11.◯ダンスの相手
在校生も卒業生も全員参加が義務付けられているパーティーは、
『誰と踊るか』=『そのままエンディング突入』
の、ゲーム最終選択肢でもある。
私はもちろん、誰とも踊らないと決めていた。
だって誰を選んでも、人生が終わる未来しかない。
しかし、最近身の危険を感じておらず、平和ボケしまくっていた私は、ここにきて重大なことを思い出してしまう。
――誰も選ばない=バッドエンド確定だということを。
どういうことかというと。
あのゲーム、パーティー当日の時点で、四人の中で一番好感度の高い男に自動的に連れ去られる、という鬼仕様なのだ。
そうだった、これ……本当にやばいやつじゃん!
ちなみに、もし全員の好感度が同じ数値だったら――全員が一斉にヒロインの元へ来るらしい。
いやいやいやいや無理!
ハーレムバッドエンドとか絶対嫌だ!
その場合私はどうなるのか分からないけど、とにかく私の存在が消されるのは確かだ。
私は誰もいない教室内で、机に突っ伏しながら震えた。
それに、私が落ち込むのにはもう一つ理由がある。
私の心は、すでにカインさんに決まっている。
そして彼に嫌われてはいないとは思うけど、カインさんは私が好きっていうわけではないだろうし、むしろ、四天王ルートから解放されたら、そのままさよならになるかもしれない。
だって、カインさんと一緒にいる理由がなくなるから。
色んな意味でどうしようと頭を抱えながら唸っていたら、急に後ろから声をかけられた。
「アリアナさん、さっきから唸ってますけど、大丈夫ですか?」
「ふぁいっ!?」
私はビクッと肩を跳ねさせつつ振り返ったら、そこにいたのは四天王……ではなく、カインさんだった。
やば、なんかカインさんの顔を一目見るだけで、安心する。
絶望的な未来を前に涙腺まで緩んでしまって、私は慌てて目元をごしごしこすった。
「だ、大丈夫です! ちょっとその、卒業パーティのこと考えてたら……」
カインさんは首を傾げる。
「パーティーが、どうかしたんですか?」
「どうかどころじゃないんです!」
カインさんの柔らかな声に、私の中に溜め込んでいたものが一気にあふれた。
「わ、私、思い出したんです! 誰も選ばなかったら大丈夫だって思ってたんですけど、結局バッドエンドになるってことを……。確か、好感度が一番高い人ルートに強制突入で。もし全員同じだったら、全員来るんです! もう……いやだああああぁぁぁ……!」
言いながら自分で絶望し、私は叫びまくる。
こうなれば今からでも一番マシな人に接近して…………。あの四人の中で一番マシな人って、誰???
うん、誰一人としてマシじゃない。
今から学園を退学してってのも考えたけど、男爵領に逃げ帰ったところで、あの四人が権力を使って私を娶りたいとでも言ってきた日には、我が家に拒否権はない。
どうしよう、このままだと私は……。
お先真っ暗な未来しか見えず、肩を丸める私だったけど。
「あの、アリアナさん。そのことなんですが、一つ提案があります」
いつの間にか私の前に回ってきていたカインさんが、すぐ目の前にいた。
カインさんは私と目を合わせると、何かを決意したみたいに息を吸ったかと思うと、ゆっくりと言った。
「……アリアナさんさえよければ、えっと、俺が、あなたのダンスの相手になりましょうか」
…………は?
え?
ちょっと待ってください、どういう意味ですか?
脳みそが一瞬で真っ白になった。
「へ……?」
情けない声まで出てしまった。
当然である。だって意味が分からない。
でもカインさんは、耳まで赤くしながら続ける。
「い、いや、ほら、その、パーティーの時に、ダンスの相手として誰かを選ばなきゃいけないんですよね、確か。俺もそのことは知ってたんで、どうすればいいかなとずっと考えてたんですが……それなら、俺を選べば安全なんじゃないかって、思って」
え。
えっ。
えっ!?
胸がバクンッと跳ねた。
今一番気になってるカインさんからのお誘いだ。嬉しくないはずがない。けれど、同時に不安が襲い掛かる。
「で、でも、カインさんに迷惑じゃ」
私は慌てて言った。
「だってカインさんって例えばお付き合いしてる人とか、婚約者とか、そういう人、とか、いないんですか?」
言いながら、自分で顔が熱くなるのが分かった。
何言ってんの私。何その探りを入れる感じ?
いやでも普通いるよね。優しいし落ち着いてるし。
しかしカインさんは、キョトンとしていた。
「いませんよ、そんな人。こんな、地味な子爵家の三男に恋人とか婚約者とか、いるわけないじゃないですか」
い、いるわけないって、そんな言い方しないで!
確かにカインさん、初めて会った時は、地味だなーとか思ったりもしたけど、すごくいい人だし、なんかこの穏やかな感じも逆にときめく。
そんなときめきメーターがぎゅんっと上がってるところで、カインさんは少し俯き加減でトドメを刺してくる。
「だから迷惑じゃないです。あーいや、迷惑どころか。むしろ、その、俺は……」
ちょ、ちょっと待ってカインさん、その「むしろ……」の続き、すごく気になる!
聞きたいような聞きたくないような……。
お互い真っ赤になっていて、視線が合わせられない。
だけど、相手はあの四天王だ。
カインさんが選ばれたって知ったら、何をされるか分からない。
だから私は、カインさんのこの申し出を断るべきだと思う。
そう、思うのに……。
「うん……カインさんがいい……」
言った後、自分の言葉の重みに気づいて息が詰まる。
カインさんを巻き込むなんて絶対ダメなのに。
でも、口が勝手に動いた。
心が、勝手に選んでしまった。
カインさんは、驚いたように目を瞬かせたあと、ゆっくりと、ほんの少しだけ微笑んだ。
「分かりました。じゃあ、俺にアリアナさんをエスコートさせてください」
その言葉が、胸の奥にじんわりと広がっていく。
安心と、嬉しさと、怖さと、全部が混ざったような感情だった。
「で、でも、私が言うのもなんですけど、本当にいいんです? さすがにパーティーに一緒に出たら、あの人たちに目をつけられて、今度こそ本当にカインさんが危ない目に遭うかも」
けれど、カインさんは首を横に振った。
「いいんですよ。多分ですけど、何とかなるような気がするっていうか、無理やりにでもなんとかしますから」
その後、カインさんは少し照れたように視線を逸らす。
「あ、そうだ。パーティーのドレスなんですが」
「ドレス……?」
「はい。パーティーの時のドレスは、パートナーを務める男性が女性に贈るってしきたりがあったと思うんです。アリアナさんに似合いそうなものを、今度送りますね。もしも気に入らなければ言ってください。また別のものを探しますから」
え、え、え、え、え……!?
ドレス?
カインさんが。
私のために?
頭が真っ白になり、顔が一気に熱くなる。
「そ、そんな……! わ、私なんかのために……!」
「なんか、じゃないですよ」
静かで、優しくて、まっすぐな声――その声が、胸の奥にすとんと落ちた。
「アリアナさんが無事に今回の件を乗り越えられるように。そしてその先も、笑っていられるように。……俺にできることなら、なんでもします」
そんなふうに言われたら、もう嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだった。
四天王の影は確かに迫っている。
だけど、カインさんが隣にいてくれるなら――私は、きっと。
「っ、頑張って四天王から逃げ切ります」
そう言うと、カインさんは静かに頷いた。
「必ず、守ります。だから……無事あの四人からあなたを守り切れたら、伝えたいことがあるんです。聞いてくれますか?」
その言葉に、私はゆっくりと頷いた。
卒業パーティーまで、あと一か月。
私の運命は、もうすぐ決まる。
だけど今はほんの少しだけ、未来が明るく見えた。




