7.●ただのモブじゃいられない
アリアナと別れ、教室を出た瞬間、俺はそっと胸に手を当てた。
……やばい。
心臓が、ずっと落ち着かない。
しかも――。
『じゃあ、その、これからも……よろしくお願いします』
あの時のシーンが、頭の中で何度も何度もリピートされる。
信頼を寄せているといわんばかりのほっとしたアリアナの表情は、俺の心臓を破裂させかねない威力だった。
喉の奥からうっかり変な叫びが出そうになったのを、なんとか平常心で抑え込んでいたほどだ。
大丈夫、あの時の俺、まともに見えてたはず。
ちょっと変な音出かけたけど、多分問題ない……はず。
落ち着け俺。深呼吸しろ。
彼女は俺をただ頼ってくれてるだけだ。
他意なんてない。
「って、無理だ。落ち着けるわけないだろ」
思わず独り言が漏れた。
だって、あんな顔で言われて、あんな声で頼られたら、俺の方がどうにかなりそうだった。
しかも今日は、邪魔も入らず、ずっと二人きりで話していた。
内容は、お互いの趣味の話や好きな食べ物、休日の過ごし方……。
あれ、どう考えてもお見合いみたいだっただろ。
ご趣味は……? で始まる、あれだよあれ。
アリアナはなんとも思ってないだろうけど、俺はずっと意識していた。
彼女の横顔を見るたびに、胸がざわついて、笑われるたびに、息が詰まりそうで。
前世では、まともに恋愛なんてしたことあったっけか……いや、ないな、うん。
なのに、まさかヒロインのアリアナに心を揺らされることになるなんて、想像もできなかった。
今の俺は、アリアナが困っていたら助けたいし、泣きそうな顔をしていたら、隣にいたい。
笑ってくれたら、それだけで一日が報われる気がする。
そんな気持ちが、勝手に湧いてくる。
「はぁぁ、これ、完全にあのフラグ立ってるよな」
――時間が経つごとに、俺は妹が言っていたモブAについての記憶を、少しずつ取り戻しつつあった。
モブAこと、カイン・ノーランド。
妹の話が本当なら、俺は、攻略対象者の一人だった。
そして思い出したことの一つ――モブAの隠しルート解放条件。
妹曰く、
まず第一に、ヒロインが四人の誰も選ぶつもりがない。
第二に、彼らのイベントを可能な限り起こさない。
第三は、出会いイベントの場所は裏庭。
オージから逃走中、地味そうなメガネの男子生徒と遭遇する
だそうだ。
だが、あのゲーム、なぜか最初から彼らのヒロインへの好感度が謎に高いので、四人を攻略する気がなくても勝手に近寄ってくる。
そんな中であいつらとのイベントをなるべく起こさないってのが結構難しいらしく、故にモブAルートの解放は至難の業だと聞いていた。
今回のアリアナは、前世の記憶持ちで、なおかつ彼らと近づきたくないからできるだけ逃げるという戦法をとっていたからこそ、あの時俺のいた裏庭にやってきたんだろう。
んで、多分、今そのモブAのルートが解放されていて、確実にそれ通りに物事が運んでいると。
道理であの日の俺、異常なまでに裏庭に行きたい欲が湧き出てきたわけだよ。
裏庭にダッシュしてそこで本を読まないと、気が狂いそうなほどの謎の焦燥感に駆られてたからな。
これからの流れとしては、四人から逃げ回るアリアナをサポートしつつ、彼女との仲を深めていく。
ゲームのカインも俺と同様、四人の居場所を把握していた。
現実の俺の場合は妹の実況を聞かされていたから、なんだけど……ゲームカインは別に転生者って設定なかったはずなんだが。
けど、確か理由はあったはずだ。
なのに、どうもそれを思い出せない。
他にも思い出せないことはいくつかある。
カインルートの最後だ。
妹は、モブAルートは一番のハッピーエンドでありつつも、ぶっ飛んだゲームにふさわしくぶっ飛んでいたらしい。
だが、四人を攻略した後にこれを見ると、まともな人間だったモブAとヒロインのハッピーらしいハッピーで胸が満たされるとかなんとか言ってたが、その内容がまったく分からん。
もしかすると、モブAの記憶に関しては、思い出し方が少しずつって感じなので、やはり何らかのロックがかかってるのかもしれない。
例えばルートの進行度とか、単純に時間経過とか。
でもまあ、なんにせよだ。
アリアナが俺を見て笑った時、胸が跳ねた。
俺の言葉に安心したように息をついた時、嬉しかった。
楽しそうに雑談をしてたあの時の横顔が、どうしても頭から離れない。
今、アリアナはカインルートに入っている。
彼女には俺が実は隠された五人目の攻略対象者だって話まではできなかった。
カインルートがあるなんて、そもそも知らないっぽいし。
それに、俺ですらカインルートを含む全部を思い出してないのに、下手に伝えて怯えられたら困るし、ってか、俺ルートに入ってるとかきもいとか思われたら、多分凹むから。
しかし、カインルートだからといって、今のアリアナがゲームのように俺に何らかの好意を持ってるとは限らない。
そもそも前世持ちじゃなかったら、四天王から逃げ回るなんてヒロインとは違う行動を彼女がとるはずはないし。
それでも、俺は今思っている。
ゲームとかもうどうでもいい。
ただ、アリアナを守りたい。
今あるこの気持ちは、絶対に作られたものじゃない。俺の意志だ。
だからたとえこの先、どんなイベントが待っていようと、たとえ四天王がどれだけ暴走しようと。
……俺が守る。絶対に。
そう決意した瞬間、胸のざわつきが少しだけ静まった。




