13.◯四天王と卒業パーティー
カインさんからドレスが届いたのは、パーティーの三日前のことだった。
箱を開けた瞬間、私は息を呑んだ。
淡い水色のドレスは、シンプルだけど上品で、華美すぎず、でも華やかで。
自分では絶対に選ばないようなものだけど、なぜかとても好きだと思った。
「綺麗……」
思わず声が漏れる。
カインさんが選んでくれたんだと思うと、それだけで胸がじんわり温かくなった。
そしてパーティー当日。
ドレスを着て鏡の前に立った私は、正直、自分でもびっくりするくらい似合っていると思った。
いや、多分カインさんのセンスが良すぎたおかげだ。
待ち合わせ場所へ向かうと、カインさんはすでにそこにいた。
「あっ……」
私が近づくと、カインさんが振り返る。
そして一瞬、固まった。
「…………」
「あの…… 変、ですか……?」
沈黙が怖くて思わず尋ねたら、カインさんは慌てて首を振った。
「ち、違います! えっと……その」
言葉を詰まらせながら、カインさんは少し照れたように頬を掻く。
「……センスないとか思われたらどうしようかと、ずっと不安だったんですけど」
「えっ!? 全然そんなことないですよ!? すごく素敵で」
「よかった。…… 似合ってます。 本当に、とても、 綺麗です」
まっすぐそう言われて、私の顔は一瞬で熱くなった。
「あ、ありがとうございます……!」
思わず俯いてしまう私だったけど、このまま終わるのも悔しかったので、顔を上げてカインさんを見る。
カインさんも今日は礼服姿で、制服とも私服とも違う、凛とした雰囲気があって。
「カインさんも、その……すごく、素敵です」
「……っ」
今度はカインさんが赤くなる番だった。
「あ、ありがとうございます……」
二人してしばらく赤い顔で黙り込み、それから同時に小さく笑った。
「……行きましょうか」
「…… はい」
カインさんがそっと手を差し出してくれて、私はその手を取る。
私よりも大きくて、とても温かい手だった。
会場へと向かいながら、私はふと、カインさんの横顔を盗み見る。
少しだけ、強張っている気がする。
やっぱり四天王のことが頭にあるんだろうなと、私も不安を覚えかけた時、カインさんが、ぎゅっと手を握ってくれた。
何も言わなかったけど、それだけで、不安がすうっと引いていった。
大丈夫。
カインさんがいるから。
そう思えた。
そして会場の扉を開けた瞬間、きらびやかなシャンデリアの光や着飾った生徒たち、華やかな音楽が私たちを出迎える。
でも、私にはそのどれも目に入らなかった。
なぜなら。
「アリアナ」
低く、静かな声が落ちる。
振り返る前から、誰の声か分かった。
オージだ。
「やっと捕まえた。今夜は逃がさないぞ」
隣には、満面の笑みのジナーン。
「やあ、アリアナ。待ってたよ。今夜こそ一緒に踊ろう?」
さらに少し離れたところから、眼鏡の奥の目が光る。
「アリアナ。今宵のお茶を用意してあります。ご一緒しましょう」
そして最後に、オージの背後からにっこりとキッシ。
「アリアナ! 今日は絶対離さないよ」
…………。
全員が見事に勢揃いしていた。
これだけで私は、最悪のハーレムバッドエンドの入り口に立っているんだって分からされた。
待ち構えていたとしか思えないこの布陣に、足がすくみかける。
だけど、そんな私の恐怖を吹き飛ばすように、優しくも凛とした声が割って入った。
「失礼」
カインさんが私からゆっくりと手を離すと、私を背に庇うように静かに前へ出た。
四天王の視線が初めてカインさんへ向く。
まるで今この瞬間まで、彼の存在に気づいていなかったかのような、そんな視線を向けている。
「……誰だ?」
不愉快そうにかすかに眉を上げたオージの問いかけに、カインさんは臆さず答える。
「ノーランド子爵家の三男、カイン・ノーランドです」
「ノーランド、子爵家?」
四人の間に、微妙な空気が流れた。
ジナーンがくすりと笑う。
「へえ。そんな下等な家の人間がどうしてここに?」
「アリアナさんのエスコートとして、ここにいます」
静かな声だった。
でも、一切揺れていない。
オージの値踏みするような視線が、カインさんの頭のてっぺんから足の先までゆっくりと動いた。
だけどその目がカインさんの上で止まり、やがて鼻で笑うような表情に変わる。
「子爵家の三男。一体いつの間にアリアナのエスコートをするまでの仲になったんだ。しかし、何の変哲もない地味な男……脅威にすらならないな」
ジナーンがくすくすと笑いながら同意するように口を開いた。
「ほんとだね。でもそういえば」
笑顔のまま、その目だけが細くなる。
「アリアナ、ちょっと捕まえにくくなってたよね。つまり彼がその邪魔者だったってことかな」
「そう考えてもらって構いません」
カインさんの返答に、全員の空気が確実に冷たいものへと変わる。
「……なるほど、貴様のせいだったのか」
メガーネが眼鏡を押し上げながら、品定めするようにカインさんを見る。
「地味だと気配すら消えるんだなぁ。俺ですら分からなかったぞ」
キッシが腕を組みながら、どこか面白そうに笑う。
四人の視線が、改めてカインさんへと集中する中、
カインさんは臆せず言った。
「アリアナさんは、あなた方のことを迷惑だと思っていました。ずっと逃げていたのが、その証拠です」
「……ほう」
オージの目が、わずかに細くなる。
「彼女が逃げていたのは、まだ俺たちに慣れていないだけだ。時間をかけて分からせれば、それで済む話で」
「違います」
カインさんはオージの台詞を静かに、だけどはっきりと遮った。
「アリアナさんは最初からあなたたちに慣れたいとも、分かり合いたいとも思っていなかった。俺は……ずっと見ていました。アリアナさんがどれだけ嫌だと言っても、あなたたちは一向に話を聞かず、ただ自分たちの好意を押し付けて。それがどれだけ彼女を怖がらせていたのか、分からないんですか?」
その言葉に、四人の空気がわずかに揺れた気がした。
私は、カインさんの背中を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じる。
カインさんが、私の気持ちを、私の言葉として、ちゃんと代わりに伝えてくれた。
「だから」
カインさんは、四人にキッと鋭い瞳で睨み付けながら言った。
「これ以上、彼女には指一本触れさせません」
しん、と会場が静まり返る。
音楽が止まったわけじゃない。
でも、周りの話し声が、ぴたりと消えた気がした。
そんな中、最初に動いたのはオージだった。
くっくっく、と喉の奥で笑う声が漏れる。
やがてそれは、堂々とした高笑いへと変わった。
「はははっ! 子爵家の三男風情が、随分と大きく出たものだな。この俺が誰か分かっているのか? 次期国王たる俺に向かってその口の利き方、万死に値するぞ」
オージはそう言うや否や、カインさんへとまっすぐに拳を振り上げる。
「やめて!」
私は叫んだ。
でもカインさんは振り返って、ふわりと笑った。
大丈夫だ、と言わんばかりの顔で。
そして――。
パシッ。
カインさんはオージの腕をその場で掴んでいた。
オージの目が、驚きで見開かれる。
「……貴様、この俺の腕を掴むとはどういうつもりだ。自分が何をしているか分かっているのか? この国の第一王子に手を上げるということは、すなわち国家への反逆だぞ」
「…………」
カインさんは答えない。
ただ、静かにオージの腕をそのまま押し返した。
「っ……!」
「うるさいですよ」
普段のカインさんとはまるで違う低い声で落とされたのは、たったの一言で。
でも、オージが怯むほどの気迫が、今のカインさんにはあった。
だけどその空気を打ち壊すように、続けてジナーンが懐から取り出したコインを揺らし始める。
「さあ、こっちを見て」
あれはジナーンが最も得意とするコインの催眠術だ。
あれを二秒も見ようものならすぐに彼の手に落ちてしまう。
私は慌てて目を逸らしたけど、ちらっと確認したら、カインさんはそれを正面から受けていた。
「効きません」
カインさんはそう言うと、ジナーンの手からそのコインをすっと取り上げる。
ジナーンの笑顔が、初めて微かに揺れた。
カインさんはそのコインをじっと見下ろした後、興味なさそうにジナーンへと放り返した。
次にメガーネが、どこからか取り出した小瓶の蓋を開けると、甘ったるい匂いが漂ってくる。
「これを嗅げばとても楽になりますよ。邪魔者にはまずご退場願いましょうか」
私は思わず息を止めたけど、カインさんは気にせず思いっきり吸い込む。
「……バラン草とミニルの花を混ぜた精神干渉剤ですか。なかなか手が込んでいますね。ただ、今の俺には効きませんが」
「なっ!? いつの間に」
本当にいつの間に奪ったのか、メガーネの手から瓶はなくなっていて、代わりにカインさんの右手にそれは移動していた。
カインさんは答えず、即座に蓋を閉めて自分の懐にしまった。
最後にキッシが、カインは油断してはいけない相手だって悟ったのか、目にも止まらない速度でカインさんへ踏み込んでくる。
でも、それをカインさんが上回った。
次の瞬間には、キッシは床に転がっていた。
何が起きたのか、私には見えなかった。
それだけの速さだったのだ。
キッシは信じられないという顔で床から上半身を起こし、カインさんを見上げる。
カインさんはただ静かにそこに立っていた。
「…………」
四人が、初めて表情を失った。




