19.●ルーメンでの新生活
俺のあの魔力暴走事件から、半年が経った。
まず、あのヤンデレ四天王はどうなったかというと。
アンドリュー陛下が下した結論は、シンプルだった。
オージは王太子の座を剥奪、ジナーンも次期王としてはふさわしくないと判断され、王位継承権は極めてまともだと噂の第三王子マトーモへと移った。
メガーネもキッシも、それぞれの後継者としての地位を取り消された。
全員中身がヤバくて、このまま権力を持たせるのは危険すぎるという判断らしい。
まあ、妥当だと思う。
その後は、なんと四人揃って、隣の大陸へ送られることになったと聞いた。
向こうには、顔さえよければ何でもいいという女性が治める国があるらしい。
その統治者のハーレムに、四人まとめて入れられると。
……顔だけは、全員よかったからな。
距離的にも、あちらからこちらへ気軽に戻ってこられる話じゃない。
しかもそのハーレム、生き残るのはかなりの激戦だと聞いた。
入って一カ月以内に統治者の訪問がなければ、無一文で追い出されるか奴隷商人に売り飛ばされる。
もしも気に入られたとしても、地下で監禁とか薬漬けにされるとか、どっかで聞いたことがあるような末路になるという。
こういうのを因果応報っていうのか。
つまりアリアナに今後ちょっかいをかけてくることは、まずないということだ。
ゲーム通りの結末だなということを思い出し、俺は人知れず深く息を吐いた。
お幸せに。
んで、俺の方はというとだ。
正式にルーメンの第二王子として認められるまでに若干の手続きはあったけど、黄金の瞳と魔法を見せれば、俺の存在自体はルーメン国の人間にすぐに認めてもらえた。
そして俺はルーメン国へ移り、今はルーメンの王都にある学園に編入して学園生活を送っている。
アリアナも俺と一緒に来ることが認められて――あと、アリアナ自身がそれを望んでくれた――男爵家への挨拶も済ませた。
フェルマー男爵夫妻は、最初こそ驚いていたけど、最終的には、アリアナが幸せになれるならと笑って送り出してくれた。
その言葉が、正直じんときた。
だから俺も、絶対に幸せにします! って宣言した。
男爵様の「……頼んだぞ」という一言が、今でもたまに脳裏に蘇る。
頑張ります、お義父さん。
ルーメンに移るとなると、個人的には、育ての両親や兄たちと離れるのが寂しいなと思っていた。
だけど、そんな心配は一切無用だった。
なぜなら母さんが魔法を使って、この国に気軽にみんなで瞬間移動してくるようになったから。
しかも結構な頻度で。
それ自体はいい。
会いに来てくれるのは普通に嬉しいし。
問題は、タイミングだ。
先週は着替えている最中に、突然部屋に現れた。
先々週はアリアナとのデート中に颯爽と現れて、結構な大所帯でお茶を飲むことになった。
しかも母さんたちもアリアナも、どっちもめちゃめちゃ楽しそうだった。
俺は嬉しい半面、正直複雑な気持ちになったのは否めない。
そして今、アリアナはというと、俺の正式な婚約者だ。
改めて言葉にすると、なんか頭がおかしくなりそうだ。
だってあのアリアナが、俺の婚約者。
つまり未来の、嫁さん。
控えめに言っても最高だ。
幸せすぎて、たまにこれが夢じゃないかって頬をつねってるけど、痛いから大丈夫、現実だ。
……まあ、浮かれてばかりもいられないんだけど。
「カイン殿下、ちゃんと聞いていますか?」
「っ、はい!」
王族教育の教師に指摘されて、俺は背筋を伸ばした。
魔法の使い方は大体掴めてきた。
暴走も、あれ以来していないし、礼儀作法も、まあギリギリ及第点はもらえるようになってきた。
問題は王族教育だ。
歴史に政治、外交、経済など、次から次へと叩き込まれる知識の量が、正直シャレにならない。
前世で凡庸な大学生だった俺には、あまりにもハードすぎる。
死ねる。
いや、比喩だけど、本当に死にそうだ。
しかも。
「アリアナ様は本当に優秀でいらっしゃいますね。飲み込みがとても早い」
教師がにこやかにそう言うのを横目で聞きながら、俺は内心で白目を剥いていた。
そうなんだよ、アリアナ、マジですごいんだよなぁ。
王族教育も、魔法国の歴史も、外交の基礎も、何から何まで完璧にさらっとこなしている。
元から努力家で優秀なのは知ってたけど、こうして並べて見せられると、俺との差がくっきりしすぎて逆に笑えてくる。
……俺、本当にアリアナと釣り合ってるんだろうか。
落ち込みながら授業を終えて廊下に出ると、アリアナが振り返って笑った。
「今日もお疲れ様です、カインさん!」
「……お疲れ様です」
「どうしたんですか、そんな顔して」
「いや、なんか……アリアナさんがすごすぎて、俺って全然釣り合ってないなと思ってまして」
そう言ったら、アリアナは少しだけ目を丸くした後、胸の前でぎゅっと拳を握って、キラキラした目でまっすぐ俺を見た。
「大丈夫です! カインさんならできます!」
……ヤバい、なんも言えない。
とにかく可愛い。
どうしようもなく可愛い。
でもその一方で、胸の奥が少しだけざわつく。
こんなふうに真っ直ぐ俺を信じてくれている人に、まだちゃんと話していないことがある。
隠していたわけじゃない。
どうしても言い出しにくかっただけだ。
けどずっと隠し通すのは違う気がして、俺は今伝えることにした。
「アリアナさん」
「はい?」
誰もいない部屋に呼び寄せて、アリアナの目を見て話そうとしたものの。
「その、実はひとつ、ちゃんと話してなかったことがあって」
そう切り出した途端、変に緊張してきた。
正直、四天王相手に啖呵切った時より緊張してる気がする。
吐きそうだ。
だけど言うって決めたので、目は微妙に逸らしつつ何とか口をこじ開ける。
「えっと……ゲームの話、なんですけど。俺、自分がただのモブだと思ってたんです。アリアナさんも多分、同じ認識だったと思うんですけど」
「それは……はい、そう、ですね」
「まあ、途中まではその認識で合ってたというか、見た目とか立ち位置とか、そういう意味ではたぶん間違ってなかったんですけど」
そこまで言って、喉がつかえた。
言うのか、これを。
自分の口で?
……マジで?
でもここで黙るのも余計に不自然だ。
俺は覚悟を決めて、咳払いをひとつすると。
「……実は俺、隠し攻略対象だったらしいんです」
「えっ」
当然ながらアリアナの目がまんまるになる。
驚いた顔も可愛いよなとそんな全く関係ないことを考えて、いや今はそうじゃないと頭を切り替え、俺はアリアナにかいつまんで説明をする。
けど言いながら、自分でもじわじわ恥ずかしくなってくる。
アリアナはぱちぱちと瞬きを繰り返していたけど、最後まで聞き終わった後、恐る恐るというふうに口を開いた。
「じゃあ、カインさんと私が今こうなっているのも、そのルートに入っていたということですか?」
「……多分」
ところで、実は内心考えまいとしていたんだが、もしかしてアリアナが俺に抱いている気持ちって、ゲームの強制力とかじゃないよな……?
そんな不安が顔に出ていたんだろうか、アリアナがなぜかここで、ふわりと笑った。
「今の私は、ゲームの結末だからカインさんの隣にいるわけじゃありませんからね」
「っ……」
そんなアリアナを直視できなくて、俺はたまらず下を向く。
彼女からのたったのその一言だけで、俺はずっともやもやしていた霧が晴れたような感じになって、なんだか救われた気がした。
こんな人が俺の婚約者で未来の嫁さんとか、幸せすぎて俺、どうにかなるんじゃないか。
前世できっと、ものすごい徳でも積んでたんだろう、無意識だが。
けど、こんなのまだ幸せの始まりにすぎない。
アリアナさんの花嫁姿だってまだ見てないってのに。
だが、教師陣にはっきり言われている。
俺の王族教育が修了しない限り、二人の結婚は認められない、と。
つまり、結婚できるかどうかは完全に俺にかかってるってわけで。
……こんなの、死ぬ気で頑張るしかないよな。
ちなみにゲームでのカインルートのハッピーエンドは、ヒロインがカインと共にルーメンへ渡り、婚約者となる。
それで終わりだ。
だとすると、この先は完全にシナリオの外だ。
結婚できるかどうかも、その後どうなるかも、全部俺たち次第ということになる。
上等だ、やってやろうじゃないか。




