」


「怖いんだけど。」


「怖くないよ(笑)」


友人がまた試着室へ引っ込む。


璃子はさっきの置物を見る。


湊の部屋に置かれたものとは、全然違う形だった。


それでも少し似ている気がした。


何が似ているのかは、分からなかった。



---


海へ行く日は、まだ少し先だった。


その間にも、湊とは普通に連絡を取った。


長く続く日もあれば、二、三往復で終わる日もあった。


ある夜。


璃子が風呂から上がると、湊から地図が送られていた。


『途中ここ寄れそう』


開く。


サービスエリアだった。


『いいね』


送る。


続けて、


『調べてくれたんだ』


少しして返ってくる。


『運転する人だから』


璃子は画面を見て笑った。


焼き鳥屋で自分が言ったことを覚えていた。


『関係あるんだ笑』


『あるらしい』


『じゃあ任せます』


『任されました』


璃子はベッドに座ったまま、画面を見る。


もう返信することはなかった。


スマートフォンを置く。


髪を乾かそうとして、また手に取った。


やり取りを見る。


『任されました』


璃子は少し笑う。


今度こそ置いた。


ドライヤーをつける。


鏡の前で髪を乾かす。


温かい風が頬に当たる。


ふと、焼き鳥屋の夜を思い出した。


湊の言葉そのものより、言われた瞬間の感覚が先に戻ってくる。


胸の奥が少しだけ熱くなるような。


嬉しいのに、どう受け取ればいいのか分からなくなったような。


あの感じ。


璃子はドライヤーを止めた。


鏡を見る。


「……なんであんな嬉しかったんだろ。」


口にしてから、自分の声が思ったより近く聞こえた。


少し考える。


答えは出ない。


またドライヤーをつけた。



---


別の日の夜。


友人と電話をしていた。


『で、海いつ行くの?』


「今度。」


『誰と?』


璃子はベッドに寝転がりながら答える。


「友達。」


『この前映画行った人?』


璃子が少し黙った。


「うん。」


『へえ。仲いいね。』


「仲いいよ。」


『楽しみ?』


「楽しみ。」


今度はすぐに答えた。


電話の向こうで友人が何かを食べる音がする。


『いいじゃん。天気晴れるといいね。』


「ね。」


『雨女じゃなかったっけ?』


「違うよ。」


『前旅行した時めっちゃ雨だったじゃん。』


「あれ私のせいじゃないから。」


『絶対璃子だった。』


「違うって(笑)」


話はそのまま旅行の話へ変わった。


昔行った場所。


食べたもの。


次はどこへ行きたいか。


しばらく話して電話を切る。


璃子はスマートフォンを胸の上に置いた。


天井を見る。


『楽しみ?』


友人に聞かれた時、迷わなかった。


楽しみだった。


それはもう、前から分かっている。


ただ最近、その中に何か別のものが混ざり始めている。


璃子はスマートフォンを持ち上げる。


海の日の予定を見る。


あと数日。


画面を閉じた。



---


前日の夜。


仕事から帰る。


スーパーへ寄った。


朝食用のパンと飲み物を買った。


家に着いて、洗濯物を取り込む。


夕飯を食べる。


テレビを見ながら、友人へ一件返信する。


風呂に入る。


明日の天気を確認する。


晴れ。


気温は高い。


璃子はクローゼットを開けた。


服を見る。


一着取る。


鏡の前で合わせる。


少し考える。


別の一着も取る。


合わせる。


最初の服を見る。


また鏡を見る。


璃子は少し笑った。


映画の日の自分を思い出した。


あの時は三着目に手を伸ばして、自分で可笑しくなった。


今日は二着だった。


「成長。」


自分で言って笑う。


最初の服をベッドの横へ置いた。


鞄の中身を確認する。


財布。


化粧品。


ハンカチ。


モバイルバッテリー。


必要なものを入れる。


スマートフォンが震えた。


湊だった。


『明日予定通りで大丈夫?』


『大丈夫』


『じゃあ迎え行くね』


璃子は画面を見る。


『ありがとう。お願いします☺️』


送る。


すぐに、


『了解。着いたら連絡する』


と返ってきた。


璃子はスマートフォンを置く。


また手に取る。


画面を見る。


今度はトークを少し上へ戻した。


サービスエリアの地図。


焼き鳥屋の夜のやり取り。


『家着いたら連絡して』


指が止まった。


璃子はその文字を少し眺める。


あの夜。


店を出た後の風。


駅まで歩いたこと。


カウンターで湊に言われたこと。


思い出すたび、少しずつ違うところが残った。


最初はただ嬉しかった。


次の日には、自分があんなに照れたことが恥ずかしかった。


何日か経つと、どうしてあんなに嬉しかったのかが気になった。


そして今は。


璃子はスマートフォンを胸元へ置いた。


少し考える。


湊は、自分のどこを見ているんだろう。


その問いが浮かんだ。


すぐにもう一つ浮かぶ。


自分は、湊のどこを見ているんだろう。


璃子は天井を見る。


しばらくして、息を吐いた。


「……考えすぎ。」


スマートフォンを枕元へ置く。


照明を消した。


暗くなった部屋で、目を閉じる。


明日は海へ行く。


そのことを思うと、やっぱり少し笑った。

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