9.●お出かけという名のデート?
アリアナを助ける日々は、相変わらず続いていた。
危険が迫れば自然と足が向き、俺はいつも気づけば彼女のそばにいる。
日に日にあの四人の位置が、より正確に分かるようになってもきている。
けど、いつ何があるか分からないから、本当はもっと近くで守った方がいいと思っている。
だから一度、提案してみた。
それこそ登下校も昼休みも俺が隣にいたほうが、アリアナを危険から守れるんじゃないかって。
けれど、彼女には丁重にお断りされてしまった。
「ひ、一人の時間も欲しいので……!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとした。
……そうだよな、別に恋人でも何でもない俺がずっとそばにいるとか、周りから見たら絶対に誤解されるだろうし。
アリアナは俺が隠しキャラだとは知らないし。
んで、攻略対象者のわりには、俺地味だし、子爵家だし、特にこれといった取柄もない冴えない男だ。
一方でアリアナは、男爵家だけど、成績は常に上位で、先生の覚えもめでたい。
それに中身はともかく顔だけは極上の四天王と並んでも、見劣りしないくらいには顔立ちも整ってる。
初めて彼女の存在を認識した時はさすがはヒロインって思ったけど……。
アリアナを学園に入ってから何気にずっと観察していた俺は、知っている。
彼女は自分がヒロインだと知っててもその立場に甘んじることはなかった。
勉強してることもよく見かけたし。
可愛いってのは顔の造りもそうなんだけど、なんというか、ちょっとした仕草とか、笑顔の感じとか、持っている雰囲気とか……そんなのが俺的には可愛く思える。
そんな彼女の横に俺がいるのもな。
ずっと一緒とか窮屈だよなとか、微妙に凹みながら独り言を漏らしたら、まさかの俺の声が聞こえてたらしいアリアナに全力で否定された。
「ち、違います! 本当にそんなのじゃなくて」
「あ、いや、もし無理してるんなら、別に遠慮なく言ってもらってもいいんですけど」
「だから違うって言ってるじゃないですか! っ、カインさんにそんな風に思われるのは、辛いです」
「あっ、いやっ、す、すみません……」
半分涙目でそう言われた時、心臓が跳ねた。
疑ったことが申し訳なくてその後平謝りしたら、ようやくアリアナは機嫌が直って、満面の笑みを浮かべて見せた。
「分かってもらえたならいいんです」
その顔が犯罪級に可愛すぎて、思わず腕を伸ばして抱きしめそうになった。
が、耐えた。
……危なかった。
マジでよく耐えたよ、俺の理性。
それでも心配は消えない。
だから俺は、アリアナに気づかれないよう、今は遠くからこっそり見守っている。
これ、俺もあいつらと変わらないんじゃないか、と一瞬思った。
けど、今になってふと妹の言葉を思い出す。
前に妹が、
『カインルートのカインは、ヒロインをずっとこっそり見守ってたんだよ』
と言っていた。
対して俺が、
『それってあいつらと同じじゃん』
と返したら、妹は本気で怒ってたっけ。
『全然違うのっ! あいつらは押しつけがましい愛だけど、カインは違うの! 全然違うんだから。もう、お兄はほんと分かってない。これだから彼女いない歴イコール年齢は……』
……嫌な記憶だ。
できれば最後の一言は思い出したくなかった。
けど、カインルートのカインの行動を今みたいに段階的にしか思い出せないのは、やっぱり偶然じゃない気がする。
この分だとカインルートのエンディングに関しても、いくら俺が記憶の中の妹に問いかけたところで思い出すのは難しいだろう。
まあいいさ。
俺は今の俺にできることをやるだけだ。
――なんてことを考えつつ学園生活を過ごすこと数カ月。
そろそろ普段使いできる新しい上着が欲しいななんて思いたち、俺は王都へ一人繰り出した。
そうしたらまさかのアリアナと遭遇した。
こんな偶然ありなのかと思いつつ、彼女と別れがたくて勇気を出して一緒に行動したいと言ってみたら、嬉しそうに笑って俺の申し出を受けてくれた。
俺の方こそ嬉しくて、これデートみたいだろう! と内心その場で飛び上がりそうだったが、何の脈略もなくその場で飛び跳ねる男ってのは怪しすぎるので、我慢した。
それから二人で店を巡って服を見て、無事二人とも選び終わったところで、休憩がてらカフェに入る。
「いらっしゃいませ」
「二人なんですけど、空いてますか?」
「ええ、どうぞこちらへ」
アルバイトだろうか。
俺と同い年くらいの女性の店員に案内され、俺たちは奥の席に通される。
っていうか、どっかで見たことある気がする。
「さっきの服屋さんの店員さんですよ」
アリアナも同じことを思っていたらしく、聞いたらそう教えてくれた。
確かにそうだな。
すごいな、バイトの掛け持ちかなと思いつつ、いやそれ以外でも見た気がするんだよなぁと、そんなことを頭の隅の方で考えながら、アリアナとしばらく他愛のない会話を楽しんでいた。
アリアナはイチゴのショートケーキを選んでいて、
「イチゴが好きなんです」
と、自分の目の前にやってきたケーキを嬉しそうに頬張っていた。
その姿があまりにも幸せそうで、見ているこっちまで頬が緩む。
……のに。
「あっ」
ぽとり、と小さな音を立て、ケーキの上のメインともいえるイチゴが、皿の外へ転がり落ちた。
アリアナは一瞬で絶望した顔になった。
あんなに嬉しそうにイチゴを食べていたし、一番上のメインのイチゴは最後に取っておくんだってニコニコしてたくらいだから、そりゃ落ち込むよな……。
かわいそうになった俺は、完全に無意識に自分のショートケーキのイチゴをフォークに刺すと、
「よかったら、俺のあるんでどうぞ」
そう言って、まさかのフォークを差し出していた。
……しかも、完全にあーんの形で。
「へ?」
「え?」
真っ赤になって固まるアリアナを見つめ、一体どうしたんだと考えること数秒。
俺は、ようやく自分のやらかしに気づいた。
……待てよ俺、恋人でもないのにあーんとか、普通にヤバいだろ!
何ナチュラルにフォーク差し出してんだよ!
アリアナは俺の妹じゃないんだぞ。
その妹にすら、
『お兄、微妙に気持ち悪い……』
なんてジト目で言われたってのに。
「あっ、その、すみません! つい……」
「い、いえ……大丈夫です」
大丈夫と言いながら、アリアナの顔はイチゴより赤い。
しかし、人のことを言えた立場じゃない。
俺だって同じくらい赤くなっている自覚がある。
そのまま俺は、フォークを差し出した格好で固まってしまった。
これ、どうすればいいんだ。
いや、フォーク出した腕を引っ込めりゃいいんだろうけど、このイチゴは……俺が食べるべきなのか?
でもアリアナにあげられるならあげたいが、ならいったんフォークから外して……とかか?
いやいやそれ以前に、恋人でもない男からイチゴもらって嬉しいのか?
くそ、こんな時どうすればいいのか、彼女なんていたことのない俺には分からない!
心の中の妹に助言を求めてみたが、あいつは鼻で笑ってこっちを見ているだけだった。
内心パニックになっていたら、アリアナが、意を決したように小さく口を開けると。
ぱくっ。
フォークの先端に突き刺さっていたイチゴは、アリアナの口の中に吸い込まれていった。
「……っ」
俺は何も言えず、ただただイチゴの消えたフォークとアリアナの顔を見比べる。
するとアリアナはさらに真っ赤になりながらも、小声で言った。
「お、美味しいです……ありがとうございます……」
多分、俺に恥をかかせないようにしてくれたんだろう。
その優しさが嬉しくて、でも恥ずかしくて、俺もさらに赤くなる。
この状態で平静装って世間話の続きとか無理だ。
互いに向かい合ったまま赤い顔でひたすら固まり続けていたら、ふと周囲の視線に気づく。
なんというか……あらまあ、可愛いわねみたいな、ことを言いながら、昼下がりのマダムたちが柔らかく微笑みながらこっちを向いていた。
ついでに通りかかったあの店員にまでそんな目で見られ、羞恥心は限界を突破しそうだった。
「アリアナさん! そ、そろそろ、出ますか!?」
「はひっ!? あ、そ、そ、そうですね!」
この空間にずっとい続けるのは無理だと判断し、俺たちは急いで残りのケーキとお茶を胃袋に詰め込むと、席を立つ。
「ありがとうございました」
会計が終わり、見送りに来た例の店員が俺にだけ聞こえるような声で、
「彼女さんと仲がいいんですね」
と言ってきたので、
「彼女じゃないです!」
と、にやつきそうになりながらも、小声で否定してから店を去った。
店を出てもしばらくは俺たちの間には妙な空気が漂っていたが、王都を歩いているうちに、ようやく二人とも赤みが引いてきて、いつもの空気に戻った。
こうしてデートもどきは終了したわけだが――。
アリアナと別れた後、唐突に記憶が蘇る。
『王都を散策中に、偶然カインと会ってデートするんだよ! って、お兄私の話聞いてる!?』
『聞いてる、聞いてるってば。だから俺のシャツを引っ張るな』
『服屋に行ってお互いに洋服選んだりしてさ』
『へぇ』
『その後カフェに入ってイチゴのショートケーキ食べたり』
『ほぅ』
『あ、お兄、私もなんだかケーキ食べたくなってきたから買ってきて! お兄のおごりで』
『え、やだよ』
『モンブランとチーズケーキね』
『しかもイチゴショートじゃないのかよ!』
……これ、まんまカインルートのデートイベントじゃんか!
ふと思い出して、足が止まる。
流れも全部同じだ。
ただ、ゲームではあーんの後に、アリアナがパクッと食べるシーンはなかったけど。
その事実が純粋に嬉しくて、胸の奥がじんわり熱くなる。
俺はその余韻を噛みしめながら、ゆっくりと帰路についた。




