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宇宙の約束  作者: 創
第二部 共有された沈黙
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14/30

第七章 少しだけ鮮やかに①



週が明けると、璃子の日常はいつもの調子に戻っていた。


朝、駅のホームで電車を待つ。


まだ早い時間なのに、日差しはすでに強かった。


電車が来ると、冷房の効いた車内へ乗り込む。


会社に着けば、昨日までと同じ仕事が待っている。


午前中はほとんど席を立てなかった。


昼休みも少し遅くなった。


「やっと食べられる。」


同僚が向かいに座りながら言った。


「ほんと。今日長い。」


「まだ半分だけどね。」


「それ言わないで。」


二人で笑った。


食事をしながら、最近入った人の話や、上司の話をする。


「そういえば、来週休み取ってたよね。」


「うん。」


「どっか行くの?」


「映画。」


「いいな。何観るの?」


璃子が作品の名前を言うと、同僚が少し考えた。


「あ、それ小説のやつ?」


「そう。」


「一人で?」


璃子は水を飲んでから答えた。


「友達と。」


「へえ。」


同僚はそのまま、昨日買ったサンダルの話を始めた。


「ネットで見た時は絶対かわいいと思ったんだけどさ。」


「失敗した?」


「歩くたびに痛い。」


「最悪じゃん。」


「しかも結構高かった。」


璃子が笑う。


「それは履くしかないね。」


「でしょ? 意地でも履く。」


昼休みが終わる頃には、二人とも午後の仕事の話をしていた。



---


数日後。


仕事を終え、璃子は友人と電話をしながら駅へ向かっていた。


「だから、それはそっちが悪いって。」


『なんでよ。』


「待ち合わせに四十分遅れたんでしょ?」


『でも連絡したよ。』


「三十分遅れてからでしょ。」


電話の向こうで笑い声がする。


璃子も笑った。


「それは連絡したって言わないから。」


『璃子はそういうのちゃんとしてるよね。』


「普通でしょ。」


『普通じゃない人もいるんです。』


「知ってる。」


話はそのまま、最近買った服の話に変わった。


友人が写真を送ってくる。


璃子は信号待ちで画面を開いた。


「かわいいじゃん。」


『でしょ?』


「こっちの方が好き。」


『えー、そっち?』


「絶対そっち。」


しばらくそんな話をして、駅の近くで電話を切った。


「じゃあまたね。」


スマートフォンを鞄へ入れる。


夕方の商店街には、仕事帰りの人が増えていた。


店先で風鈴が鳴っている。


少し先を、小さな女の子と母親が歩いていた。


女の子は何かを見つけるたびに足を止め、そのたびに母親の手を引いている。


母親も立ち止まり、女の子が指差す方を見る。


二人で顔を見合わせて笑った。


璃子はその後ろ姿を見ながら歩く。


なんとなく、いいなと思った。



---


小さな雑貨屋の前を通った。


ガラス越しに、器や小物が並んでいる。


夕陽が店の奥まで差し込み、いくつかのガラス製品に反射していた。


璃子は少しだけ歩く速度を落とした。


ふと、以前バーで湊が話していたことを思い出す。


同じものを見ていても、人によって見えているものは少し違う。


だから誰かの話を聞くと、自分だけでは気付かなかったものが見えることがある。


そんなことを言っていた。


璃子は店の中を見る。


色の違うグラス。


小さな花瓶。


何に使うのかよく分からない置物。


一つずつ眺めながら、湊の言葉を思い返した。


自分なら「なんかいい」で終わるようなものを、湊は時々、きれいに言葉にする。


璃子は少し笑った。


「……素敵なのかも。」


口に出した瞬間、璃子は周りを見た。


誰もこちらを見ていない。


少し笑って、そのまま駅へ向かった。



---


翌日は朝から電話が続いた。


午後には予定になかった仕事まで入った。


夕方、ようやく席へ戻ると、同僚が小さな菓子を机の上に置いた。


「糖分。」


「ありがとう。」


「顔死んでるよ。」


「そっちもね。」


「お互い様か。」


璃子は袋を開けた。


「これおいしい。」


「でしょ。最近ずっと食べてる。」


「太るよ。」


「今それ言う?」


二人で笑って、また仕事へ戻った。


外へ出た頃には、もう暗くなっていた。


駅へ向かいながらスマートフォンを見る。


湊からメッセージが来ていた。


> 今日も暑かったね。仕事おつかれ。




璃子は歩きながら返信する。


> おつかれ☺️

今日はほんと疲れた笑




少しして返事が来た。


> じゃあ今日は早く寝な笑




璃子は画面を見て笑った。


> そうします!




信号が青になる。


璃子はスマートフォンを鞄へ戻し、人の流れに混じって横断歩道を渡った。



---


休日。


午前中に掃除をして、洗濯機を回した。


昼は冷蔵庫に残っていたもので簡単に済ませた。


午後はテレビをつけたまま、乾いた洗濯物を畳んでいた。


スマートフォンが鳴る。


先日電話していた友人からだった。


写真が一枚送られている。


> やっぱこっち買った




璃子は写真を拡大した。


> そっちにしたんだ笑

でも似合いそう




すぐに、


> でしょ?




と返ってきた。


璃子は笑って、スマートフォンを置く。


テレビでは映画の予告が始まっていた。


聞き覚えのあるタイトルに顔を上げる。


今度観に行く映画だった。


予告が終わると、璃子はスマートフォンを手に取った。


カレンダーを開く。


上映時間。


待ち合わせの時間。


画面を閉じる。


洗濯物を持って立ち上がり、クローゼットへ向かった。


服をしまっている途中で、一着を手に取る。


鏡の前で合わせた。


少し見る。


「……違うかな。」


戻す。


隣の服を取る。


今度は横を向いて見る。


それも戻した。


三着目に手を伸ばしかけて、璃子の手が止まった。


鏡の中の自分と目が合う。


少し間があった。


璃子は吹き出した。


「まだ先なのに。」


クローゼットを閉めた。



---


夜。


風呂から上がり、髪を乾かす。


テレビではバラエティ番組が流れていた。


スマートフォンが光る。


友人から、くだらない動画が送られてきた。


璃子は途中まで見て笑った。


> なにこれ笑




返信して、スマートフォンを置く。


髪を乾かし終え、ドライヤーを止めた。


窓の外から車の走る音が聞こえる。


鏡を見る。


雑貨屋の前で一人で呟いたことを思い出す。


少し恥ずかしくなって、また笑った。


クローゼットの前で何着も服を合わせていた自分も思い出した。


璃子は鏡の中の自分を見る。


また笑っている。


「なんだか今日は、一人なのによく笑う日だ。」


窓の外では、まだ夏の夜が続いていた。

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