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乙女ゲームのヒロインに転生したけど、攻略対象から逃げていたらモブに助けられました  作者: 春樹凜


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16.●闇の中の光



 気づいたら、俺は深い闇の中にいた。


 俺自身の姿は、黒いもやに覆われていて、どれだけ払おうとしても全身まとわりついて離れてくれない。

 それでも、外の様子だけはなんとか見えた。


 会場には、いつの間にか嵐のような風が吹き荒れていた。

 シャンデリアが激しく揺れ、窓ガラスがびりびりと震えて今にも割れそうだ。

 テーブルや椅子が次々と横倒しになり、パーティーの参加者たちが悲鳴を上げながら出口へと殺到している。

 

 というか、なんだ、この風は。


 そう思いかけて、俺は気づいた。

 風の中心にいるのが、自分だということに。


 意識を失う直前、体の奥底から何かがあふれ出す感覚があった。

 血管が焼けるみたいな熱さで、全身を何かが駆け巡っていた。

 あれが、これを引き起こしたのか。

 つまり、会場を今まさに滅茶苦茶にしているこの嵐は。


 …… 俺が、やっているのか。

 そう思った途端、それが真実だとすとんと胸に落ちた。


 そうだ、これは俺の力だ。

 俺がやっている。

 俺のせいで、会場がこうなっている。


 俺のすぐ近くにいたからだろうか、四天王たちは勢いよく飛ばされ、壁に張り付いて動けないようだった。


 そしてアリアナは、すぐ近くのテーブルの脚にしがみついて、必死に耐えていた。


「アリアナ!!」


 闇が絡みつく中、俺は必死に叫んだ。

 そして体を動かそうともがく。

 でも、どれだけ無様にもがこうと、俺の体はまるで自分のものじゃないかのように動かない。


 おかしな話じゃないか。

 自分の体なのに、言うことを聞かないなんて、そんな馬鹿なことがあるのか。

 闇はますます俺にまとわりつき、俺を押さえ込んでいるような感覚があった。


「くそっ……!」


 その叫びすら、闇に飲み込まれていくようだった。

 

 その時、唐突に頭の中に妹との会話が蘇る。


『お兄お兄、カインルートのクライマックス聞いてよ!』

『ちゃんとまともなんだろうな?』

『それは保証する! あのね、最終パーティーでね、カインがアリアナを四人から守ろうとして、でもそこでアリアナが侮辱されるじゃん? 物扱いしたり、アリアナの意思なんて関係ないとか言ったりして』

『マジで最悪な四天王どもだな』

『ねー。お兄に激しく同意! それで、愛するアリアナに暴言は許せないって感じでカインの怒りが猛烈な勢いで爆発するんだけど、ちょうどその日が誕生日だから、カインの魔力が一気に解放されて、感情が高ぶりすぎてたせいで理性ごと吹き飛んじゃうの』

『マジか』

『マジマジ。本来なら時間をかけて段階的に解放されるはずだったのに、これもアリアナへの愛だよねー』

『……それで、最終的にはどうなるんだ?』

『カインを元に戻すには……』


 そこで、声が途切れる。

 くそ、またかよ!

 その先が、どうしても思い出せない。


 いつもと同じだ。

 まるで意図的に伏せられているみたいに、霧がかかってその先が見えない。

 それがどうしようもなくもどかしくて、悔しい。


 俺は正直どうなったっていい。

 でも、このままじゃアリアナが……。


「逃げろ、アリアナ!」


 叫んでも、届かない。

 風はどんどん強くなっていく。

 自分の体なのに、自分の力なのに、こんなに歯がゆいことがあるか。


 その時、アリアナの横に一人の女子生徒がいるのが見えた。

 一瞬だけ、どこかで見たことがあるような気がした。

 でも、そんなことはどうでもよくなった。


 なぜなら、アリアナが何かを決意した顔で、こちらへ向かって歩き始めたから。


「やめろ……」


 その時、風に巻き込まれた何かがアリアナの頬をかすり、一筋の赤が彼女の頬を伝った。


「……っ!」


 俺はアリアナを助けたかっただけだ。

 あいつらみたいに、傷つけたくなかった。


 なのに、今は俺がアリアナを傷つけている。

 彼女を守るためにも今すぐここから逃げてほしいのに。

 アリアナは、風に煽られ、何度もよろめきながら、 それでも一歩、また一歩と、真っ直ぐこちらへ向かってくる。


 そして、ついに手が届く距離まで来たアリアナが、震える腕をゆっくりと伸ばした。

 その指先が、俺の頬に、かすかに触れた。


「カインさん…… 戻ってきてください」


 爆風の中、それでも必死に絞り出したような声が、闇の奥底まで届いた。


 アリアナ……。


 感じないはずのアリアナの体温が、確かに俺に届いた気がした。

 届かないと分かっていても、声が届かないと分かっていても、それでも腕を伸ばさずにいられなかった。


 その時、これまでで一番強い風が吹いて、アリアナが、声にならない悲鳴を上げる。


 ――その瞬間、俺の頭の中に何かが見えた。


 それはゲームの画面だった。

 やがて何も映されていなかった黒い画面の中央がぼんやりと光り、真っ赤な地面の上に横たわるヒロインの姿が浮かび上がる。

 彼女は、ぴくりとも動かない。

 赤いカーペットだと思ったそれは……カインの起こした風によって地面に叩きつけられた、アリアナの血だった。


 知っている。

 妹のプレイ画面を見せてもらったから。

 これは――カインルートのバッドエンドだ。


「いやだ」


 声が出た。


「やめろ!」


 嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 俺のせいで、アリアナの未来があんなふうになるなんて!


「アリアナ……!」


 闇の中で俺は必死に腕を伸ばした。

 届かないって分かってても、あんな未来、受け入れるわけにはいかない。

 でもどうしたって俺の体は動かず、この場から空中へと飛ばされそうになるアリアナの泣きそうな表情を、ただ見ていることしかできない。


 詰んだ、なんてそんな言葉が、頭をよぎった。

 あの四天王に凌駕する力を手に入れたところで、今の俺にできることは何もない。

 

 ……だけど、アリアナは諦めなかった。

 あの嵐の中で、飛ばされそうになりながら、それでも俺を助けようと手を伸ばしてくれた。

 全部、俺のために。


 そうだよ、ふざけるな。

 彼女が諦めなかったのに、俺が簡単に諦めてどうすんだ。


 俺がここで諦めたら、アリアナはどうなる。

 あのバッドエンドが頭の中によぎる。

 表情をなくして血の海に横たわるアリアナの姿が。


 それだけは、絶対に嫌だ。

 俺は決めたんだろうが、アリアナを絶対に守るって。


 男に二言はない。

 体が動かないなら、手足がもげる覚悟で動かせ。

 声が届かないなら、喉から血が噴き出してでも届かせろ。

 力が止まらないなら、俺の命を犠牲にしてでも止めろ。

 この力は、俺のものだ。


 俺の怒りで爆発して、俺の体を乗っ取って、今アリアナを傷つけようとしている。

 でも、俺のものなら。


「……暴走を、やめろ」


 闇に向かって、俺は言った。


「おい、いい加減体返せよ。俺の体は、俺のものだ」


 ぴくり、と、何かが揺れた気がした。

 それがどんな存在かなんてどうでもいい。


「俺はアリアナを傷つけるために、この力を使うつもりはない」


 声に、力を込める。


「聞こえてるだろう。……この体の主は俺だ。なら、俺の言うことを聞け」


 その瞬間、ぱっと闇が晴れて、目の前が光に包まれたような感覚に陥る。

 自由が、戻った。



 だけど喜ぶのはまだ早い。

 俺は現実の中で、今度こそ全力で腕を伸ばす。

 そして風に飛ばされそうになっていたアリアナの体を、両腕でしっかりと抱き止めた。



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