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宇宙の約束  作者: 創
第二部 共有された沈黙
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16/30

第九章 向かい側①



待ち合わせは十四時だった。


璃子は十分ほど早く駅に着いた。


改札を出ると、外から入ってくる熱気に思わず足を止めた。


「暑……。」


駅前の大きな時計の下には、同じように待ち合わせをしている人が何人かいる。


璃子は日陰へ移動して、スマートフォンを取り出した。


十三時五十一分。


画面を閉じる。


ガラス張りの建物に、自分の姿が薄く映っていた。


髪に触れる。


少し整えて、手を下ろす。


数日前、クローゼットの前で何着も服を合わせていた自分を思い出した。


「……。」


璃子は少し笑った。


もう一度スマートフォンを見る。


十三時五十三分。


さっきから時間ばかり見ている。


「早く来すぎた。」


そう呟いたところで、遠くから歩いてくる湊が見えた。


向こうも璃子に気付く。


軽く手を上げた。


璃子も手を上げる。


「お待たせ。」


「早いね。」


「璃子もでしょ。」


「私はちょっと前。」


湊が時計を見る。


「まだ七分前だけど。」


「細かい。」


「待った?」


「待ってないよ。」


湊は璃子を見た。


いつものバーで会う時とは、少し雰囲気が違って見えた。


「なに?」


「いや。」


「なに。」


「今日いつもとちょっと違うね。」


璃子が一瞬だけ自分の服を見る。


「そう?」


「うん。似合ってる。」


「……ありがとう。」


璃子は少し笑った。


「湊もちゃんとしてるじゃん。」


「ちゃんとしてるって何。」


「いつもちゃんとしてないみたいになっちゃった。」


「なってるよ。」


二人で笑う。


朝からどこかにあった璃子の緊張が、少しほどけた。


「映画館、こっちだよね。」


湊が歩き出す。


璃子も隣へ並ぶ。


「そっち。」


「よかった。」


「今日間違えたら帰るからね。」


「厳しくない?」


夏の午後の街を、二人で歩き始めた。



---


映画館に着くと、上映まではまだ少し時間があった。


館内は冷房が効いていて、外を歩いた後には少し寒いくらいだった。


「涼しい。」


璃子が言う。


「生き返るね。」


「外出たくない。」


「映画終わる頃には涼しくなってるでしょ。」


「ほんとかな。」


二人で飲み物を買う。


上映フロアへ向かう途中、原作本が展示されていた。


璃子が足を止める。


「これ、湊持ってるんだよね。」


「持ってるよ。」


「また読む?」


「映画観たら読みたくなるかも。」


「通勤で?」


「たぶん。」


「ちゃんと本読むんだね。」


湊が璃子を見る。


「その言い方、俺が普段何も読んでない人みたいじゃん。」


「なんとなく。」


「またそれ。」


璃子が笑う。


「便利だから。」


上映時間が近づき、二人は劇場へ入った。


席に座る。


ここでも、いつもと同じように横並びだった。


照明が落ちる。


璃子は少し姿勢を直し、スクリーンを見る。


映画が始まった。



---


エンドロールが流れ始めても、二人はしばらく席を立たなかった。


場内が明るくなる。


璃子が湊を見る。


「どうだった?」


湊は少し考えた。


「好きだった。」


「私も。」


「でも最後、変えたね。」


「ね。」


「璃子はあれ好き?」


「好き。」


「即答だね。」


「湊は?」


「俺は原作かな。」


璃子が笑う。


「もう割れた。」


「早いね。」


劇場を出る頃には、二人とも映画の話を始めていた。


「あの最後さ、私は全部言わなかったのが良かったと思う。」


「俺はもう少し見たかったな。」


「でも、あそこで終わるからいいんじゃない?」


「分かるんだけどね。」


「分かってない顔してる。」


「分かってるよ。納得してないだけ。」


「それ分かってないんじゃないの?」


「違うでしょ。」


「一緒だよ。」


璃子が笑う。


湊も笑った。


映画館を出る。


外はまだ明るかった。


昼間ほどではないが、夏の熱が街に残っている。


歩きながら、また別の場面の話になる。


原作では短かった場面が映画では長く描かれていたこと。


脇役だった人物が、思ったより印象に残ったこと。


音楽が良かったこと。


「あの曲よかったね。」


「よかった。あそこ映像も綺麗だった。」


「海のところ?」


「そう。」


「私もあそこ好き。」


信号が赤になる。


二人で立ち止まった。


「なんだかんだ結構好きじゃん。」


璃子が言う。


「好きだよ。最後に文句言ってるだけ。」


「一番面倒な客だ。」


「ちゃんと褒めてもいるから。」


青になる。


二人はまた歩き出した。



---


気付けば十八時を過ぎていた。


「お腹空いた。」


璃子が言う。


「俺も今言おうと思ってた。」


「何食べる?」


「璃子は?」


「なんでもいい。」


湊が足を止める。


「出た。」


「なに。」


「一番困るやつ。」


「じゃあ湊が決めて。」


「それも困る。」


「なんでよ。」


「外した時、俺の責任になるじゃん。」


「ならないよ。」


「ほんと?」


「たぶん。」


「たぶんなんだ。」


璃子が笑う。


少し歩いた先に、小さな店があった。


璃子が中を覗く。


「ここ良さそう。」


「入ってみる?」


「うん。」


二人は店に入った。



---


料理が来る頃には、映画の話も少し落ち着いていた。


「おいしい。」


璃子が言う。


「当たりだったね。」


「私が見つけたからね。」


「さっき責任放棄してた人が。」


「結果が良ければいいの。」


湊が笑う。


料理を食べながら、話は仕事のことへ移っていった。


「最近は落ち着いた?」


湊が聞く。


「少しね。この前までは結構忙しかった。」


「連絡した日も疲れてたもんね。」


「そう。あの日ほんと疲れてた。」


「ちゃんと早く寝た?」


璃子が少し考える。


「……たぶん。」


「絶対寝てないじゃん。」


「動画見てた。」


「ほら。」


「でもちょっとだけ。」


「それが長くなるんだよ。」


「お母さんみたい。」


「もう心配しない。」


「それはやだ。」


璃子がすぐに返した。


湊が一瞬、璃子を見る。


璃子は料理を一口食べる。


「……心配はして。」


湊が笑った。


「分かった。」


「適度にね。」


「注文多いな。」


「大事だから。」


二人で笑った。


少しして、璃子が聞いた。


「湊は最近どうなの?」


「仕事?」


「うん。」


「普通かな。忙しい日はあるけど。」


「湊って仕事の話あんまりしないよね。」


「そう?」


「聞けば話すけど、自分からはあんまり。」


湊は少し考えた。


「仕事してる時は仕事のこと考えてるけど、終わったらあんまり持って帰りたくないのかも。」


「切り替えられるんだ。」


「前よりは。」


「前は違った?」


「もっと全部一緒だった気がする。」


璃子が湊を見る。


「仕事も?」


「仕事も、人間関係も。考え始めるとずっと考えてた。」


「今は?」


「考えても分からないことは、分からないままでいいかなって。」


璃子は少し笑った。


「湊っぽい。」


「どっちが?」


「今の方。」


「昔の俺知らないでしょ。」


「知らないけど。」


「じゃあ分かんないじゃん。」


「なんとなく。」


湊が笑う。


「また出た。」


「でも、そう思う。」


璃子はそれ以上聞かなかった。


湊も続きを話さなかった。


料理を食べる。


少しして璃子が、仕事であったくだらない出来事を話し始めた。


湊が笑う。


話はまた別のところへ移っていった。



---


店を出ると、外はすっかり夜になっていた。


昼間の暑さは残っている。


けれど陽がないだけで、歩きやすかった。


二人は駅の方へ向かう。


「今日結構歩いたね。」


璃子が言う。


「歩いた。」


「ちょっと疲れた。」


「じゃあ帰る?」


璃子は少し考えた。


「……まだ帰らなくてもいいかな。」


湊も少し笑った。


「俺も。」


二人はそのまま歩く。


しばらくして璃子が言った。


「どうする?」


湊が璃子を見る。


「行く?」


璃子も笑う。


「行こっか。」


どこへ、とは言わなかった。


二人は駅へ向かっていた道を外れた。


いつものバーへ続く道を、並んで歩いていった。

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