第148話:エピローグ(裏)
【人公アルシ視点】
「…………」
『とにかく。イタリアに来い。後はこっちでどうとでもしてやる』
目が覚めても現実は変わっていなかった。カホルたちは九王の女になっていて。学校はボクの親に事情を説明。その後自主退学という形で決着がつき、ボクは欧州に飛ぶことになった。このまま一人で家に居させられないという親の指示だ。イタリアにある日本人学校に通って、学歴を手にいれろ、と言われてボクは拒めなかった。どうせカホルもコヲリもホムラも九王に股を開いてギシギシアンアン鳴いているのだろう。死のうかとも思ったが、どうしてもそれだけはできなかった。
「…………」
疲れた。このまま日本にいても何もいいことは無いし欧州に渡ってしまおう。人公家が所有している一軒家。その全体を軽く掃除して、少しだけ綺麗にして。そして、それから自分の荷物をカバンに詰めていく。着替えとか。本とか。ノートパソコンとか。逆らう気すら消え失せていた。抵抗しても意味がないことを徹底的にわからされた。カホルたちがもう九王の女であるって。夏休みだというのもちょうど良かった。このまま誰にも会わず欧州に渡ってしまおう。既に退学届は出しているし、もうボクは私立アルケイデス学園の生徒ではない。
「はぁ」
何を間違えたのだろう。カホルたちも、ボクを憎からず想ってくれていると信じていた。なのに結果は散々。ボクはもう全てを諦めた。
「いただきます」
レンジで温めた飯と、お湯で溶かした味噌汁。そしてたんぱく質代わりに豆腐を。
「…………」
もそもそと一人で食べる。簡素で殺風景な家の中で、まるで世界で一人だけのような気分に陥りながら、それが事実であることを否定も出来ず。
「三日後の飛行機……か」
自殺願望すらない。ボクはそこまで追い詰められていない。死ぬことは何より怖いし。死んだからと言って誰かに復讐できるわけでもないのだ。
「はぁ」
そうして出立の準備をしながら三日を過ごす。心の中は虚無で、今なら電車に飛び込んでも何も感じないだろうけど、前述したとおりにそんなことをする気概もない。
食べる。風呂に入る。寝る。それだけを繰り返した。既に夏休みの課題も意味をなさない。学校そのものを辞めたから、課題を提出する義務もない。
「カホル……コヲリ……ホムラ……」
最後に彼女らの名前をポツリと呟く。意味など無いと知っていても。
「じゃ、行くか」
ありったけの荷物を込めて、そのまま家に施錠。放置するのもうまくないということで、親がいうには借家に使ってもらうとも言っていた。ま、別にボクには関係ないんだけど。
「…………」
無気力に空港に向かう。近くの駅の電車に乗って、そのまま乗り継ごうとして。
「アクヤ様♡ 愛しております」
「……アクヤ様。……ハロウィン企画の件ですけど」
「アクヤ様。今度のコラボだけどさぁ」
「アクヤッ! 今度の撮影は一緒してね?」
同じ駅にいる九王たちを発見した。相手はボクを見ていないようだ。
花崎カホル。二條コヲリ。二條ホムラ。小比類巻さん。
四人ともうっとりと九王を見て、そのままチヤホヤしていた。四人とも幸せそうだ。ボクを退学に追い込んで、そのまま地獄を見せたことを何とも思っていないらしい。抗議の一つもするべきか悩んだけど、意味はないだろう。今更ボクの言葉に重視する四人とも思えないし。空港に行こう。電車を乗り継いで。
「…………ふぅ」
そうして電車に乗って、空港に。送り出す人間は一人もいなかった。ただ虚しく一人だけ。誰にも知られず空港に入って、そのまま飛行機に搭乗する。
ヨーロッパ。イタリア行きの便だ。イタリアに行く人間なんてそんなにいないだろうと思っていたけど、思ったより飛行機の席は埋まっていた。こんなにたくさんの人がイタリアに向かうのか?
それはそれで、なんとなく不思議な感じがしてしまう。
「もういいや」
いっそ飛行機が落ちてそのまま搭乗者ごと火に包まれてもいいくらいだ。
「カホル……」
アクヤ様専用のタトゥーを刻んだ九王だけのための女。そのことをカホル自身が誰より喜んでいた。ボクにしてみれば悪夢ではあって。けれどもうカホルは九王の女で。
「いいよな。もうどうでも」
イタリアの日本人学校か。どういうところかは知らないけど。でもカホルもコヲリもホムラもいない。そんな無彩色の学校でやっていけるとは思えなかった。溜息を一つついて、指定された席に座ると、
「チャオ! 日本人さん!」
隣の席の搭乗者が声をかけてきた。見れば可憐な女子が座っていた。ブロンドの髪で、派手目のファッション。ボクは詳しくないけど、とても洗練された服装。
「あ、ども」
こんなことしか言えない自分が憂鬱だ。
「イタリア行くの?」
「ええ、親が海外出張で。ボクもそれに合流するところです」
「そっかー。でも日本を離れるって辛くない?」
「いえ。気分を切り替えるという意味では」
「そっかそっか。イタリアはいいところだよ。トマトもチーズも美味しいし」
「その。イタリア人で?」
「うん。今日帰省するんだぁ」
「日本に何か用事が?」
「夏コミ! 同人誌いっぱい買っちゃった。まぁ荷物は手元にないんだけどね!」
どうやらジャパニーズオタク文化に侵食されたイタリア女子らしい。そういえばイタリア人男性は鬼っ子ヒロインが好きだと聞いたことがある。
「だから必死に日本語勉強して夏コミにも行けるように頑張ったの」
「それはすごい執念ですね」
「マジでマジで。日本語って難しいからさぁ。あ、今ちゃんと喋れてる? 私」
「ええ、無謬ですよ」
「そっか。日本人に言われるならそうなんだろうね。よかったぁ。勉強した甲斐がある」
「同人誌を買うためだけに日本に?」
「だって魔法少女が大好きでさぁ。そんな女の子がエッチな目に遭っているなら買うしかないじゃん?」
それもそれでどうよと思うわけで。
「あ、ごめんね。私はリモン。君の名前は?」
「アルシです」
「アルシくんかぁ。オタク?」
「まぁそこそこに、程度ですけど」
「じゃあフレンドになろうよ。アニメの感想とか日本人の意見聞きたいし」
「えと……ボクでよければ」
「じゃあスマホでね。イタリア語は話せる?」
「無理です」
「じゃあ私が日本語で話すね。ほらほら、アカウント見せて」
「えと。はい」
「はい。じゃあこれでフレンド。アニメ見たらちゃんと報告してね?」
可愛らしいイタリア美少女がそう言ってくれる。ボクの中に失われたものが補填されるようなじんわりとした幸福感が膨れ上がる。同時に涙を流す。
「……ぁ」
「わ、男の子が泣いちゃった。どうすればいいのかな」
彼女の打算のない行為が、ボクの涙を誘ったとも知らないまま。
「ごめ……なさい……変……だよね……」
「さぁ。泣きたいときに泣けるって特技だと思うよ? 私が泣かせたの? だったら謝るけど」
「ボクは、もう全部失って、消えるように生きようと思ったのに……」
「そんなのつまんないよ。アナザーガンアダムだってムーンライズが新しく作るんだし。私と一緒に見よう?」
「優しくされたのが……久しぶりで……」
「そっか。じゃあイタリアは歓迎してくれるよ」
ニコッとリモンさんは微笑んだ。
「そりゃ日本の治安には負けるけどさ。気候はいいし、ピッツァも美味しいし、ミラノに行けば美人がいっぱいいるよ?」
「でも、ボクは……」
価値のない男で。
「あ、そだ。来季のアニメだけどさ。聖痕のガングリオンは見る?」
「視聴する気は無いんですけど」
「じゃあ命令! 見て! 私と感想交換してよ!」
ブロンドの髪の美少女がニッコリ笑ってそう言ってくれる。そこにあるのは無邪気で、溌剌で、とても透き通った何か。
「原作面白いからさ。アニメも出来いいと思うよ? PV見る限り。ヒロインも可愛いし、マジドチャシコだから!」
「それを見たら。リモンさんとも仲良くできますか?」
暗に自分は嫌われているだろうと自虐する。彼女に相応しいのは、もっとカッコいいイタリア男子だ。でも、リモンさんは破顔した。
「もっちろん! 同じアニメ見たらアニ兄弟でしょ!」
ソレを言うなら穴兄弟では?
「私はジャパンアニメは全肯定派だからさ。別の視点が欲しいわけ。でもイタリアの友人は日本に興味なくてさ。未だに忍者とサムライだよ?」
まぁボクもイタリアってパスタとピッツァだけど。あとスーパーカー。
「じゃ、じゃあ、アニメ見てみるね……」
「本当!? 嬉しいなぁ! ちゃんと見たら報告すること! アニ兄弟としての約束ね!」
「ちなみに聖痕のガングリオンって……」
「それは来期に期待! ネタバレ厳禁だし! でも面白いから見てね! いいでしょ?」
「うん。じゃあ報告する。好きなアニメのジャンルとかある?」
ラブコメ! 嬉しそうにリモンさんはそう言った。ラブコメか。ラブコメね。恋なんてもうしたくなくて。逃げるようにイタリアに行って、そのまま消えようとしたボクにちょっとだけ熱が入る。リモンさんに悪意はない。じゃあ、今度こそ、間違えないように。
「ちなみに惚れられても無理だから! そこは期待しないでね!」
しっかり釘を刺してくるリモンさんだった。




