8.◯偶然の再会
カインさんとなんとなく交流を深めて、少しだけ距離も近づいたあの日以来、私は、カインさんの協力のもと、四天王からかなりの確率で逃げられるようになっていた。
「アリアナさん、右です」
「えっ、右!?」
例えば、ある日の放課後。
いつの間にか現れたカインさんの指示に従って全力で方向転換した後、近くの空き教室に隠れる。
その直後、角の向こうからオージが本当に出てきた。
彼は、
「アリアナの気配が確かにしたんだが……」
と言いながらも教室の前を通り過ぎて行った。
……危なかった。
あのまま突っ込んでたら、絶対にオージにぶつかって、そのまま抱きしめられてた。
カインさんにお礼を言ってから、私は借りた本を返しに図書室に向かおうとしたんだけど。
「そちらには今日寄らない方がいいです。扉の陰にメガーネが待ち伏せしています。それに部屋の中央部の本棚の角のあたりにもジナーンがいます。ついでに人気のない薄暗い最奥にはキッシも」
「なんで分かるんですか!?」
「なんとなくです。あとさっきから頭の中でいないはずの妹の声も、危険を知らせてくるので」
図書室っていつのまにそんな危険区域になっていたの!?
事情を知らなければカインさんの言ってることは怪しいことこの上ないけど、カインさんの第六感は的中率百パーセントなので、私はその日図書室に行くことはなかった。
翌日、例の三人から、昨日は私を図書室で待っていたのにと言われた。
よかった……。
もしも知らずに足を踏み入れてたら、恐怖のフラグラッシュに巻き込まれるところだった。
私のゲームの記憶はところどころ抜け落ちているので、正直とても助かる。
そんな感じで、私は毎日カインさんの危険察知能力+今この場にいない彼の妹さんの天の声に頼りながら、四天王の魔の手から逃げ続けていた。
確かにカインさんのおかげで、私の学園生活は、安寧からほど遠く恐怖でガタガタ震えてた頃に比べたら、かなりマシにはなっている。
でも――別の問題があった。
「アリアナさん、息が上がってます。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……慣れてきました」
その日もダッシュで四天王から逃走成功直後、肩で息を吐く私の顔を、カインさんが少し心配そうに覗き込んできた。
なんだけど……その距離が、近い。
うん、近いよね……?
この距離、カインさんは無意識だろうけど、間近に彼の顔があると思うと走っていた時と同じくらい動悸が早くなる。
最近、こんな風に心臓がやけにうるさい。
カインさんと一緒にいるだけで、あの四人に迫られた時とは別の意味でドキドキする。
他にも、
「あ、アリアナさん、髪に葉っぱがついてます」
「えっ、あ……」
カインさんがそっと手を伸ばし、私の髪に触れないように気をつけながら、指先で葉っぱを取ってくれた。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
そう言って微笑むカインさんの顔が、どうしようもなく綺麗に見える。
顔の上半分は眼鏡でよく見えないにも関わらず、だ。
カインさんと私は、別に恋人でもないし、友人とも言えるのかどうか。
とにかく、何とも名前の付けがたい関係だ。
それに、彼とはずっと一緒にいるわけじゃない。
カインさんは私がものすごく危ない目に遭ったらいつの間にか現れて、危険がなくなったら去っていく。
カインさんは、私の身を心配してか、自分がそばにずっと張り付いて守ろうかと言ってくれたけど、それは私が断った。
今はカインさんは陰ながら助けてくれているけど、もしも私の隣にずっと彼がいたら、あの四人のことだから絶対にカインさんを排除しようと苛烈な手段に出るに違いない。
いや、出るに決まってる。
私はカインさんに傷ついてほしくないのだ。
けど、それを正直に言ったらカインさんは優しいから、俺なら大丈夫だからという気がした。
だから私は、
「一人になる時間も欲しいので!」
という理由を付けたら、私の意思を尊重して、今みたいに危なくなった気配がしたら駆けつけてくれるようになった。
それ以外にも、ある程度の四天王の出現場所とか現れそうな日時を口頭で教えてもくれた。
大変ありがたい情報で、おかげで彼らとの遭遇率もぐんと減っている。
そんな逃走生活にも慣れてきた頃、休日にちょっとした用事があって王都へ出た。
普段は休日でも気が抜けない。
四人のうちの一人といつの間にかばったり遭遇して、デートするイベントが発生しかねないから。
けれどこの日は、そのイベントが起こらない安全日だとカインさんに教えてもらっていたので、私は足取り軽く散策しながらウィンドーショッピングを一人で楽しんでいると……。
「あれ、アリアナさん?」
「カインさん!?」
まさかのカインさんと遭遇した。
「買い物ですか?」
「は、はい……その、ちょっと、新しいコートを見ようかと」
「最近寒くなってきましたもんね」
それにしても、休日スタイルのカインさんも、制服姿とは違っていてカッコいい。
派手な装いじゃないけど、それがまたいい。
この頃の私は、完全にカインさんへの気持ちを自覚しつつあった。
でも、彼は私を善意で助けているに過ぎないんだし、迷惑をかけているのは事実だしで、私はそれを口にする気はなかった。
それでも、メガネをくいっと直しながら微笑むカインさんを見たら、胸は勝手に高鳴る。
加えて、重複になるけど私服姿のカインさんはカッコいい。
思わず私が言葉を忘れて見惚れていたら、カインさんがわずかに小首を傾げた。
「あの、アリアナさん、俺の顔に何かついてます?」
「ひゃぇっ!? あ、いえ、その!」
さすがに正直に見つめていた理由は言えなかったので、顔にゴミがついてましたよと言ってその場は何とか切り抜けた。
「そうですか、ありがとうございます」
私が指し示した場所に手を伸ばしてゴミを払う仕草をしたカインさんが、はにかむように笑う。
ああ、どうしよう、笑顔が尊いし可愛いしカッコいい。全部がキラキラして見える。
本当は今日、買い物に行くのは億劫だなって思っていたんだけど、来てよかった!
でも、カインさんも用事あるだろうし、今日はこのままお別れかなと肩を落としていたんだけど。
意外な言葉がカインさんの口から飛び出した。
「ええっと、もしよかったら、なんですけど……あの、迷惑にならないなら、一緒に回りませんか?」
「ふぇっ!?」
「あ、いや、俺も実はこれからの季節用に上のジャケットを新調する予定なんですが、どういうのがいいか自分ではよく分からなくて。なんで、アリアナさんに見立ててもらえないかなと……」
「っ、あ、喜んで!」
自分でも驚くほど甲高い声が出た。
同時に心臓がぴょこんと跳ねる。
どうしよう、これって……。
デートじゃない。デートじゃないけど……デートみたい!
それから二人でお店を何軒も回って、自分の服とカインさんの服を選んだ。
なんとなく見覚えのある気がする女の子の店員さんが、カインさんを見て小声で私に囁く。
「よくお似合いですよ。彼女さんはセンスがいいですね」
その言葉に、私は店員さんが誰か、なんて疑問はすっかり吹き飛んで、真っ赤になってしまった。
幸いカインさんは聞こえてなかったみたいだけど、
「ち、違います!」
否定しながらも、私の顔がさらに赤く染まったのは言うまでもない。




