14.◯カインの覚醒
沈黙の中、最初に口を開いたのはオージだった。
「……なかなかやるな。 だが、分かっているか? アリアナは最初から俺の『物』だ。お前のような者が彼女の隣に立てると思っているのか。彼女に相応しい場所がどこか、分からせてやろう」
ジナーンが、笑顔のまま続ける。
「アリアナの気持ちなんて、僕がいつでも書き換えられる。そもそも彼女自身の感情なんて、どうでもいいんだよね。僕が彼女を選んだ、その事実が重要なんだ」
メガーネが眼鏡を押し上げながら、静かに告げる。
「アリアナは、私の研究にとって最も理想的な被験体だ。君が守ると言ったところで、彼女はすでに私の掌の上に転がってくる運命だ」
キッシが、白い歯を見せて笑う。
「アリアナはどこにも行かなくていいんだよ。俺が全部守ってあげるから。ずっと俺の隣に置いておけば、傷つくこともない。アリアナの意思なんて知るかよ。この俺が守るって言ってんだ。それの何が不満なんだ?」
……分かっていた。
彼らが私を好きだなんて、思ったことは一度もない。
彼らの言う愛が本物じゃないことも、最初から知っていた。
だって私はゲームを知っているから。
彼らの結末も、その歪さも、全部知っていたから。
でも。
私はあくまでも彼らの自尊心を満たすための『物』で。
私がどう思うかなんて、最初から、誰も気にしていなかったのだ。
四人に好意を持ってほしかったわけじゃないけど、彼らにとって私は人間ですらなかったんだということを言葉で突きつけられた瞬間、胸の奥にじわりと痛みが広がる。
唇を噛んで俯いた、その時だった。
「……それ以上は、言わせない」
低い声がした。
それは、カインさんの声だった。
だけど、さっきまでよりもさらに低く、今まで聞いたことのない、底冷えするような声色だった。
私は思わずカインさんを見上げる。
その瞬間。
びゅうっ!
どこも窓は開いていないはずなのに、どこからともなく、強い風が吹いた。
「えっ……?」
同時に、風に吹き飛ばされたカインさんの眼鏡が、きらりと光を反射しながら宙を舞い、遠くへと消えた。
風に思わず一歩よろめいた私は、カインさんの背後から横へと体勢を崩す。
その拍子に、初めてカインさんの顔が正面から視界に入った。
初めてすべてが露わになったカインさんの顔は……とても綺麗だった。
普段は眼鏡で隠れていた目元が見えて、その顔立ちがはっきりと分かって。
でも私が一番驚いたのはそこじゃなかった。
「カインさんの……目……?」
カインさんの瞳が、ゆっくりと変色していく。
黒かったはずの瞳が、じわじわと、まるで夜明けが来るように、金色に染まっていく。
「……っ、お、おい、その瞳は……!」
オージが動揺した声を上げた。
その時、風がさらに強くなる。
まるで、カインさん自身から溢れ出しているかのように、彼を中心にして突風が吹き荒れた。
そんな風の中聞こえた、
「まさかお前、隣国で行方不明になったっていう、第二王子か……!?」
というオージの悲鳴にも似た言葉に、私の頭の中で何かが繋がった。
ゲームの知識じゃない。
この世界の、常識として知っていることだ。
この大陸では、唯一魔法が使える人間がいる。
それが、ルーメン魔法国の王家の血を引く者。
彼らは成人を迎えた時、瞳が黄金に変わり、同時に魔力が解放されると言われている。
そして、赤ん坊の時に攫われた二番目の王子の行方が、現在も分かっていないという話だった。
――その王子の名前は、カイン。
って、待って。
待って待って待って。
よくある名前だから、同じ名前なのに全然気づかなかった。
「カインさんって…… もしかして……」
でも、私の声は彼には届かなかった。
カインさんの周囲の空気が、みるみるうちに変わっていき、とてもじゃないけど立っていられないほどの強風が吹き荒れる。
「……っ、カインさん!!」
私は必死にカインさんの名前を呼んで叫ぶ。
だけど、やっぱり届いている気配がない。
金色に染まったカインさんの瞳からは、理性の光が完全に消えていた。
あの穏やかな笑顔も、照れた時の赤い顔も、困った時の眉のしわも、何もない。
私はカインさんに近づこうと一歩踏み出しかけて……。
ごうっ!
会場全体を揺るがすような、嵐のような風が巻き起こった。
「きゃあああっ!!」
天井に吊るされたシャンデリアが激しく揺れ、テーブルが横倒しになり、窓ガラスが今にも割れそうなほどにびりびりと震える。
あちこちから悲鳴が上がり、壁際まで吹き飛ばされた生徒たちが、我先にと出口へ殺到している。
四天王は突風によって吹き飛ばされ、壁に貼りつけにされた状態になって、その場から動けないようだった。
私も吹き飛ばされそうになったけど、咄嗟にテーブルの脚にしがみつく。
「カインさん、カインさん、っ、聞こえますか!?」
でも私の声は、強い風にかき消されてしまう。
……やっぱり、こっちの声が聞こえていない!
どうしよう、どうすれば……。
その時だった。
「落ち着いて……。今ならまだ、間に合うからっ!」
不意に横から、声がした。
振り返ると、そこに一人の女の子が、柱にしがみつきながら必死に踏ん張っていた。
風にあおられて髪が激しくなびき、ドレスの裾がばたばたとはためいている。
それでも彼女は吹き飛ばされまいと歯を食いしばりながら、まっすぐこちらを見ていた。
「あなたは……」
どこかで、見たことがある。
街の服屋やカフェで接客してくれた店員さん……?
それに、今思い出した。
確か先生に仕事を頼み込んだあの日、職員室で会った女の子だ。
どうしてここにって思ったけど、今はそれを考える暇はないと、私は暴風に負けない声で叫んだ。
「間に合うって、どういう意味ですか!? それに、カインさんは……」
対する女の子も、こちらに負けじと声を張り上げる。
「カインは今、膨大な魔力に意識を飲み込まれてるの! 感情が高ぶっているせいで、今は理性ごと吹き飛んでしまった状態よ!」
「そんな」
「このままだと会場ごと吹き飛ばすわ。怪我人も多数出して、最悪、隣国との外交問題にまで発展しかねない」
「一体どうすれば……」
そうしたら、カインさんはきっと無事じゃすまない。
今回の責任を取る形で、もしかしたらカインさんは……。
嫌な未来が頭に浮かんで、私の目には涙がにじみそうになる。
女の子は一瞬だけ目を閉じた。
風に髪をなびかせながら、それでも柱をしっかりと掴んで踏ん張ったまま、まっすぐ私を見る。
「暴走した魔力を鎮めるには、本人が自分で理性を取り戻すしかない。そしてそれができるのは……彼にとって、一番大切な人だけよ!」
その言葉が、どうしてだか胸の奥にすとんと落ちた。
「一番、大切な人」
カインさんの心を揺らすほどの、大事な人。
――私なんかがそうだなんて、思い上がりもいいところだ。
でも。
「声じゃ届かないわ。魔力が全てを遮断しているから。……だけど直接触れれば、彼の心に届くかもしれない」
「あの嵐の中に入るってことですか」
「そう」
女の子の声が、わずかに揺れた。
「もちろん危険はある。あの魔力に近づけば、ただでは済まないかもしれない。それでも彼を救えるとしたら……あなた次第よ、アリアナ・フェルマー」
私は名前を呼ばれたことに一瞬だけ驚いて、もう一度彼女を見た。
なぜ彼女は、まるでずっとこちらを見守っていた、と言いたげな目をしているのか。
それに、彼女の言い方には、どこか確信めいた自信を感じる。
聞きたいことは山ほどあったけど……。
私はカインさんを見た。
嵐の中心で、金色の瞳を輝かせながら、一人立つカインさんを。
あの人は私のために怒ってくれた。
私のために、あの四人の前に立ってくれた。
……ずっと、私を守ってくれていた。
だったら、今度は私が彼を助ける番だ。
私は手を離すと、必死に足を踏ん張って、カインさんへとゆっくりと足を進める。
「アリアナ!」
壁に張り付いていた四天王の誰かが声を上げた気がしたけど、もう振り返らなかった。




