24 聖女の裏側
*ディンベル視点*
「ディンベル!」
名前を呼ばれたが、振り返る事も返事をする事もなく歩みを進めた。困惑しているオーランドには申し訳ないが、俺が聖女の相手をする事はない。
クラリーチェ=アズバルト
同じ公爵とあって、婚約の話が持ち上がった事があった。彼女が12歳で、俺が18歳の時だった。年の差6歳は貴族社会においては、特に問題になるような年齢差ではなかった。
それでも、正式な婚約を交わす前に、アズバルト公爵から断られて、婚約の話はなくなった。王太子妃候補に上がったからだった。
『公爵夫人より王太子妃の方が、私には合っているわ』
と、彼女がいつかの夜会で話していたのを耳にした。
『同じ年上のおじさんなら、王太子殿下を選ぶに決まってるわ。剣を振るうしかできない男性は要らないわ』
正式に婚約する前に断ってくれて、本当に良かったと思っている。
それが、王太子の婚約者には、今の王太子妃ペルラ様がなり、同じ頃に聖女の力が増して筆頭聖女となり、彼女は神殿で過ごすようになったから、会う事はあっても会話をするような事はなかった。
なのに、俺が第一騎士団の副団長になった頃から、俺に話し掛けて来るようになった。本当に分かりやすい女だった。
『ディンベル様を落とすのは誰か』
『公爵夫人と第一騎士団の副団長の嫁という立場が得られる。何よりも容姿が良いから、たとえ冷たい人でも問題無い』
優良と見做された俺に執着しだした。ただただ優越感を得る為に。そこに、愛情は勿論、敬意もない。聖女という身分を笠に驕っているだけ。当たり前のように『ディンベル』と呼ぶようになり、事ある毎に護衛の指名をされたりもする。
彼女は偽るのが上手い。他人を操作するのも上手い。自分の手を汚さずに、他人を上手く誘導する。
『クラリーチェ様は筆頭聖女に相応しく、清廉潔白』
「どこがだ」
と呟けば、手の中のモモンガの体がピクッと反応した。起こしてしまったか?と思って覗いてみると、スヤスヤと心地よさそうに寝ていた。相変わらず可愛い。
オリアナ=クレマチス
モモンガでも人の姿になっても可愛い。“唯一の姫”として育てられたようだが、傲慢な所は全く無かった。おまけに、かなりの実力者。一度手合わせをお願いしたいぐらいだ。
俺を目の前にしても、見惚れる事も怖がる事もない。ただ、不意に声を掛けたりすると過剰反応する事がある。ひょっとしたら、俺の声が、オリアナに何らかの影響を与えているのかもしれない。オリアナとは6歳の年の差があるが、俺に遠慮がないような気がする。それは、オリアナが実力主義の獣人だからだろう。そんなオリアナに、俺も気が緩んでいる自覚がある──というか、興味があるし好意的な気持ちがある。
ーオリアナとなら、楽しく過ごせるような気がするなー
俺の両親は恋愛結婚だったから、今でも夫婦仲が良い。だからか、俺も、恋愛は無理でもお互い敬意を払える相手と結婚したいと思っていた。その相手が、オリアナなら──
「あ、リアはこんな所に居たのか」
「オルフェオ様」
「リアは、随分とディンベル様には気を許しているんだね」
俺の手の中で寝ているオリアナを見るオルフェオ様の目は優しい。如何に彼女が大切な存在なのかがよく分かる。
「お渡しした方が──」
「そのままで良いですよ。気持ちよさそうに寝ているのを、起こすのは可哀想だから」
「分かりました。それで、ここにはオリアナを探しに?」
「いや、ディンベル様と話がしたくて、探しに来たんです」
「俺と話を?」
「聖女モカ様から『ディンベル様がマヒナによくしてくれていた』と聞いたから、お礼もしないといけないと思って」
ニッコリ笑うオルフェオ殿。この類いの笑顔は、言葉通りの意味に受け取ってはいけない笑顔だ。勿論、話をしたいという事は嘘じゃない。そりゃそうだ。逃げようとしたオリアナを、一番最初に捕らえたのが俺だったから、その辺りも含めて、今までのオリアナと俺の話が聞きたいんだろう。
「これから時間があるようなら、どこかに移動して話しますか?」
「そうだね……それじゃあ、あそこのベンチでも良いですよ」
俺とオルフェオ様は、庭園の奥にあるベンチに座って話をする事になった。
改めて一通りの話をして謝罪をすると、オルフェオ様はアッサリと謝罪を受け入れた。受け入れを拒否されたり、決闘の申し込みでもされるのかもと思っていたから、少し驚いた顔をしていたんだろう。
「すんなりと受け取って驚いたってところかな?確かに、腹立たしい気持ちはあるけど、リアが赦しているなら、もう俺がどうこう言う権利はないからね。それに……リアはディンベル様に気を許してるみたいだから、俺が手を出したりなんかしたら怒られそうだしね」
「気を許してもらえてるんだろうか?」
「クレマチス家は家族仲が良いけど、リアが誰かの手の中で爆睡するって事は滅多にないんだ」
手の中のオリアナに視線を向けると、そこには爆睡中のモモンガが居る。普通に会話をしているけど、目を覚ましそうにもない。
「きっと、その手の中が安心するんだと思う。正直、かなり悔しいけど、リアに安心する場所ができたという事は嬉しいし、ディンベル様の実力があれば、何も言う事はないから──と言っても、ディンベル様に強制したりはしませんけど」
「あ……いや……俺も、オリアナの事は好ましく思ってます」
「なら良かった。ただ……父がどう出て来るかは微妙だけど、リアが何とかするでしょう」
と、オルフェオ様が苦笑した。




