12 近くて遠い
2ヶ月もモモンガの姿のままで、体を鍛えるどころか体を動かす事もあまりなかったから、思うように速く走れない自分がもどかしい。
それでも、全速力で森へと走り続けた。
辺りは少しずつ暗くなっていくけど問題ない。
モカの居る神殿からそれなりに離れているけど、今のところ痛みもない。やっぱり、モカの許しがあれば、離れても大丈夫なようだ。
そうして、辿り着いた森の入り口。嫌な感じはしない。寧ろ、空気が澄んでいるような気がする。森の入り口に立つ木を登り、そこからは木から木へと飛行して移動していく。暫く移動を続けていると、途中で大きな川にぶつかり、そこで道が左右に大きく分かれていた。どっちの道に行くか──。取り敢えず、左の道へと進む。奥に行くほど川幅が広くなり、対岸までの距離も遠くなり、飛行しても届くか届かないかの微妙な距離。飛行を止めて、対岸を見渡す。
ー何かが動いてる?ー
そして、私の視線が捉えたものは──
対岸の林道を、駆け抜けて行く2頭の虎。その後を、1頭の大きな犬が追いかけている。
ー間違いないー
私が間違えるはずがない。あの日からずっと、会いたいと──帰りたいと思っていた場所だったから。それなのに、声も出せないし戻る事もできない。何より、全速力で追いかけても追いつく可能性は皆無。きっと、気付いてももらえない。
ー私はここに居るのに!!ー
あっという間に3頭の姿が小さくなって、私は立ち止まって見送る事しかできなくなった。
ー帰りたいー
一体どうしてこうなったのか。何がどうなっているのか分からない。元の姿にさえ戻れたら、何とでもする自信はあるのに。
『マヒナ』
『──っ!!』
頭の中に響く、その声。その名を呼ばれると、私の体は勝手にその声のもとへと吸い寄せられてしまう。
ー魔法なんて……クソ食らえ!ー
心の中で、悪態をついた。
******
名前を呼ばれると、転移魔法が展開されるようで、気が付けば、私は神殿に戻って来ていた。
「本当に、名前を呼ぶと戻って来るのね」
「はい。これで、いつでもマヒナを傍に置く事ができますよ」
『……』
モカの傍に、コルラードが居た。
「マヒナ、呼び出してしまってごめんね。帰りが遅いから心配していたら、コルラードさんから、マヒナには護る為に魔法をかけてあって、名前を呼ぶと戻って来るって聞いて……」
『大丈夫……』
何が『護る為』なのか。
『禁忌の従属の魔法をかけてあるから』なんて言えないよね。モモンガの私がコルラードを睨みつけても、コルラードはほくそ笑むだけ。
「お腹は空いてない?」
『大丈夫……疲れたから、もう寝ようかな』
「分かった。私も部屋に下がるわ。コルラードさん、ありがとう。失礼します」
「モカ様、今日も1日お疲れ様でした」
部屋に戻るとすぐ『おやすみなさい』と言って、寝床となっている籠に潜り込んだ。
あの2頭の虎は、オルフェオ兄さんとリナルド兄さんだった。あの犬も───
ー気付いてもらえなかったー
何故か声も出なかった。声が出たところで、届かなかっただろうけど。
名前を呼ばれていなかったら、一か八かでも、対岸まで飛行しようと思ったのに。
目の前に居たのに。
『兄さん……』
悲しいけど、これでハッキリした。派遣されて来た騎士の中に兄達が居る事。明日、王城に帰ったら会えるかもしれないという事。
その希望だけを持って、私は眠れない夜を過ごした。
*******
神殿から王城に帰って来ると『獣人達と面会していただきます』と言われ、少し休憩した後、面会の場に向かうモカに付いて行こうとすると──
「マヒナは絶対に部屋から出たら駄目よ」
『え?何で?私も──』
「マヒナのお願いでも、今回だけは駄目よ。マヒナの事が大切だから」
『大切?どういう──』
「とにかく、獣人達が王城に居る間は、外出禁止だからね!それじゃあ、行って来るね」
『モカ!?待って───』
パタンッ──と、私の目の前で扉が閉じられた。
ー何で?ー
獣人が王城に居る間って?外出禁止って?私が大切なのと、どんな関係があるの?私が大切と言うなら、私を傍に置いておけばいいんじゃないの?私はただ、兄さん達に会いたいだけなのに。
ピョンッと跳ねてドアノブを引っ掛けて扉を開ける。言われたまま素直に引き下がるわけにはいかない。キョロキョロと辺りを見回して、誰も居ない事を確認して、ゆっくりと部屋を出た。
『っ!?』
すると、手足がピリピリと痛みだした。
“従属の魔法”の発動だ。
『外出禁止』
主からの命令だ。モカに自覚はない。自覚はなくても、従属の魔法がかけられているから、発動しているんだろう。そうなると、もう部屋に戻るしかない。
同じ場所に居るのに
少し走って行けば会えるのに
『“お助けキャラ”って何?』
他人を助けてあげられるのに、私は誰も助けてくれないの?お助けキャラに、お助けは要らないの?独りでも平気だと?
私の中で何かが切れた事には、この時の私は気付いていなかった。




