10 チャンス
痛みを堪えながらモカの方へと歩いていると、モカに近付くにつれて痛みが和らいでいく。
ー本当に、従属の魔法をかけられてるんだー
一体どれぐらいの距離が離れると痛みが出るのか。『逃げる』と思わなくても発動するのか。今迄だって、モカが外で訓練中で、私は部屋で寝ていたりもした。ただ単に距離が離れただけで発動したら、おちおち昼寝する事もできない。この魔法の事を口にはできないから、少しずつ確認していくしかない。
そうして、モカ達の居る所まで戻って来ると、モカ達は庭園のガゼボでお茶を飲んでいた。モカ、ハルキ、ライオネル、クラリーチェ様以外に、令嬢3人と令息が2人座っている。しかも、令嬢3人のうちの1人が、モカの専属護衛のルーベン=トリスタンの婚約者のジェンナ=カサンドラだ。おそらく、ルーベン様が居るから、クラリーチェ様が気を使ってジェンナ様を呼んだんだろう。
そして、残り2人がハルキとライオネルの相手。
令息は、クラリーチェ様とモカの相手。
ーやっぱり顔合わせだよねー
ハルキとライオネルは普段通りに見えるけど、モカの顔は引き攣り気味だ。きっと、また斜め上な思考にはまっているんだろう。
誰も私の存在に気付いていないようだから、このまま少し離れた所にある木の上に登って様子を見る事にする。
「それじゃあ、ハルキ様達の世界には、あまり身分差がなく、男女の差もあまりないという事なんですね」
「そうだね。まだまだ少ないけど、実力があれば、女性でもトップに立つ事ができる」
「妻が働いて、夫が家事をする事もあるし、共働きは珍しい事じゃないね」
ーハルキ達の世界と、獣人の国は同じような感じなのかも?ー
人間は、基本世襲制だけど、獣人や魔族は実力主義。いくら親に力があっても、子供に力がなければ跡継ぎに選ばれない事もある。跡継ぎになれたとしても、実力がなければ家臣に認めてもらえない。我がクレマチス家は、全く問題なくオルフェオ兄さんが継ぐ。
『兄さん………』
帰る──前に人の姿に戻る──前に従属の魔法を解く。早く家に帰りたいのに、難易度が増してどうする!?
「そういえば、獣人の国からも騎士が派遣されて来るというのは本当なんですか?」
「本当です。なんでも、獣人の国でも魔獣が増加傾向にあるみたいで、お互い協力し合おうって事になったみたいです」
「それも、かなりの精鋭が来るって言ってましたよ」
ーかなりの精鋭!?ー
獣人の中でも精鋭部隊となると、真っ先に思い浮かべるのは東西南北の辺境伯と辺境騎士。辺境伯が、自国どころか自領を空ける事は滅多にない。でも、兄さん達なら……あり得る。もし、兄さん達がこの国に来るなら、私がモモンガでも気付いてくれるはず。喩え、兄さん達じゃなくても、同じ獣人なら気付いてくれるかもしれない。
「予定では、来週ぐらいって言ってました。まだ獣人には会った事がないから、楽しみにしてるんです」
と言いながら、ワクワク顔をしているモカとハルキとライオネル。
一応、私も獣人なんだけど、ずっとモモンガだからね……。とにかく、八方塞がり状態から少し光が視えた──といったところか。このチャンスを逃すと、次のチャンスが来るかどうか分からない。
『絶対に逃さない!』
と、私は小さな拳を握って、自分を奮い立たせた。
**アルミリオン王国**
リアが行方不明になってから2ヶ月。
リアは母上と同じモモンガ獣人で、小さくて可愛くて可愛すぎる妹で、クレマチス家唯一の姫。喩えどんな厳しい訓練を受けても、リアが『おかえりなさい』『おつかれさま』と言って出迎えてくれたら、疲れなんて一気に吹き飛んだ。あの日も、怠い会議を終えてリアの所に走って行ったのに。
リアの姿はどこにもなかった。
リアのお気に入りの場所も探したけど、どこにも居なかった。モモンガのリアは小さくて、本気で隠れられたら見付けるのに苦労するけど、でも、必ずリアを見付ける自信があったのに、リアを見付ける事ができないまま2ヶ月が経った。
気丈に振る舞っているが、父上の憔悴ぶりが激しい。最愛の母上を喪っても辺境伯として立ち続けられたのは、リアが居たからだ。父上は、自分自身がリアを探しに行きたいのを我慢して、今は他国と共に淀みや亀裂の対応をしている。その代わりに、リアの双子の兄であるリナルドと、オルフェオとでリアを探し続けている。
そんな中、俺達は人間の国に派遣される事になった。国内に増加しつつある魔獣の対策を指導してもらう代わりに、人間の国の魔獣の討伐を手伝う為だ。
そして、父上から密かに与えられた任務が、『何でもいいから、リナの痕跡を探せ』だった。もう、国内には居ないのかもしれない。なら、国外も探すべきだろう──と。
今は取り締まりが厳しくなり、滅多に獣人が奴隷として売買される事はないだろうけど、もしも──という事もある。ただ、もし、そんな事になっていたら───
「関わった奴は、『いっそのこと殺してくれ!』と願わせるほどの苦しみを与えてやる」




