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乙女ゲームのヒロインに転生したけど、攻略対象から逃げていたらモブに助けられました  作者: 春樹凜


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20/20

20.●エンディングのその先へ



 教師たちにビシバシとしごかれまくりながら、アリアナの可愛さに心を和ませるという日々を送っていた、ある日のことだった。


「なんか、クロエって妙に違和感を覚えるんですよね」


 アリアナと二人だけの昼食中に俺がポツリと漏らすと、彼女も同意するように大きく頷いた。


「実は、私そう思っていたんです」


 クロエとは、俺に付けられていた例の監視役の子だ。

 現在彼女はアリアナの専属侍女兼護衛として、常にアリアナに付き従っている。

 今は、俺たちの時間を邪魔しないようにと配慮してかここにはいないけど、何かあったらすぐに駆け付けられる距離にはいる。

 

 クロエは俺たちと同い年で、あの学園の生徒や、カフェや服屋の店員なんかに変装して常に俺を見ていた。

 さらには猫カフェの店員とか植物園の職員とかごはん屋の看板娘とか、あらゆる職に扮して見守っていたそうだ。

 ……全然気づかなかった。

 道理で見覚えがあると思ったはずだよ。


 ただ俺が気になってるのはそういうことじゃなくて。

 アリアナへの態度が、どこか普通の侍女とは違う気がするのだ。

 献身的なのは分かるけど、たまに、まるで昔からアリアナのことを知っているみたいな反応をする。


 それにだ。

 ある日の廊下で、クロエが一人でぼそぼそと呟いているのをたまたま聞いてしまった。


「……本物のカインって、こんなへちょかったの? ゲームではもうちょっとカッコよかった気がするのに」


 別の日には、アリアナの後ろを歩きながら、こんなことを言っていた。


「アリアナ様、今日も可愛い……。推しが目の前にいる幸せ、この日々が尊い……」


 ……推し?


 さらにまた別の日。

 書類を整理しながら、誰に言うともなく呟いていた。


「カインルートって、実際に見るとゲームより全然エモい。解釈一致すぎて無理……」


 さすがにここまでくると、これ絶対そうだろうと確信もできるというもので。


 ある日、ついに俺はクロエに向かってある言葉を突き付けてみた。


「『乙女のまなざしは恋を呼ぶ』」


 あのゲームのタイトルだ。

 何の脈略もなく突然そんなことを言われたら、普通ははぁ? って顔になるだろうけど、クロエは違った。


「なんであのゲームの名前を……!?」


 はい確定。

 やっぱりクロエは、あのゲームのことを知っている転生者だった。


 俺はクロエに、カインである俺もヒロインであるアリアナも、ゲームを知っている転生者だってことを話す。


「そうだったんですか……」


 するとクロエは小さくため息をついて、観念したように話し始めた。


 ゲームの知識を持って転生したことに気づいたクロエは、アリアナのハッピーエンドを願いながら、ずっと見守っていたこと。

 だけど下手に手を出してエンディングを壊すわけにはいかないからと、ずっと我慢していたこと。


「本当に、アリアナ様が幸せになってよかったです」


 その声からは、本気で彼女の幸せを喜んでいるのがにじみ出ていた。


 そこからしばらく前世談議に花を咲かせていたわけだけど、クロエのとある一言で俺はん? と思うことになる。


「昔から乙女ゲームが好きで。だけどこのゲーム、全年齢乙女ゲームのくせにヤバい奴らばっかりだったじゃないですか。だからお兄に……兄にひたすら実況というか、語りまくっていて」


 その言い方に、俺の呼吸が止まった。


「……お兄?」

「はい。私がゲームの話をするたびに呆れた顔をするんですけど、でもちゃんと聞いてくれる人で」

「…………」

「私が高校生の時に、事故で死んじゃったんですけどね、その兄。たまに喧嘩したりもしてたんですけど、それでも私、兄のこと大好きだったんです」


 クロエは、どこか遠くを見るような目をした。

 俺は、自分の手が微かに震えているのに気づいた。

 まさか、こいつ……。

 試しに俺は、前世での自分の名前を言ってみた。


 そうしたらクロエの目が真ん丸になって、口がぽかんと開く。 


 ――ああ、やっぱそうじゃんか。

 本気で驚いた時の行動って変わってないなと思いながら、俺は前世での妹の名前を呼んだ。

 そうしたら、見る見るうちに彼女の顔が歪む。


「……え、嘘。ちょっと待って。……お兄、なの?」

「ああ、そうだよ。お前に死ぬほどゲーム実況を耳元で語られ続けた、お前の兄ちゃんだ」

「交通事故で死んじゃった、お兄?」

「そう。バイク事故に巻き込まれてな」

「っ、死ぬまで彼女の一人も作れなかった、陰キャ丸出しのお兄?」

「はいはいそうですよ! その陰キャお兄様ですよ!」


 妹の言うことは当たってて、なんか悔しくなってやけっぱちでそう叫んだら、妹は泣きながら笑っていた。


 俺に対するからかうような言い方も、その笑顔もあまりにも昔のままで。

 俺も思わず、泣きながら笑ってしまった。




 その日の夜、アリアナに話したら、彼女は涙を流しながらこう言ってくれた。


「よかった。カインさんが妹さんにもう一度会えて、本当に良かったです」

「はい。俺も本当は、妹に別れの挨拶一つできなかったって、ずっと後悔してたので」


 それに、妹には今回本当に助けられた。

 前世の記憶も、ゲームの知識も、妹のうるさい実況も、全部繋がってるからきっと今がある。

 あいつの口うるさい実況がなかったら、俺はアリアナを助けられなかったし、助けようとも思わなかっただろう。

 あいつには一生頭が上がらない。


「今度私も、クロエと色んなお話ししたいです。それに、お礼も言いたいですし」

「いいんじゃないんですか? あいつ、アリアナさんともっと仲良くなりたいって夕日に向かって叫んでたんで」


 アリアナが涙をぬぐいながら、くすくすと笑った。

 その笑顔を見ながら、俺は窓の外に目をやる。


 ルーメンの夜空は、元いた世界と似ていて、でもどこか違う。

 星の並びが少しだけ違う気がして、それがなんとなく、ここが新しい場所なんだということを教えてくれる気がした。


 転生して、モブだと思っていた。

 何も変えられないと思っていた。

 ヒロインにはかかわらず、平穏無事に過ごしていければいいと。


 だけど今、隣にはアリアナがいる。

 妹ともまた会えた。

 王子なんて柄じゃないけど、頑張ってみようと思っている。


 まだ王族教育は終わっていないし、結婚までの道のりは果てしなく長い。

 毎日死にそうになってるけど、それでも、ずっと隣で、アリアナと二人で白髪になって皺だらけになっても隣で笑い続ける未来のために、死ぬわけにはいかない。


「アリアナさん。これからも、末永くよろしくお願いします」


 俺が少しだけ笑ってそう言ったら、アリアナさんは目を細めて嬉しそうに笑った。


「はい! カインさんが幸せにしてくれる分、私もカインさんを幸せにしますから、覚悟してください」

「それは俺の台詞ですから」


 カインに転生できてよかった。

 俺は絶対にアリアナを幸せにするからという思いを込めて、彼女の手をぎゅっと握り締めた。







「そういえばカインさん」

「何ですか?」

「カインさんって、私にだけ、さん付けですよね?」

「え、いやでもそれはアリアナさんだって同じじゃないですか」

「…………」

「…………」


 二人して、しばらく黙った。


 言われてみれば、確かにそうだ。

 ――いや、実際は心の中ではバリバリ呼び捨てにしてたんだけど、直接そう呼ぶのは気恥ずかしっていうか。


「……婚約者になったんですし、あの、練習しませんか」

「……れ、練習」

「はい。その、いきなりはえっと、難しいと思うので」


 俺は少しの間逡巡する。

 カインさんって呼ばれるのもいいが、呼び捨てもまた最高だ。

 こう、他人行儀じゃなくてちゃんと恋人になったっていうかそんな感じで。

 うん、いいな。


 俺は覚悟を決めるように息を吸うと、アリアナの名前を、本人の前で初めて呼んでみる。


「……ア、アリアナ」


 途端にアリアナの顔が、みるみる赤くなっていく。

 あ、やば、可愛いんだけど……呼ぶ方もめっちゃ恥ずかしいぞこれ。


 羞恥心を押し殺していると、アリアナが消え入りそうな小さな声で、でもはっきりと俺の名前を呼んだ。


「……カ、カイン」


 ……耐え切れなかった。

 羞恥は限界を突破し、今度は俺の顔に熱が集まる。


 二人して、無言で固まった。


 どれくらいそうしていたか分からないけど、先に口を開いたのはアリアナだった。


「……ま、また今度にしましょうか! 私の心臓が、持ちませんっ」

「は、はい! そうしましょう!」


 俺も同意見だったんで、全力で頷いておいた。


 ちなみに。

 俺たちがお互いをさん付けなしで普通に呼べるようになったのは、それから十年後のことだった。



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