23 寝床
王城の敷地内にも大きな木はいっぱいある。いっぱいあるけど、穴が開いている木はない。クレマチスにある、穴の開いた白木蓮の木が恋しい。
「オリアナ?」
『っ!?』
その声に体が反応する。聞き間違える事はない。私が今立っているのは木の上で、その木の下に視線を向けると、やっぱりディンベル様が居た。スルッと木の上から飛び降りて、地面に着地をする寸前で人の姿に戻った。
「こんにちは」
「こんにちは。流石はモモンガだな。身が軽いんだな。散歩でもしていたのか?」
「散歩しながら寝床を探してたんですけど、寝床は見つかりませんでした」
「ははっ……流石に王城の木に穴は開いてないだろうな」
モモンガじゃなくても、この笑顔を見れるとは思わなかった。どんな綺麗な令嬢に言い寄られても無表情だったディンベル様。笑顔も好きだけど、あの無表情でイケボで囁かれるのも嫌いじゃない。
「そういえば、オリアナはよく俺の手の中で寝ていたな。また、手を貸そうか?」
「言い方!そんな言い方だと、勘違いされますから!!」
「勘違い?本当のこ──」
「うわーぁっっ!!」
ーえ!?ディンベル様って、こんな人だった!?ー
「本当に、その言い方だと勘違いされますよ」
と、あわあわしている私と、その私を笑って見ているディンベル様に声をかけて来たのは、筆頭聖女のクラリーチェ様だった。
「そんな事を言うと、彼女が誤解を受けますよ」
「嘘じゃないけどね」
確かに嘘じゃない。でも、それはモモンガだったからで、人の姿じゃない。
それにしても……美男美女は目の保養になる。2人とも公爵で筆頭聖女と騎士団の副団長。全ての釣り合いが取れている。でも、2人共に恋人も婚約者も居ない。
「それで、聖女様はどうしてここに?」
「今日は王城でモカ様とお茶をする約束をしているの。少し早く着いてしまったから、庭園を見てから行こうかと思って。そうしたら、ディンベルが居るのが見えたから、声をかけたのよ」
と言うと、クラリーチェ様が私にチラッと視線を向けた。
ーあぁ、そういう事かー
どうやら、私は邪魔者らしい。クラリーチェ様が名前で呼ぶぐらいだから、2人は仲が良いんだろう。
「それじゃあ、私はここで失礼しますね」
と言って、私はまたモモンガになって木に登る為に走り出し────
『キュッ!?』
「どこに行くんだ?」
何故か、ディンベル様に捕まった。
召喚された時みたいな無遠慮な鷲掴みではなく、両手で優しく持ち上げられている。
「寝床がないなら、ここで良いだろう?」
『キュキュ……』
それは、とても魅力的なお誘いだけど、流石に獣人だとバレた今だと恥ずかしい。木の寝床がなくても、部屋に戻ればフカフカの寝床がある。モモンガの姿のままだから、ディンベル様の手をペチペチと叩いて首を横に振ってからクラリーチェ様に視線を向ける。
“私の事はいいから、クラリーチェ様とどうぞ”
「そうか、ここで寝るんだな。聖女様、俺達はここで失礼します」
「ディンベル!できれば──」
「案内は不要でしょう?オーランド、後は頼む」
「ディンベル!」
クラリーチェ様がディンベル様の名前を呼ぶけど、ディンベル様はクラリーチェ様に背中を向けて歩き出し、一度も振り返る事はなかった。
ちなみに、“オーランド”とは、聖女クラリーチェ様専属護衛の聖騎士オーランド=ペトリアス様。2人のやり取りで、一番困惑しているのはオーランド様だろう。勿論、私も困惑しているけど。
今までも何度も顔を合わせた事があった2人だけど、言葉を交わすところはあまり見た事はなかった。でも、クラリーチェ様が「ディンベル」と名呼びするぐらいだから、2人は仲が良いのかも?と思ったけど、対するディンベル様の態度は冷たい。名前さえ呼ばなかった。同じ公爵でも、相手は聖女だから、クラリーチェ様に敬意を払っているから──と言えばそうなんだろうけど。
それに、もともとディンベル様は女性には壁を作るタイプで、愛嬌を振りまく事もないから、今の対応が普通だと言えば普通。
クラリーチェ様が、ディンベル様に好意的である事は間違いないだろう。
見た目はお似合いな2人なのにと思う反面、ディンベル様が好意的じゃなくて良かったと思ってしまった。
ー私、好きになってるよねー
『はぁ………』
と、モモンガ姿でため息を吐く。ディンベル様の手の中で。相変わらず安心する場所で、すっぽり収まっていると睡魔がやってくる。おまけにゆっくりと歩いていて、その振動で更に眠気が増してくる。
ー起きるのも怠いし……寝てもいい……よねー
と、起きるのも人の姿に戻る事も諦めて、私は久し振りにディンベル様の手の中で寝落ちした。




