34 好きな女の子
アルミリオン王国の南の辺境地、クレマチス家の敷地内にある白木蓮の木には、母の為に父が作った寝床があって、そこは私の一番のお気に入りの場所だった。出入り口となる穴はとても小さくて、母と私がモモンガの姿でしか通れないから、父も兄達も入る事もできない。高い位置にあるから、簡単に覗く事もできないから、1人でゆっくり寝るのに最適の場所だった。だから、その場所が恋しい。アルミリオンの家に帰って、その白木蓮の寝床で眠りたい──それを願っていたはずなのに。
『俺の手の中で寝ればいい』
ゴツゴツとした大きな手だけど、温かくて安心できる場所。目覚めると篭の中だったりすると、少し寂しく感じたりもしていた。だから、目覚めた時も手の中だっ時は嬉しかった。でも、私がアルミリオンに帰ったら?アルミリオンからここに来るのは一瞬だった。でも、本来なら何日も何週間もかかる距離がある。陸続きにもなっていないから、アルミリオンに帰ってしまえば、いつまたオルグレンに来られるか分からないどころか、もう二度と来る事がないかもしれない。それは、もうディンベル様と会えないかもしれない──という事だ。
ー私は、ディンベル様の温もりを忘れて次に進められるのかなぁ?ー
好きだと自覚したのも最近で、自覚したからといって、どうすればいいかも分からないのに、次の事を考えられるはずがない。ただ、ディンベル様と離れるのは寂しいという事は分かる。
「帰りたくない理由は何?」
「え?あ……帰りたくないわけじゃなくて……」
「ディンベル様?」
「なっ!?」
「俺じゃ駄目?」
「え?」
エリゼオが、私の髪をそっと撫でる。
「オリアナよりも強くなったら伝えようと思っていたんだけど……好きなんだ、オリアナの事が」
「あ……」
「でも、無理強いするつもりはないし、オリアナが、俺の事を恋愛対象として見ていないって事は分かってるからね。ディンベル様を見てる事も分かってる」
「ご……ごめんなさい………」
「返事が早過ぎて辛いな……」
「ゔっ……」
まさか、エリゼオの好きな子が私だとは思わなかった。そんな目で見られていたんて思わなかった。
「オリアナが気付かなくても仕方無い。俺も、そういう態度をとってなかったからね。オリアナの傍に居たくて、でも逃げられたり拒否られたりするのが怖くて、兄のように接していたから、自業自得と言えばそれまでだ」
「エリゼオ……」
エリゼオの言う通り、エリゼオは私にとって“兄のような存在”でしかない。好きは好きでも、父や兄達に抱いている好きと同じもので、ディンベル様が好きとは全く違うものだ。
「変な気遣いはするなよ?ただ、これからも“兄として”傍に居ても良い?」
「勿論、私としては嬉しい事だけど……」
「うん。それじゃあ、これからもよろしくな」
いつものように明るく笑うエリゼオ。ディンベル様と出会う前に、その気持ちを知っていたらどうなっていたのか──今更考えても仕方無い。
「こんな俺から言われても──だろうけど、気持ちは言わないと伝わらないし、伝えないと何も変わらない。後悔しないようにね」
「エリゼオ……ありがとう」
私が召喚に巻き込まれてオルグレンに来ていなかったら、エリゼオの事を好きになったかもしれないけど、ディンベル様と会って好きになってしまったから、私がエリゼオの手を取る事はない。
ディンベル様も私の事は好意的に思ってくれて──好意を寄せてくれていて、言葉にもしてくれた。なら、私もちゃんと言葉にしないと伝わらない。
ーこのままだと帰れないー
「エリゼオ、私、ちょっと行かなきゃいけないから行ってくる!」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
*エリゼオ視点*
オリアナは、一度も振り返る事なく、俺に背を向けて走って行った。
「ホントに……清々しいほどだな」
俺に対して、恋愛感情が全く無い事は分かっていたし、そう思わせていたのも俺自身だ。でも、いつかは──と甘い考えもあった。オリアナが、アルミリオン王国どころかクレマチスから出る事がないと思っていたから。まさか、他国の召喚に巻き込まれて捕らわれるなんて思ってもみなかった。そんな事がなかったら──
「なんて、甘過ぎる考えだったな」
「そうだね、甘過ぎる考えだったな」
「オルフェオ……いつから……」
「『リナルドが女の子に夢中になるとは思わなかった』辺りから」
「そんな前から居たのか!?」
「俺とリナルドは、なんとなく気付いていたけどね?馬鹿な奴だなぁ……と思ってたよ」
「そうか……その通りだな」
フッと笑うと、オルフェオが俺の肩を優しく叩く。俺が仕える主ではなく、幼馴染み、友としての優しさだ。
「エリゼオが義弟にならなくて残念だ。義弟になったら、色々と弄られたのにな」
「オルフェオ……」
「よし、今から手合わせでもするか?」
「そう……だな」
と、俺はオルフェオと一緒に訓練場へと向かった。




