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乙女ゲームのヒロインに転生したけど、攻略対象から逃げていたらモブに助けられました  作者: 春樹凜


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6/20

6.◯夕暮れの教室



 その日は、四天王が全員揃って風邪で学園を休んでいた。

 つまりゲームのことを気にしなくてもいい日かと思いきや……正確には、ゲームだと看病イベントが発生する日だったことを思い出す。


 もちろん私は行かない。

 絶対行かない。 

 看病なんてしたらそのまま好感度上昇&私的バッドエンド一直線だし!


 だから私は、放課後すぐに職員室へ突撃した。


「せ、先生っ、私、今日どうしても、どうしても何かお手伝いがしたいんです!」

「え、ええ……? 急にどうしたの?」

「なんでもします! 雑用でも掃除でも書類整理でも、下校時刻までみっちりこき使ってください!」

「あのね、こき使うなんてそんな」

「なんなら校内中の窓でもピカピカにしますから! あ、それか、先生お疲れですよね!? よければ私肩揉みますよ。腕には自信があるんです。開始十秒で先生をめくるめく快楽の世界へとお連れする自信が……」

「あ、怪しい言い方はやめなさいっ!」


 先生は明らかに引いていたけど、私は必死だった。

 だって、イベント発生させたくないから。

 下手に早く帰ったところで、何があるか分からないし。 


 ゲームでは一番好感度の高い相手に、ヒロインが自分の足で看病に向かっていた。

 もちろん私は誰の家に行くつもりもないし、現時点でそもそも誰への好感度もマイナスだ。


 だけど例えば、オージの従者に拉致られて無理やり看病イベント突入ってなってもおかしくないし。

 それなら校内で先生からお願いされた仕事をこなして、下校時刻まで校内で時間を潰しておく方が安全だから。


 私が土下座しそうな勢いで先生に縋り付いてたら、先生はさらにドン引きした顔になっていたけど、私の圧に押されたようで、仕事をくれた。


「……じゃ、じゃあ、来週の授業で使うプリントを冊子にまとめる作業があるけど」

「やります、喜んでやらせてください!」


 即答した私に、先生は苦笑しながら言った。


「量が多いから、かなり大変よ?」


 時間がかかるならその方が都合がいい。


「だけど一人だと大変だし……あ、ねえちょっと、あなたこれから時間はある?」


 先生が通りかかった女子生徒に尋ねると、彼女は私をちらりと一瞥した後、申し訳なさそうに答えた。


「すみません、これから重要な用事があって」

「そうなのね、ちょっと書類の整理をお願いしようと思ったんだけど。この子一人じゃ大変だし」

「先生いいんです、私だけで問題なくこなせますから!」


 と、その時、先生の元に一人の生徒がやってきた。


「すみません、遅れていた書類を持ってきました」


 聞き覚えのある穏やかな声。

 そこにいたのは、カインさんだった。

 そして先生は、さっきの女の子の代わりにカインさんを手伝いに指名した。


「すみません、私のせいで貴重な放課後を」

「いえ、俺も別に予定があるわけじゃないんで。一人より二人ですよ。それに、今日は彼らが休みとはいえ、一人だと何かあった時に対処できないでしょうから」


 カインさん、相変わらず優しい……。

 柔らかく笑うカインさん見てると、本当に癒される。

 四天王がいない日に、カインさんと二人きりで作業なんてと、ちょっと嬉しくなる自分がいた。


 そんなわけで、私たちは放課後の教室に残り、まず山のようなプリントを机に広げた。


「すごい量ですね……」

「でも、や、やりたかったんです……!」


 理由はもちろんイベント回避のためだけど、それは言えない。

 しばらく二人で黙々と作業していたけど、ふとカインさんが口を開いた。


「最近、あの四人はどうですか?」

「えっ、あ、えっと」


 私は手を止め、少しだけ息を吐いた。


「カインさんのおかげで、今のところは、なんとか」


 相変わらず角から突然現れるオージ・ジナーン兄弟、ハーブティー攻撃をしつこく続けるメガーネ、薄暗いところに必ず現れるホラーなキッシ……。

 彼らと全く会わずに過ごすことは無理だけど、本当に危ない場面や重要なイベントが起こりそうな時には、ほぼ確実にカインさんが近くにいて、人知れず助けてくれる。


 でも、待って。

 それってやっぱりカインさん、私とかあの人たちの出現場所を正確に把握してるみたいじゃない?

 下手なGPSよりも精度が高い気が……。


 なんで? 

 よくよく考えたら……ううん、前から思っていて気づかないふりをしてたけど、おかしいよね。

 偶然なんて言葉じゃ片づけられないほどの頻度で、私はカインさんに助けられている。


 さすがにこの違和感を拭いきれなくなった私の口から、思わず言葉が飛び出す。


「カインさんって、なんか、私が危ない時に限って、いつもピンポイントで現れません?」

「えっ」


 するとカインさんが、ほんの一瞬だけ固まった。

 そして、わずかに目を泳がせる。


 あれ、なんか反応が怪しい。

 これ、絶対なんか隠してる時の反応だよね?


 私はカインさんから一歩距離を取ると、ごくりと喉を鳴らした後、思い切って聞いてみた。


「もしかして、あなたもその、ス、ストーカー的な……?」

「ち、違います! それは断じて!」


 が、カインさんに、机が揺れる勢いで全力否定された。

 びっくりして私の体が大きく震える。

 それを見たカインさんはさらに慌てたように、今度は首を取れそうな勢いで力いっぱい横に振る。


「本当に、ち、違いますから! 確かに普通に考えたら俺はめちゃめちゃ怪しいなって自分でも今気づいたんですけど、その……俺はあの四人みたいにアリアナさんを追ってるわけじゃなくて」

「じゃあ、どうして分かるんですか? 私が危ない時とか、あの四人の出現ポイントとか」


 一瞬だけカインさんのことを疑ってしまったけど、カインさんの反応とかを見る感じ、やっぱり違うんだろうなと結論づけた。

 けど、私の居場所が分かるからくりは絶対に何かある。それだけは確信できた。


 答えるまでは絶対に逃がさないといわんばかりにじっとカインさんを見つめていたら、カインさんは、観念したように小さく息を吐いた。


「信じてもらえるか分かりませんけど」


 そして、ぽつりぽつりと話し始めた。


「俺、前世の記憶があるんです。んで、この世界がある乙女ゲームだってことも、四人がヤバい攻略対象者だってのも、あいつらの出現場所もイベントもエンディングも……全部、妹が実況で叫んでたおかげか、細かい部分まで思い出してきて」

「…………え?」


 脳が一瞬止まった。


「転生? ゲーム? 妹?」


 私は口をはくはくさせた。


 ――カインさんによれば、その妹はハーレムエンドまで成し遂げた強者で、しかもヤバいヤバいと言いながら、あまりのヤバさ加減が癖になったのか、何周も繰り返しプレイしていたらしい。

 転生者は自分以外にいたってなにも不思議じゃないけど、まさかカインさんがそうだったなんて。


 でも、そんな常識外れのぶっとんだ乙女ゲームだと知っているなら、カインさんは私なんて放っておいた方が面倒ごとに巻き込まれずに済むんじゃないのかな。

 まあ、初めに助けを求めたのは私の方なんだけど。


 だけどカインさんは、


「正直に告白すると、初めは俺も関わるつもりはなかったんです。でも、アリアナさんが転生者ってのも、四人に迫られてすごく嫌そうにしてるのも見てて分かったし……アリアナさんに助けを求められたあの日、自分の保身のために見捨てるのはやっぱり忍びないし、純粋にあなたを助けたいと思ってしまって……」


 と言ってくれた。


 そのうえで、


「俺はこのくらいしかできませんけど、その、これからも何かあったら力になります。この後の展開も、発生場所も、あの四人に関してのことなら大体は思い出しましたから。よかったら、俺が全部教えます」

「……っ」


 カインさんの優しい言葉に、胸がじんわり熱くなる。

 私は、自分だけの力でなんとかあの四人から逃げないとって気を張っていたけど、カインさんがいてくれるだけで、こんなにも心が楽になるなんて。


「ありがとうございます!」


 だけど、本当にカインさんはそれでいいのかな。

 今はカインさんが、四天王に存在を認知されてはいなさそうだけど、もしかしたらカインさんの存在がばれて、彼らから危害を加えられる可能性だってある。


 カインさんがあの四天王に何かされたらって考えると、それだけで心臓がぎゅっと痛くなる。

 私があの四人にちょっかいをかけられるよりも、もっとずっと辛い。


 思わず唇を嚙み締めた私は、謝罪の言葉を口にする。


「カインさん、ごめんなさい。私、迷惑をかけてばっかりで」


 カインさんは私の言葉を聞き、頬を緩めると、私を安心させるように笑った。


「迷惑なんて思ってませんよ。むしろ俺の方こそ、もっと早く自分が転生者だったって話、しとけばよかったですね」

「いえ、そんな!」


 だって彼にとっては私を助けるメリットも、転生者だと明かす利点もないはずなのに。

 それでもカインさんは純粋に私を助けるために、全てを打ち明けてくれた。

 それだけじゃなくて、これからのイベント発生も起きないように、手助けしてくれる。


「だからアリアナさん、本当に気にしないでください。俺はあの四人みたいに家格は高くないし頼りないかもだけど……それでも、あなたをできる限り守るんで、存分に頼ってほしいです」


 カインさんの気持ちが優しくて、あったかくて、さっきとは別の意味で胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 私は彼にペコリと頭を下げる。


「じゃあ、その、これからも……よろしくお願いします」

「はぐっ、――はい。こちらこそ」


 何故か台詞の最初で変な声が出ていたけど、そう言って微笑むカインさんの顔が、どうしようもなく綺麗に見えた。


 その後は、プリントをまとめながら、好きな食べ物とか、休日の過ごし方とか、他愛もない話をした。


 そういえば、こうして落ち着いて話すのって初めてだ。

 いつもは助けてもらって「ありがとうございます!」で終わっていたから。

 でも今日は、邪魔が入らない。

 誰も来ない静かな教室に、紙をめくる音だけが響く。


「アリアナさんは休みの日、何をしてるんですか?」

「あ、あの、読書とか、天気がいい日はお散歩とか」

「いいですね、散歩。俺も好きですよ」


 そんな感じで、自然と趣味や好きな食べ物の話になった。

 っていうか、なんか、これ、お見合いみたいじゃない……?


 顔が熱くなってきた気がする。

 私はバレないように、そっとカインさんから視線を外して赤みが引くのを待つ。

 落ち着け私。

 ただの会話、他愛もない会話だから。


 でも、顔を戻した瞬間、ふとカインさんの横顔が目に入った。


 静かな横顔に、メガネの下の長いまつげと、光に透ける黒髪。

 カインさんって、近くで見るとやっぱり綺麗な顔をしてる。

 四天王みたいな派手さはないけど、むしろそれがいいというか、落ち着くというか。


 彼を見つめていると、胸の奥がほんの少しだけ跳ねた。


 ――あれ?

 これってもしかして……。


 自分の中に、これまで何度か感じかけたときめきがはっきりと芽生えた気がして、私はそっと胸に手を当てる。

 これ、うん、なんというか、まずいことになったかも。

 そう思いながら、私は再度赤くなった顔をカインさんに見られないようにと、俯いてプリントをまとめるふりをしたのだった。



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