3.◯壁の隙間にご用心
昨日、私を中庭で助けてくれた男子とは、ベンチの裏から這い出した後、軽く自己紹介をした。
彼は、ノーランド子爵家の三男のカインさんという人だった。
ノーランド家は、名前くらいは聞いたことがあった。
男爵家のうちと同じく、特に変わったことのない平凡な貴族だったはず。
だけど、それはどうでもいい。
カインさん、普通に優しい人だった……。
ヤンデレばかりに追いかけられてたから、こういうまともな存在に救われる……!
四天王から逃げることばかり考えていたせいで、友達も知り合いもろくにいない私にとっては、彼がとんでもない救世主に見えた。
そんなことを考えながら、今日も絶対にあの四人に捕まりたくなかったので、早朝から裏道を使い、細心の注意をはらって登校していた。
が。
「アリアナ?」
「ひえっ……!」
彼らが使う正門を避けて裏門を通り抜け、校舎の角を曲がった直後、第二王子ジナーンとばったり遭遇してしまった。
いつも思うけど、なんでこの兄弟、角曲がると現れるの!?
しかも、至近距離で完全に目が合った。
ふわっと微笑む顔が、逆に怖い。
何もしていないのに、逃がさないよという目をしている。
「こんな朝早くから君の顔を見られるなんて、運命だよ。ねえ、せっかく会えたんだし、僕と校内の散策でも……」
「私先生に呼び出されてたのでごめんなさい無理です!」
言い訳の言葉を一気にまくしたて、踵を返して私は全速力で逃げ出す。
ジナーンに遭遇したら、逃げるに限る!
だってあの人、人気のないところに行くと、いきなり紐のついたコインを目の前に揺らしながら、私に何かしらの暗示をかけてこようとするから!
しかし、私が逃げたら当然追ってくるのが彼らの習性のようなもので。
「逃がさないよ……」
笑いながら追いかけてくるジナーンの声に、ひっと背中が凍り付きながらも、私は足を緩めずひたすら走る。
と、建物の角を曲がった瞬間、問答無用で誰かに腕を掴まれてしまった。
また新たなヤンデレ!? っていうか、もしかして相手はオージ……と、身構えた私だったけど。
「こっちです」
「えっ!?」
私に触れていたのは、まさかの昨日ぶりのカインさんだった。
驚く暇もなく、私はひょい、と、建物と建物の間の細い壁の隙間に押し込まれた。
「ちょ、狭い狭い狭い……!」
「すみません、だけどここが一番安全なんで!」
壁の前にカインさんが立ち、私を完全に視界から隠す。
直後、足音が近づき、ジナーンが通りかかる。
「アリアナ、どこに行ったんだろう。今日はとっておきを用意していたから、試してみたかったんだけど」
低い声で私の名前を呟きながらしばらくキョロキョロと探していたが、結局彼はそのまま去っていった。
とっておきのって、多分お菓子とかじゃなく、催眠術だろうな。
何をされるか想像しただけで体が震えるけど。
とにかく助かった……!
「すみません、昨日に引き続き、その」
「いえ。たまたま通りかかっただけですから」
涼しい顔でそう答えるカインさんだけど、たまたまでもなんでも私にとっては、二度も助けてくれた恩人だ。
「ありがとうございます!」
感無量の顔でお礼を言うと、カインさんは少しだけ照れたように視線をそらして、ゆっくりと歩き出す。
「では、俺はこれで」
が、私、気づいたことがあった。
これまずい。すごくまずい。
だから慌ててカインさんの背中に声を掛ける。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
「……?」
「あの、その、助けてくれたのは嬉しいんですけど……。た、助けてほしい、いや違うっ、あ、違わなくて、えっとあの……。で、出られないんですけど……」
「え?」
カインさんが振り返る。
そして、私が、壁の間にぴっちりと挟まっているのを見て、気づいたらしい。
「あっ、すみません! すぐ引っ張るので」
カインさんが一生懸命私の体を引っ張ってくれたおかげで、壁から生還することができた。
「無理に押し込んでしまって、すみませんでした」
「いえ、そんな、気にしないでください!」
ちなみに、私が挟まって動けなくなったのは、決して私のお肉がふくよかなわけじゃなくて、隙間があまりにも細すぎただけだからだ。
うん、そう、絶対にそうだから!




