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乙女ゲームのヒロインに転生したけど、攻略対象から逃げていたらモブに助けられました  作者: 春樹凜


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15.●選んだドレスと沈む意識



 アリアナへのドレス選びは、死ぬほど悩んだ。


 何色が似合うかとか、どんなデザインが彼女らしいかとか。

 華美すぎず、でも地味すぎず、シンプルすぎても失礼だし、装飾が多すぎても違う気がする。

 アリアナの可憐さを最大限に引き上げる最高の一着はどれなのか……。


 気づいたら何時間が経っていて、店の中を何周もしていた。

 店員はさすがにこんなに長時間は付き合い切れなかったのか、何かあればお声かけくださいと言って既に俺の元から去っていた。


「……っ」


 色とりどりのドレスに包まれる中、選んでいる途中で、なんか気分も悪くなってきた。

 真剣に考えすぎたせいだと思う。


 あと、似合わなかったらどうしようという恐怖が、胃のあたりをじわじわとむしばんでいたのも大いに関係がありそうだ。


 本音を言えば誰かに相談したかったけど、誰かに頼って選んだものをアリアナに渡すのは、なんか違う気がした。

 あと俺、仲いい友達とかいないし。


 俺が選んだから意味がある、とか、そういう格好いい話じゃなくて、ただ、俺の目で見て選んで、これだって思ったものを贈りたかった。

 まあ、これも格好つけてるってことになるのか?


 結局、何度も三途の川を渡りそうになりながらも、何とかこれっていう一着を見つけて手で触れた瞬間だった。


『見てお兄! モブAの選ぶドレスって、めっちゃセンスあるんだよね!』


 脳内で突如、妹の声が再生された。


『アリアナの好きな色ちゃんと選んでるし、デザインも似合うやつで。本当にアリアナのこと見てるし好きなんだって伝わってくるから萌えるんだよね。……あいつら四人とは大違い』

『……ちなみに四人はどんなの選ぶんだ』

『聞く?  聞きたい?  いや聞いて!! まずオージはね、宝石がゴロゴロついてて、王家の紋章が胸のところにでっかくつけられた、目が痛くなりそうな真っ赤なドレス。完全に自分の所有物ってアピールしてるの』

『マーキングかよ』

『ジナーンはね、一見すごく可愛いんだけど、催眠効果のある模様が描かれていて、それをアリアナが見た瞬間から思考が曖昧になる仕様』

『着たら終わるやつだな、それ。ってかアリアナ以外にも効きそうだけど』

『メガーネは薬液に浸した布地で、長時間着てると体調が悪くなるやつだって。そのまま看病する流れに持ち込む算段らしいよ』

『ドレスに毒的なものを仕込むって発想が既にどうかしてる』

『キッシは絶妙にダサいうえに、動きにくいデザインで、しかもヒロインの首のチョーカーに鎖がついてるの。逃げられないようにするためだって』

『全員揃いも揃って終わってる……』 


 ……あいつとの会話がこのタイミングで脳内再生されたってことは、俺の選択は間違ってなかったってことだな。

 少しだけ自信が持てた俺は、それでも震える手で会計を済ませて、アリアナの元へ送り届けた。


 家に帰ってから精魂尽き果ててぐったりとソファに沈んでいたら、それを見ていた母さんがくすくすと笑った。


「ドレスを選びに行ってたんですってね。好きな子のかしら?」

「……いや、まあなんていうか」

「顔が真っ赤よ」

「…………」


 否定できなかった。

 父さんも苦笑しながら新聞から目を上げる。


「頑張れよ」


 たったそれだけだったけど、今も俺にはそれで十分だった。


 王子だと本当の出自を告げられた今も、二人は何も変わらず、俺をこの家の子どもとして受け入れて笑ってくれている。

 俺にとっても、それは同じだ。

 血が繋がっていようといまいと、この二人が俺の両親なのに変わりはない。

 仮にこの先俺がどうなろうと、それだけは、何があっても変わらない。


 そして、パーティー前日。

 俺は、両親を前にこれだけ伝えた。


「明日、もしかしたら迷惑をかけるかもしれない」


 この国の王太子以下三名に喧嘩を売ることになる、なんて馬鹿正直に言えるわけがないし、そもそも俺自身、この先どうなるのか分からない。

 そんで、両親や、今ここにはいない兄さん二人に、もしもあいつらから何かされたらと考えてしまう。


 もちろんそうならないように立ち回りたい。

 それに母さんは現ルーメン国王の実の妹だから、仮に四天王に何かされたとて、軽くひねり潰せそうだけど……。


 そんな風に考えて考えて、全部が混ざり合って、結局出てきた言葉はそれだけだった。


 でも二人は、顔を見合わせた後、穏やかに笑った。


「大丈夫よ」


 母さんがそう言った。


「あなたなら、きっと大丈夫」


 父さんも母さんの言葉に合わせるように、静かに頷いた。

 俺が何をしようとしてるかはっきりとは分かってないだろうけど、それでも、二人の言葉はとても嬉しかった。

 

 そしてパーティー当日。

 待ち合わせ場所でアリアナを待ちながら、俺はがちがちに緊張していた。


 結果的に脳内妹のお墨付きだったドレスを選んだわけだが、現実問題、あのデザインが変だとか、センスないし最悪って思われてたらどうしようと。

 しかもアリアナはたとえそう思ったとしても、絶対に言わなさそうだし、我慢して着そうだ。


 そんなことをぐるぐると考えていたら、不意に足音が聞こえた。

 顔を上げた俺は……不覚にも固まった。

  

 淡い水色のドレスを纏ったアリアナが、こっちに歩いてくる。


 綺麗だった。

 俺の想像の何倍も、綺麗だった。

 選んで良かったとかそういうレベルじゃなくて、もう単純に、息ができないくらい綺麗だった。

 実際俺は、


「あの…… 変、ですか……?」


 とアリアナが言うまで、マジで無意識に呼吸を忘れて見惚れてたくらいだ。

 不安そうな表情を浮かべるアリアナに、俺は慌てて首をぶんぶんともげそうなくらいに横に振る。


「ち、違います! えっと…… その」


 言いながら、乏しい語彙力を絞り出すように必死に言葉を探す。


 センスないとか思われたらどうしようとか、ずっと不安だったんですけど、と正直に言ったら、アリアナさんは全然そんなことないですよと言ってくれた。


「よかった。 …… 似合ってます。 本当に、とても…… 綺麗です」


 言いながら、自分の顔が熱くなるのが分かった。


 っていうか、俺が選んだドレスを、アリアナが着ている。

 その事実が、じわじわと胸の奥に効いてくる。

 なんというか、ぐっとくるものがある。


 アリアナは恥ずかしそうに俯いて、ありがとうございますと言った。


 その仕草がまた可愛くて、死にそうだった。


 が、それだけじゃ終わらなかった。

 顔を上げたアリアナが、俺を真っ直ぐ見てこう言ったのだ。


「……カインさんも、その……すごく、素敵です」


 ……え。

 いや、待て。


「あ、ありがとうございます……」


 なんとか声を絞り出したけど、心臓が限界だった。

 これじゃあ四天王と対峙する前に、俺の寿命が、アリアナへのときめきと羞恥で尽きそうだ。


 二人して赤い顔で黙り込んで、それからなぜか同時に小さく笑ってしまった。


 行きましょうか、と声をかけながら、俺はアリアナさんへ手を差し出す。


 彼女がその手を取った瞬間、また胸がどうにかなりそうになったけど、ここで呑気にのたれ死んでいる場合じゃない。

 アリアナをあいつらから守らなきゃ、今後、彼女が彼女らしく生きていられなくなる。

 その一点だけを、頭に刻み込んだ。


 彼女を守る。

 絶対に。

 そんな意思を込めて、俺はアリアナの手をぎゅっと握った。


 だが、会場の扉を開けた瞬間、嫌な予感がした。

 予感というより、確信だな。


 案の定、あいつらは揃っていた。

 そう、四人全員だ。

 完全にアリアナを待ち構えていたとしか思えない布陣で、目もヤバいくらいにバキバキに決まってる。


 ……やっぱりそうなるよなぁ。


 内心でそうぼやきながらも、俺はアリアナの手をそっと離すと、彼女を背に庇うように前へ出た。


 あいつらと向き合いながら、俺は正直、どう立ち振る舞えばいいのか分からなかった。

 でも、ここで引いたら終わりだ。

 自分でも驚くくらい、体は動いた。


 オージの拳を掴んだ時も、ジナーンの催眠術が効かなかった時も、メガーネの薬を奪った時も、キッシを倒した時も。

 まるで自分の体が自分のものじゃないような、不思議な感覚だった。


 でも確かに、俺の体は動いている。

 これも、俺の中に眠っていた力がじわっと染み出てるからなんだろう。

 じゃなかったら、最初のオージの攻撃の時点で、俺はかわすこともできずに一発でKOされていたはずだから。


 そんなことを考えていたら、あいつらが順にアリアナに対して口を開いた。


 オージが言った。

  アリアナは最初から自分の『物』だ、と。


 ジナーンが言った。

  彼女の感情なんてどうでもいい、と。


 メガーネが言った。

  アリアナは自分の研究にとって最も理想的な被験体だ、と。


 キッシが言った。

  アリアナの意思なんて知らない、と。


 …… 俺は、その言葉を一つ一つ、冷静に聞いていた。

 聞いていた、はずだった。


 でも気づいたら体の奥底で、何かがじりじりと燃え始めていた。


 物。

 被験体。

  意思も感情も必要ない、だ?


 違う。

 そんなの絶対に間違ってる。


 アリアナは物なんかじゃない。

 研究材料でも、こいつらの欲を満たすための玩具でもない。


 俺はずっと見てきたんだ。

 四天王の目から逃げるために、毎日必死に走り回っていたアリアナを。

 助けを求める時に見せた、あの泣きそうな顔を。

 四天王のいない日に、ほっとしたように笑う顔を。


 ――どんなに怖くても、決して諦めなかった彼女を。


 その彼女を、こいつらは最初から、人間として見ていなかった。


 それが。

 それが、たまらなく……。


 その瞬間、俺の中で何かが弾けて、体の奥底から、何かがあふれ出す感覚がした。


 まずいと、本能的にそう思った。

 抑えろ。  

 落ち着け。  

 深呼吸しろ。


 でも、止まらない。


 体の中を、熱いものが駆け巡っている。

 血管が焼けるみたいに熱い。


 抑えろ、抑えろ、抑えろ……!


「……っ、」


 必死に歯を食いしばった、次の瞬間。

 ふっ、と意識が、闇に落ちた。



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