8 イケボな騎士
ディンベル=グランジオール
オルグレン王国の公爵家の嫡男で、第一騎士団の副団長。水属性の魔力持ちだけど、魔法は得意ではないようで、魔法を使っているところを見た事はない。第一騎士団の副団長だけあって、武術に関してはトップクラス。
多分、私より年上で、第一印象通り、視線はいつも冷たくてピリピリした空気を纏っていて少し近寄り難い雰囲気があるけど、何よりも声が良い。本当に声が良くて困る。ふいにこの声を聞くと体が震えてしまう。モモンガでいると聴覚も良くなるせいか、より一層声に反応してしまう。
近寄り難いとは言っても、イケメンなんだろう。騎士団の公開訓練の日には、この人への差し入れや見学者で溢れかえっている。
でも、本人は至って無関心で、差し入れは後輩に受け取らせ、令嬢に声をかけられても簡単に挨拶だけして立ち去る。恋人や婚約者の存在は、今のところ確認できていないけど、女性の影はチラチラ見えるから、困ってはいないんだと思う。
そんなディンベル様は、時々モカの護衛に付く事がある。モカ付きの聖騎士ルーベンさんが不在の時。モカも最初はディンベル様を怖がっていたけど、私を可愛がってくれているのを見てからは、怖くなくなったようだ。
『もふもふを可愛がる人に悪い人はいない!』
らしい。
とにかく、ディンベル様は本当に声が良い。纏っている空気が冷たくても、ディンベル様の傍に居ると不思議と落ち着く。お父様やお兄さん達と雰囲気が似ているからなのか?
そして今、そんなディンベル様の手の中に収まっているのだから、眠気に襲われても仕方無い。この手がまた、大きくて温かくて気持ちいい。
「やっぱり眠いのか?」
『……』
うとうととしながら、ディンベル様の指に絡みつく。
「……暫く寝るといい……ふっ……」
『……』
なんとなく、ディンベル様が笑ったような気がしたけど、眠気に逆らう事ができず、私は目を開ける事なくそのまま眠りに落ちていった。
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次に目を覚ました時には、もうディンベル様は居なくなっていて、私はモカの部屋の寝床に居た。そして、そこにリンゴのドライフルーツが置かれている。ディンベル様だ。いつも、私に構ってくれる時にリンゴのドライフルーツをくれる。一度、昆虫を持って来た時もあったけど、全身全霊で拒否した。モモンガであってモモンガじゃない私は、昆虫なんて食べない。食べられない。そんなやり取りを繰り返すうち、私の好みを把握したディンベル様は、それ以降ドライフルーツをくれるようになった。
正直、見た目とは違って本当に優しい人だなと思う。そして、しつこいけど、本当に声が良い。
「あ、マヒナ起きてたんだね」
『モカ、訓練の途中で寝ちゃってごめんね』
「謝る必要はないよ。モモンガって、夜行性なんでしょう?本当はお昼には弱いって……私の方こそごめんね」
モカも本当に良い子だ。女神に選ばれた聖女だから、国王と同等の身分であるのに、その謙虚さは変わらない。それに努力家。それなのに、どうしてなのか──
『いつも周りを男で囲っている』
『侍女にはキツくあたっている』
『ある令嬢が、婚約者が聖女と2人きりでお茶をしていたと泣いていた』
なんて、意味の分からない噂がチラホラ出て来ている。そんな噂は真っ赤な嘘、でたらめだ。どうしてそんな噂が出るのかサッパリ分からない。
周りを男で囲っている──勿論、護衛として付いている聖騎士は男性だけど、囲っているのではなく、彼等は仕事をしているだけ。
侍女にキツく──あたっているところなんて見た事がない。寧ろ、モカが侍女達に気を使っているぐらいだ。
男性と2人きりでお茶──する時間なんてない。毎日訓練をしていて、休みの日には本を読んで静かに過ごすか、私を連れて王城内の庭園を散歩するかで、街に出る事も殆どないのに。
ハルキとライオネルと3人でお茶をする事はある。3人での様子をみていると、男女の付き合い──距離感は、私達獣人と同じような感じだと思う。獣人は、人間のように男女の物理的な距離に煩くはない。人間は、男女が2人だけで話すだけでも、尾ひれが付いて大事になる事もある。特に、それは貴族社会では顕著だ。おそらく、その変な噂も、モカの異性との距離感の違いからきているものかもしれない。そして、これは、モカが気にしていた事の1つだ。
『男に目がないとか言われたらどうしよう……逆ハーなんて望んでないのに!』
私が人の姿に戻れたら、そんな噂話なんて払拭して一掃できるのに。相変わらず戻れる気配が一切ない。“お助けキャラ”な私なのに、モカを助けられない私って、一体なんの為にここに居るのか。巻き込まれる必要があったのか?
ー私は、何故ここに居るんだろう?ー




